150. それぞれの好き 1/2(一護)


 一加いちかとボクは、双子は同じじゃないと価値がない、揃っていないと意味がないと、あの人たちに教えられていた。ボクたちに暴力を振るっていたあの人たちのことが大嫌いなのに、あの人たちと離れてからも、その教えに従っていた。思い込んでいた。染みついていた。


 暴力の傷が大きくて、その傷に気づいていなかった。


 本当は気づいていたのかもしれない。ショウや、みんなは、一加とボクが同じじゃなくても気にしないと、どこかでわかっていたのかもしれない。

 でも、もしも、万が一、ボクたちの違うところを見て知って、ガッカリされてしまったら? 嫌われてしまったら? 無意識にそう思って、怖がって、気づかないようにしていたのかもしれない。


 ボロは出ていた。


 嫌われたくないと思いながら、みんなの優しさに気がゆるんでいたのだと思う。気をつけていたはずなのに、一加と同じじゃないボクをいっぱい出してしまっていた。ショウに指摘されて気づいた。


 同じじゃない、揃っていない部分も含めて、ボクたちはみんなに受け入れられていた。怖がる必要なんてなかった。


 ボクたちは、同じかどうか確認することをやめた。好きなもの、嫌いなもの、それぞれの気持ちを大切にすることにした。


 そういう気持ちになれて、髪を切って、わかったことがある。


 一加は、かわいいものが好きだ。


 髪を切ってから、かわいいものに興味を示すようになった。今までは、ボクと揃えることを考えて、抑えてしまっていたのだと思う。


 色も青系が多かった。好きでも嫌いでもない青を、二人の好きな色と決めていた。


 今では、青は大好きな色だ。みんながつけているエプロンが青で、湖月こげつ家の色って感じがして、大好きになった。紫も大好きだ。ショウの好きな色だ。ショウの瞳もたまに紫っぽく見えるときがある。

 ショウと仲良くなってから、ボクたちの好きな色は、青と紫、と決め直した。


 でも、一番好きな色は、別にあった。一加は黄色、ボクは黄緑だ。同じじゃないので隠していた。


一護いちご?」


「なに?」


 ショウはベッドの足側に座ったまま、顔を少しだけボクのほうに向けた。ボクはベッドに上がり、ひざ立ちでショウの髪をとかしていた。


「どうしたの? ボーッとしてる?」


「ボーッとっていうか。一加を見てた」


「あ~。ふふっ」


「頑張ってるなって」


「そうだね」


 一加は、ソファーに座り、一生懸命、手を動かしている。


 かわいいものが好きと気づいたからといって、今ある小物や服などを、すぐに買いかえることはできない。一加は、ハンカチやブラウスを、自分でかわいくアレンジすると意気込んでいる。ショウのぬいぐるみから、ヒントをもらったそうだ。


 昨日、ショウと一加は手芸店に買い物をしに行った。いろいろと買い込んできていた。夜に、ベッドの上に並べ、どんなに悩んで、しぼり込んだかなどを語っていた。


 今、一加が手にしているのは、刺繍ししゅうのキットだ。初心者向けのものらしい。


「ステ……、ステ……、ステ、なんだっけ?」


「ステーキ? 一護、お腹空いたの?」


「そうじゃなくて。ステップ、じゃなくて……、い方? 刺し方? ってなんて……」


「ステッチ?」


「そう! それ!」


 刺繍の基本ステッチを練習できるキットだと説明してくれた。


 練習用のキットは、もう一つ買ってあった。その二つのキットで練習し終わったら、ハンカチに刺繍をするそうだ。本番用にと、刺繍糸をたくさん買ってきていた。刺繍糸は半分以上黄色だった。ほとんど白みたいな薄い黄色から、オレンジが混ざったような濃い黄色まで、いろいろな黄色が袋から出てきた。

 一加は、刺繍の道具、刺繍の基本の本と、花の図案の本を、嬉しそうに眺めていた。


「ショウは編み物しないの? さっきから、毛糸触ってるけど。ボクが髪をいじってるから?」


「ううん。違うよ。もうちょっと腕が治ってからにしよっかなって」


「そっか」


「毛糸は~、柔らかくて、なんか嬉しくて、触ってるだけ。一護も触っていいよ」


 毛糸を差し出されたので、指先でつまんだ。


「どう? すっごく柔らかいでしょ?」


「そうだね。柔らかいね」


「え~。なんか反応が薄い。これ、高い毛糸なんだよ。処分品でね、半額だったの!」


「うん。すごいね」


「ワゴンにあるのは、チクチクする毛糸か、季節的に夏の糸のセール品なのかな? って思ってたら、こんな毛糸がまぎれててビックリだよ。本当に宝探しだったなあ。小夜さよさんに感謝だよ~」


 ショウは、高い毛糸を、一玉か二玉買うつもりだったらしい。それを四玉買えたと喜んでいる。


「こっちも触ってみて。しっとりしてるから」


 別の毛糸を差し出してきたので触った。


「う~ん。しっとりはわからないけど、柔らかいね」


「ええ~! しっとりしてるでしょ? ぬめってるでしょ? もっとちゃんと触ってよ」


 ボクの反応が薄いのは、毛糸に興味がないからでも、ショウを相手にするのが面倒だからでもない。このやり取りをするのが、二回目だからだ。昨夜、すでに同じやり取りをしている。


「いっぱい触らせてもらったから、もう充分。ありがとう」


「も~。何回でも触りたくなるでしょ。ずっと触ってたいでしょ。いい毛糸なのに~」


「ボクは、毛糸よりも、ショウの髪をずっと触ってたいな」


 正座をして、ショウの両肩に手を置いた。とかしてふわふわになったショウの髪、首辺りに顔をうずめた。


(いい匂い……。一加と同じシャンプーのはずなのに。一加とちょっと違うような気がする……)


 顔を左右に動かした。ショウは、「くすぐったい」と肩をすぼめた。


「短くしちゃったから、長い髪が恋しいの?」


 ショウは頭を後ろに倒し、後頭部でボクの頭をグリグリと押した。ショウの髪から顔を離した。


「恋しくはないよ。短いの、すっごくラク。ドライヤー必要ないし。ショウの髪のとかしたては、ふわふわで、なんかいいんだよ」


「そう? 大地だいちには、くすぐったい髪って言われたけど。丸坊主、気に入った? もう、伸ばさないの?」


 ショウの髪をすくって、頬ずりをした。


「くすぐったいかな? ラクで気に入ったけど、少しは伸ばすよ」


「したい髪型とかあるの?」


「まだ。伸ばしながら決めるよ」


「そう」


 クシャクシャにしてしまったショウの髪にクシを入れた。毛先の部分から少しずつ、ゆっくりととかした。


「はぁ~っ」一加が大きく息をいた。


 布を固定している木の枠を両手で持ち、腕を伸ばした。ニヤニヤしながら眺めている。


 ショウは、クスッと笑い、「かわいい」と呟いた。


「ねえ、ショウ。そろそろ、いい?」


「いいよ~。わかった」


 ボクがお願いすると、ショウは、横に置いておいた本を手に取り、ボクのほうに向けてくれた。

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