155. えっちな気持ち 2/3 ― 初めて(一護)


一加いちか、おめでとう!」


 ショウを皮切りに、みんなが笑顔で、おめでとう、と言いはじめた。


「ありがとう!」


 一加も笑顔で嬉しそうにしている。


 ただ一人、しげるだけは気まずそうだ。


(まあ、そうだよね……)


 今日の昼食は豪華だ。全員集合しているし、テーブルの上には、一加の好きな料理のほかに、お赤飯とケーキも並んでいる。

 三日前に、一加が初潮を迎えた。そのお祝いだ。


 ものすごく驚いた。


 一加が生理になったことにでも、恥ずかしがらずにお祝いをしてもらっていることにでもない。

 女の子だから、いつかはなると思っていたし、ショウがお祝いしてもらっているのを見て、「早く私も」と楽しみにしていたので、この状況には驚かない。


(まさか、こんなことが揃うなんて……)


 ボクは、あの人――母親だと思っていた人――と、その愛人たちに、いろいろと気持ちが悪い、ものや行為を見させられていた。触ることを強要されたり、無理やり触られたりもした。


 そういうことを、なんでも知っているつもりだった。こうすると気持ちいいとか、そういうのを、気持ち悪い顔についている気持ち悪い口が、気持ち悪い声で言っていた。怖かったから、一加にひどい目にってほしくなかったから、それを覚えた。


 今思えば、なんとなくだった。


 てつさんが男女の体について教えてくれた。隼人はやとさんや黒羽くろはからも話を聞いた。エロ本を見たり、茂とそういう話をしたりするようになった。

 自分が何を見させられていたのか。何をやらされていたのか。漠然ばくぜんとしていたことが、前よりも、はっきりとわかるようになった。


 当時、ボクの体が反応したことはなかった。初めてエロ本を見たとき、あの頃のことを鮮明に思い出したけど、気持ちが悪くなっただけだった。エロ本にも反応しなかった。


 三日前の、朝起きたらパンツの中がれていたアレが、ボクの初めてだった。


 一加とボクは、同じ日に初めてを迎えた。驚きだ。


 これは、一加のお祝いだ。ボクのことはバレていない。証拠は、ちゃんと隠滅した。なのに、ボクもお祝いされているみたいで気恥ずかしい。


 お赤飯を一口食べた。もちもちしている。


(美味しいけど……)


 ショウのお祝いのときのように、素直に美味しいとは思えなかった。



「はあ……」


 ため息が出た。


 あの人と、あの人の愛人たちにやられたことは、今でも気持ちが悪い。自分のことが汚くて嫌だと、どうしようもない気持ちになることはなくなったけど、『汚くないけど、きれいでもない』と思ってしまうときがある。落ち込むほどではない。ふと思うくらいだ。


 この数日、何度かエロ本を眺めてみた。エロ本を見ても、特に何も感じないけど、あの人たちのことを連想して気持ちが悪くなる。でも、初めて見たときよりは平気だ。怖い夢も見ていない。


(嫌だったのに……)


 ショウだったら、ショウとだったら――。


 考えてしまう。心が、体が、ザワザワする。お風呂の夢を見て以降、やられて、やらされて、汚い、気持ちが悪いと思っていたことを、ショウを相手に想像してしまっている。


(どうして……)


「一護? なんでうなってるの? 大丈夫? 怖いの?」


 背後から、ショウに声をかけられた。


「そんな端っこにいたら落ちちゃうよ。もっとこっちに来て」


「う……ん、でも……」


「でも、なあに? はやく、こっちに来て」


「うん」


 寝返りを打ち、ショウのほうを向いた。そのまま、その場に留まった。


「もっと、こっち」


「……うん」


 ショウのすぐ近くまで寄った。ショウはボクの手を両手で握りしめた。


 これは、夢ではない。ショウを挟んで反対側では一加が眠っている。


「大丈夫?」


「大丈夫だよ」


「本当?」


「ホント。……ショウ」


「なあに」


「くっついてもいい?」


「いいよ」


「むこう向いて」


「わかった」


 一加のほうを向いたショウの背中に両手を添え、その手にひたいをくっつけた。


(……なんで、ショウにだけ)


 一加に触ると、ピタッとした感じがして、ホッとした気持ちになる。ショウにも、ピタッとはしないけど、ホッとしていた。そこに、変な気持ちが混ざるようになった。


(胸を触ったから? 女の人の胸を触ったのは初めてじゃないのに。いろいろと教えてもらったから?)


(だとしたら、一加に変な気持ちにならないのは、なんで?)


 大きさの問題かもしれない。ショウは少し膨らんでいたが、一加はボクと同じだった。


(じゃあ、悠子ゆうこさんのに触ったら……)


 独身の悠子さんで想像させてもらう。ちゃんと膨らんでいる分、ショウより柔らかそうだ。


(柔らかそうだけど……、特には……。実際に触ってないから? 触らせてもら……、絶対、無理!)


 本当は、この変な気持ちがなんなのかわかっている。


(えっちな気持ち――、でしょ?)


 この気持ちの先に、あの人たちのしていたことがある。そんなわけないと首を横に振りたい。でも、そうだ。違うだなんて言えない。もう、想像してしまっている。


(一加に何も感じないのは、なんで? じゃないよ! 姉弟なんだから、当たり前だろっ)


(だから、ショウにだって、何も感じないはずなんだ。姉だって思ってるんだから。ショウはダメだ。ショウだけは、ダメ……)


 すーすー、と寝息が聞こえてきた。


 背中から手を離し、仰向けになった。両手を顔の前で、ゆっくりと握りしめながら、あることを誓った。

 ショウに背を向け、目を閉じた。



「はあ~~~」


 盛大なため息をいた。


「どうしたの? くすぐったいよ」


 ショウは頭を後ろに倒し、後頭部でボクの頭をグリグリと押した。


(この気持ちが消えたと思えるまで、ショウにはあんまり触らないようにしようって。昨夜、誓ったのに……)


 お風呂から出たショウの髪を、ベッドに座り乾かしていた。クシでとかしている最中、ついうっかり、髪に顔をうずめてしまった。


(髪がふわふわしてるから、引き寄せられちゃうんだよ)


 髪から顔を離し、とかし直した。指でざっくりと左右にわけ、シュシュでゆるく結んだ。


(でも、あのときみたいな感じは……)


 正座をして、ショウの両肩に手を置き、うなじにひたいを寄せた。


(……やっぱり、ゾクゾクしない。しない……けど、なんか……。背中じゃなくて、胸? が……)


「一護」


 ショウは、左肩に置いてあるボクの手に、右手を添えた。


「なに?」


「怖い夢、見たんでしょ? うなってたのは、そのせいなんでしょ?」


「違うよ。唸ってないよ。一緒に眠ってるときに、見るわけがない」


「本当?」


「ホント」


「我慢してない?」


「してないよ」


「してほしいことがあったら、言ってよ?」


(して……ほしい)


『裸になると、わかるの!』


 一加のセリフが脳内で再生された。夢の中で、ショウは裸だったけど、湯気や泡で、肝心な部分は見えなかった。


(……裸を見たい。見せてほしい)


「――って、ボクのバカッ!」


 ショウは体をビクッとさせた。同時に手が離れた。


「び、ビックリした~」


「ご、ごめん……。ホント、大丈夫だから」


「も~、本当に? 何もないなら、いいんだけど」


(裏切りだ……)


 一加の胸を触っても、胸なのに何もないな、としか思わない。だったら、ショウには、一加よりは胸があるな、とだけ思うのが正しい。


 あの人たちとセットになると気持ち悪いけど、えっちなこと自体を気持ち悪いとは思わない。エロ本を見たいという茂を、その欲求を、気持ち悪いと思ったりもしない。


(ボクのこの気持ちは、汚くて気持ち悪い)


 ショウのことを姉だと言っておきながら、えっちな目で見ている。最低だ。


「恋人が欲しい」


「へ?」


 呟くように言ったボクの言葉に、ショウは気の抜けた声を出した。

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