156. えっちな気持ち 3/3 ― 怖い夢(一護)


 ショウの隣に座り、顔を見ながら、宣言した。


「春になったら、お茶会で恋人を作るよ!」


「ええっ!?」


 怒ったような驚きの声が上がった。


 ソファーに座り、刺繍ししゅうをしていた一加いちかが、立ち上がっていた。

 布をテーブルに置くと、ズンズンと近づいてきて、ボクの前で立ち止まった。


「なんで!? ショウのことは!?」


 キッ、とボクのことをにらんだ。


 ショウのこと、とは、『ショウとボクが結婚して、一加とボクで、ずっとショウの面倒を見る作戦』のことだ。

 一加の髪型お披露目が終わったあと、ショウと二人でしていたその話を、一加にも全部話した。断られたこともだ。


(断られて良かった。あのときは、いい作戦だと思ったけど、結婚したら……。ボクじゃ、ダメだから)


「断られたって言ったろ」


「そうだけど! それは聞いたけど! そうじゃなくて……。だって……、だって、一護いちごは……」


 一加は、言葉を詰まらせ、視線を泳がせた。


「ちゃんと、ボクたちの関係を大事にしてくれる人を探すよ。一加もそうするんだろ? 一緒だよ」


「一緒じゃないよ……」


 そう言うと、一加はうつむき黙り込んだ。つらそうな、泣きそうな顔をしている。


(……一加?)


「春になるのが楽しみだね!」


 ショウが明るい声を出した。一加とボクが顔を向けると、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。


「そういうお年頃だよね~。好きな人とか、恋人とか、欲しくなってくるお年頃。でも、欲しいと思うと、なかなか……。欲しいって言ってる一護より、一加のほうが先にできちゃったりして。もしかしたら、私が一番かも?」


「友だち作れないのに、恋人作れるの?」


 ポロリと言うと、ジトッとした目でにらまれた。


「作れるよ! たぶん……、だけど。それとこれとは別……、のはず。一人でいる私のことが気になって、そのうち好きになっちゃう人がいるかもしれないでしょ。それで、いろいろあって、恋人に……」


「だったら、もうできてるんじゃ。十分、一人で過ごしてきたよね。――いたっ」


 ペチンとひたいを叩かれた。


「そんなのダメ! 一人にさせないもん。春からは、ワタシたちが一緒なんだから!」


 一加は、ショウの隣に座り、首にしがみついた。


「ふふ。一加と同じ人を好きになっちゃったら、どうしよう? ドロドロの三角関係になっちゃったら、どうする?」


「ならないもん!」


「え~? わからないよ~?」


「ショウとは、好みが違う! ……と思う。もし、三角関係になっても、ドロドロはしないはず。たぶんね~、――」


 ショウと一加の想像合戦、というより、妄想合戦がはじまった。



「一加も寂しいんだね」


 モゾモゾと寝返りを打ち、ボクのほうに体を向けたショウが、小さい声で言った。


 ショウと一加は、自分たちやボクのことだけでなく、しげる慶次けいじの話もしはじめた。妄想相手は飛び火のように広がり、知り合いが一人も出てこない、友だちの友だちの友だちの話にまで発展した。


 なかなか終わらない話に、今夜も一緒に眠ることになった。さっきまで、二人はずっと喋っていた。一加が眠り、やっと静かになったところだ。


「一加が? 寂しい?」


「一護、言ってたでしょ? 一加に恋人ができたら、寂しいって。一加も、一護に恋人ができたら寂しいんだよ」


「あ~……」


「私とだったら、一緒にいられるからいいけど、ほかの人だと、とられちゃうって思ったんだろうね」


「そっか、だから……」


(怒ったり、泣きそうになったりしてたんだ)


 うつむいていた一加を思い返す。


(……そうかな? なんか、違うような)


「ねえ、一護。いいなって思う人ができたら、教えてくれる?」


「う……ん」


「……嫌なら、いいよ。無理には聞かないよ」


「嫌ってわけじゃ……」


「あ~、でも、どうかな? 気になって、聞いちゃうかも? 先に謝っておこうかな」


「フフ、先にって。聞く気、満々だね。何かあったら報告するよ」


「本当? 嬉しい。恋バナしようね」


(恋バナ、か……)


 ショウは、恋人が欲しいと言った理由を知ったら、どう思うだろうか。ショウのことを変な目で見たくないから、えっちな想像をする相手が欲しいだけだと知ったら、なんと言うだろうか。


 ボクは気づいた。


 エロ本にも、悠子ゆうこさんにも、そういう気持ちにならないのは、年が離れているせいだ。エロ本の女の人たちは、いくつかはわからないけど、どうみても年上だ。悠子さんは、十二歳離れている。

 たぶん、ボクは年の近い女の子にしか反応しない。


 今、ボクの周りで、その条件を満たしているのはショウだけだ。姉だと思っているけど、血は繋がっていない。その、ほんの少しの隙間に、嫌らしい気持ちが入り込んでしまった。

 お茶会に出て、年の近い女の子と知り合いになれば、この気持ちはその子に向く。


 恋人同士になれるなら、それが一番いいと思う。でも、恋人になれなくてもいい。えっちな想像をさせてくれればいい。


(それまでだから。お茶会に出るまでだから……)


「ショウ、ごめん……」


「え? ……もしかして、結婚しようって話? いいの、いいの。怪我のことは、本当に気にしなくていいからね」


「違うよ。嘘ついたこと。本当は、怖い夢見たんだ」


「そっちか~。やっぱり、うなってたのは、それなの?」


「見たのは、数日前。昨夜は、それを思い出しちゃって」


「我慢はダメだよ」


「うん。お願い。抱きしめて」


「いいよ。寝たまま? 起きる?」


「このままで」


 横向きで寝たまま、近づいた。ショウの腕に頭を乗せて、胸に抱きつく。


「大丈夫。一護、大丈夫だからね」


「うん……」


(しばらくは、一緒に眠らない。抱きしめてもらうのも、やめる)


 ショウで想像してしまう間は、そうすることに決めた。


「大丈夫。怖くない。汚くない」


 ショウのパジャマを握りしめ、腕に力を入れた。さらに、ギュッと抱きついた。


(……でも、髪に触るのは許して。手をつなぐのも、おやすみのキスも。少しだけくっつくのも許して)


「一護……、大丈夫、大丈夫」


(春までの数ヶ月なのに、全部やめるって言えないボクを――)


「――許して」


「許して……って? どういうこと? 怖い夢じゃないの?」


「……すっごく怖い夢だよ」


「も~。そんなの我慢しちゃダメでしょ。大丈夫だよ。大丈夫だからね」


 あの人たちが出てくる暗い家の夢より、ショウとお風呂に入る夢のほうが、怖い夢だと思った。


(大丈夫。春になってお茶会に出れば、この汚くて気持ち悪い、えっちな気持ちは、普通の、ただのえっちな気持ちになるんだから……)


「大丈夫だよ。一護、大丈夫」


 ショウは、ボクの頭をなでながら、何回も、大丈夫、と囁いてくれている。


(あったかくて、柔らかくて、いい匂いで、……安心する)


 わき上がってくる気持ちを、必死に押し込め、気づかないフリをする。


 ショウの言葉に耳をかたむけながら、大丈夫、と自分でも、頭の中で繰り返した。

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