◆168. 矢印と赤い糸 2/2


 目の前の電話機から受話器を取り、ダイヤルを回す。


 ジーッと音を立て、ゆっくりとダイヤルが戻っていく。何回か繰り返した。どこにかかるわけでもない。ダイヤル式の電話のおもちゃだ。


 隣に置いてあるケーキには、切れ目が入っている。おもちゃの包丁を使って切り分けることができる、おままごとケーキだ。


 父とおもちゃ屋にやってきていた。誕生日にできなかったデートをしている。


 美味しいご飯とパフェに満たされたおなかをさすりながら、おもちゃを物色中だ。


 誕生日プレゼントは、当日にもらった。恒例のぬいぐるみだ。落ちゲーの『凸型とつがたブロック』に、父お手製のスカーフが巻かれていた。

 これは、ぬいぐるみというより、クッションなのでは? と思ったが、口にはしなかった。


 みんなの前でプレゼントの袋を開けた。父は、みんなの反応に、何か思うところがあったのかもしれない。「欲しいものはないか?」とおもちゃ屋に連れてきてくれた。


てつさんたち、苦しそうだったな~。笑いこらえるの……っていうか、笑っちゃってたけど。一加いちかたちは、何それ? って顔で固まっちゃうし。大地だいち、いなくて良かったよ。危なかったね……)


 大地があの場にいたら、絶対に笑い転げていた。父との激しい稽古にまっしぐらだったと思う。


 受話器を戻し、歩き出す。


 気がついたらいなくなっていた父を捜しながら、うろうろと店内を移動する。


 大きなガラスショーケースの前で立ち止まった。氣力きりょくを流して遊ぶおもちゃが並んでいる。


 上の棚から順番に見ていく。


(ん? 何これ、高っ! ……あ~、このおもちゃ、キリカのか~)


 氣力流出過多症キリカ用が高価なのは、おもちゃでも一緒だ。


(新しいゲーム機が出てる! ……でも、買ってもらうなら、みんなで遊べるのがいいな)


 壊れてしまったゲーム機は、いまだ壊れたままだ。修理に出そうと思ってはいるのだが、つい後回しにしてしまう。


 あのゲーム機は、氣力を流しながらだったが、これは充電式だ。ゲーム機から手を離しても、電源が落ちることはなさそうだ。セーブ機能もついているかもしれない。


(あとどれくらいで、通信対戦できるようになるかな? ……テレビはどうなってるんだろ? もうそろそろ出てきてもいいような)


 しゃがみ込み、下のほうの棚を見る。


(あ……、これ……)


 すぐ後ろで、人が立ち止まった。あるおもちゃを指さし、話しかける。


「お父様。見て、これ。『あなたの氣力きりょくは何色?』だって。流出量で色が変わるのかな? コントロールして増やしたり減らしたりしたら、変わり続けると思う? もし、そうだったら、きれいだよね。こんな感じの訓練機があればいいのに」


「……はあ」


(えっ!?)


 しゃがんだまま、バッと後方を見上げた。


「それ、変わり続けるよ」


 そう教えてくれた人は、そのまま歩き出し、棚の向こうに消えていった。


 父だと思って話しかけた人は、キャップを目深にかぶり、メガネをかけた、同い年くらいの男の子だった。見ず知らずの人に話しかけてしまった。


菖蒲あやめ、欲しいものは見つかったか?」


 呼ばれて、振り向く。


「お、お父様~!」


 立ち上がり、小さく手を振り上げ、パシッと父の腕を叩くように掴んだ。


「どうした?」


「もうっ! お父様がどっか行っちゃうから!」


「トイレに行くと――」

「聞いてない。聞こえてないから、言われてない」


 振り向かなくとも、ショーケースに姿が映っていたはずだ。確認せずに話しかけた自分が悪い。トイレの話は、全く聞いていなかった。

 それらを棚に上げ、恥ずかしい思いをしたのは父のせいだ、と父の腕を揺らした。



「涼し~」


 湖畔こはんを散歩していると、サアッと風が吹いた。飛ばされてしまわないよう、つばの広い帽子を手で押さえる。


 おもちゃ屋を出たあと、円境湖えんきょうこにやってきた。律穂りつほは、広場に馬車をとめ、待機してくれている。


「菖蒲。こっちだ」


 隣を歩く父に誘導され、湖かられる細い道に入った。縦一列になり、父の後ろをついていく。木陰なので、帽子を脱いだ。少しムレた頭に風が心地よい。話をしながらゆっくり歩いていると、道の先が見えてきた。


「久しぶりだ~!」


 大地とよく来ていた草原だ。黒国丸くろくにまるに乗って来ていたときと、違う道だったので、到着するまで気づかなかった。


 草原をある程度進むと、父は湖のほうに体を向け、立ち止まった。


 木々の隙間から湖が見える。水面みなもが、キラキラと光っている。


 ふと父の顔を見上げた。父は、湖ではなく、とおってきた細い道に視線を向けている。私が見ていることに気づいたらしく、顔をこちらに向けた。


「ここですみれと再会したんだ」


「ここで? 約束とか?」


「いや、偶然だ」


 父は、ふっ、と笑い、細い道に視線を戻した。


(こんなところで、約束もなしに、偶然会ったの?)


 この草原は、案内図に載っていない。《この先 草原》と書かれた矢印型の看板なども立っていなかった。気づかずに通り過ぎそうだ。気づいたとしても、あまり入ろうとは思わない細い脇道だ。


 父が草原に来るのはわかる。若いときは、よく気晴らしに来ていたらしい。大地にこの場所を教えたのは父だ。


 母は、なぜ草原に、円境湖に来たのだろうか。


 母の実家も、芝崎しばさき伯爵――あの人は当主だった。名家ではないそうだ――の屋敷も、遠いところにあると聞いた。嫌な場所からできるだけ離れたくて、遠い場所を選ぶのは理解できる。でも、嫌な場所から遠い場所は、ほかにいくらでもあったはずだ。


(お母様は、お父様に会いたくて……だよね? それにしたって、こんなわかりにくい場所で会っちゃうなんて――)


「運命。これはもう運命! 赤い糸だねっ!」


 父は、私の言葉に目を見開いた。父の前髪が、ふわっと浮いたように見えたが、風があるので定かではない。


 はにかんだような笑顔を浮かべた父は、私の頭を優しくなでてくれた。

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