151. それぞれの好き 2/2(一加)


(初めてにしては、上手じょうずにできてる! と思う。……うん、できてる!)


 一種類目の基本ステッチの練習が終わった。五本の線ができただけだけど、なんだか嬉しくてニヤニヤしてしまう。


「それだと~、見えない」


「こう?」


「うん。それで」


 ベッドのほうをチラッと見た。ベッドの足側にショウが座り、その後ろ、ベッドの上にクシを持った一護いちごがいる。

 ショウは、一護に見えないと言われ、持っている本の角度を変えた。


 ショウの持っている本は、ヘアアレンジの本だ。編み込みのやり方などが載っている。


 昨日の買い物で手に入れた。手芸店の次に、本屋に寄ってもらった。手芸店での買い物に夢中になりすぎて、忘れるところだった。律穂りつほさんに「本屋は?」と聞かれて、数秒後に思い出した。

 ショウの編み物の本と、ワタシの刺繍ししゅうの本は、手芸店にあった。だから、本屋は大丈夫です、と言いそうになった。ショウが「忘れてた」と、目を見開いたのを見て、ワタシも思い出した。

 無事、一護に頼まれていた本を買うことができた。


 ワタシと一護は、双子だから同じじゃないと価値がない、揃っていないと意味がないと思い込んでいた。この前、その思い込みを、きれいさっぱり捨てさることができた。

 簡単に気持ちを切り替えられたのは、ここで過ごした一年半があったからだと思う。


 ワタシたちは、好きなもの、嫌いなもの、それぞれの気持ちを大切にすることにした。もちろん、その中には、同じところ、揃うところも入っている。自然にそうなるところも、いっぱいある。


 髪は、あの髪型が好きで同じにしていたわけではなかった。だから切った。


 いろいろとスッキリして、わかったことがある。


 一護は、髪をいじるのが好きだ。


 丸坊主にしてから、ショウの髪を結いたがるようになった。思い返してみれば、黒羽くろはがショウの髪を結っているときも、隼人はやとさんが結っているときも、ジッと見ていた。


 ずっと前に、怒られたことがあったから、我慢してしまっていたのだと思う。


 小さいときに、三つ編みのおさげにしたことがあった。一護の髪をワタシが、ワタシの髪を一護が編んだ。

 両親だった人たちに怒鳴られた。三つ編みの数が違うと言っていた。ワタシの編んだ三つ編みと、一護の編んだ三つ編みの、交差の回数が違っていたらしい。「なんで同じじゃないんだ!」と叩かれた。「不器用ね!」と髪を引っ張られた。


 ショウと仲良くなってから、ショウがワタシたちの髪を三つ編みにすることはあったけど、自分たちですることはなかった。ショウの髪を簡単に結ぶことはあっても、編んだりはしなかった。


「あれ? なんで、ほどいちゃうの?」


「なんか、変になっちゃった」


「もう一回?」


「いいの?」


「いいよ」


「じゃあ、もう一回」


「隼人がいれば、教えてもらえたのにね」


「隼人さん、上手じょうずだよね」


「うん。隼人は、自分の髪も編んじゃうんだよ。スルスルスルスル~ッて、魔法みたいなの」


「そうなんだ」


「黒羽も隼人に教わったんだよ」


「へ~」


「隼人が私の髪を編んで、黒羽はそれを見ながら隼人の髪を編んでたんだよ。黒羽も最初は上手じょうずにできなくて、いっぱい練習したの。隼人の髪で」


「隼人さんの?」


「隼人の髪、長かったからね。私の髪でも練習してたけど、練習は隼人の髪が多かったかな」


「ふーん……」


 一護の相づちを最後に、少しの間、静かになった。


「う~ん。やっぱり、変」


「え~? ちょっと見せて」


 ショウは、一護に手鏡を持ってもらい、もう一つの手鏡を自分で持った。合わせ鏡にして、確認している。


「変じゃないと思うけど」


「なんか、ポワポワしてる」


「う~ん。私の髪がうねってるからじゃない?」


「でも、黒羽や隼人さんのは、もっとちゃんとしてた」


「そうかな~? こう、わざとゆるくする場合もあるでしょ? それっぽくていいと思うけど?」


「わざとじゃないし……」


「もう一回やる?」


「うん。……あ~、でも、あとで。もう時間だから。お昼食べてから。普通に結んじゃうね」


「はあい」


 一護は、ショウの髪をシュシュで一つにまとめた。ショウの手作りのシュシュだ。私の髪を一つに結んでいるシュシュも、ショウの作ったものだ。

 ショウが立ち上がったので、ワタシも手を止め、布をテーブルの上に置いた。



 食堂に行くと、てつさんがニヤニヤしていた。


「今日のお昼はスパゲッティだ。カルボナーラかナポリタン、好きなほうを出してやるぞ~」


 一護と顔を見合わせた。


 徹さんに好きな料理を聞かれたことがあった。思い浮かばなかったり、一護と同じじゃなかったりで、答えられないまま、一年くらい過ぎてしまっていた。やっと伝えることができた。徹さんは、ワタシと一護の顔を交互に見ながら、「そっかあ、そうか~」と嬉しそうにうなずいた。

 伝えた次の日にワタシの好きなグラタンを、そのまた次の日に一護の好きなラザニアを作ってくれた。


(今日もワタシたちの好きなの作ってくれたんだ。ワタシの好きなカルボナーラと、一護の好きなナポリタン。ワタシはもちろん、カル――)


「どっちも食べたい!」


 ショウが手を上げて答えた。


 もう一度、一護と顔を見合わせた。うん、とうなずき合った。


「ワタシも!」

「ボクも!」


「そ、そっか。両方か。わかった。今、出してやるから、待ってろ~」


 徹さんは、「理恵りえの予想通りか~」と呟きながら、台所に消えていった。


 ワタシたちの前に、二種類のスパゲッティとサラダとスープが並べられた。徹さんも席につき、四人で昼食をとった。しげるくんと小夜さよさんはお休みで、あとのみんなは出かけていていない。


「あれだな~。一加と一護は、好きなものは最初と最後に食べるんだな~」


 食後のお茶を飲んでいると、徹さんがそんなことを言った。


「二人とも、好きなほうを先に半分食べて、違うほう食べ終わってから、残り半分食べてたぞ~」


「そう……かな?」

「そうでしたか?」


 よくわからなくて、首をかしげた。一護も首を傾げている。


「なんだ~、無意識か~?」


「はい」

「気にしていませんでした」


「それじゃ~、質問。絶対に一口で食べ終わるものがあるとするだろ~? 二人とも、それが大好物。最初と最後、どっちに食べる?」


「最初!」

「最後……か、途中かな?」


「そこは違うんだな~」


「でも、そんな感じがします」


 ショウは、口元に寄せていたマグカップをテーブルに置き、徹さんのほうを向いた。


「そうか~?」


「ワタシたちのことはわかっちゃう?」

「ボクたちのことならお見通し?」


「一加と一護の間に、それが一つ置いてあったら、一加が先に食べちゃって、喧嘩しそう。ボクも食べかったのに! って」


「ぐっくくく。ああ、確かにそうだな~。そうなりそうだな~」


「……一加、食べる前に聞いてよ」


「そうだよ、一加。一つしかないんだから、ちゃんと一護に確認してからね」


「できるだけ、人数分用意してやるけどな~。足りないときは相談しろな~」


 一護は、はあ、とため息をいた。ショウと徹さんは笑っている。


「そ、そんなことしないもん!」


 三人の顔を見回し、反論した。


(ショウにはやらないけど、一護にはやっちゃいそう……かも。気をつけよ……)


 マグカップを両手で持ち、口をつけた。



「一加。髪、触るよ?」


 布から顔を上げ、振り向いた。いつの間にか、後ろに一護が立っていた。


「いいけど……」


 ショウは? と聞こうとしてやめた。ベッドで仰向けになっているのが、視界に入った。


 布をひざの上に置くと、一護はワタシの髪をほどいた。真ん中で左右にわけ、編みはじめた。


「……はい。できた」


 手鏡を渡された。


(三つ編みのおさげ……)


上手じょうずだね」


「ただの三つ編みならできるんだけど」


「今からどうするの?」


「部屋から勉強道具を持ってくるよ」


「持ってくるの? 自分の部屋でやれば?」


「一加だって、自分の部屋でできるだろ」


「そういう問題じゃないの」


「ボクだって」


 一護は、ワタシの手から手鏡を取り、手首にシュシュをつけた。クシと手鏡を机の上に置き、部屋を出ていった。


 両手で三つ編みに触れた。


(一護のハンカチにも、何か刺繍してあげよ。男の子にも似合う図案……、イニシャルとか? うん、そうしよ。そのためにも、まずは練習)


 ひざの上に置いておいた布を手に取り、三種類目のステッチの練習に取りかかった。

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