122. 久しぶり 4/4 ― 反面教師(隼人)


「は~、うまかった!」


 大地だいちさんは満足そうにお腹をさすっている。


「私も手伝いますよ」


 台所で洗い物をしている黒羽くろはに声をかけた。


「大丈夫です。少しですから。ゆっくりしててください」


 黒羽は、首を横に振ると、にこっと微笑み、スポンジを手に取った。


隼人はやとのご飯、菖蒲あやめ様にも食べさせてあげたかったな。……小さいときは、よく二人だけで……、ふふ、ふふふ……」


「…………また、ニヤニヤしながら、ぶつぶつ言いはじめましたけど」お茶を飲んでいる大地さんに顔を向けた。


「いつもこうなんだよ。って言っても、俺が見てる範囲でだけどな。俺といてもこうなら、一人でもこうなんだろ。これで、外ではやらないって言われても、信じられないだろ?」


「そうですね。一人暮らしすると、独り言多くなりますけど……。ちょっと、ひどいですね。毎回ではないでしょうけど、内容も。数年前は、菖蒲あやめさんと本みたいなことをしたいとは思わないって言ってたのに……」


「あったな、そんなときも。向こうにいるときにこうならなくて、本当に良かったよな。学園に来たから、こうなったのかもしれないけど。友だちといろいろ話すようになって」


「そうかもしれませんねえ。そういう年頃になったっていうのもあるでしょうし」


「まあ、妄想がひどいのは、菖蒲あやめと離れてて寂しいってのもあるんだろ。菖蒲のことばっかりだしな」


「会えない寂しさを、妄想で補ってるわけですね」


「たぶんな。……あ、そうだ。おい、黒羽。……黒羽っ!」


「……ふふ、ふ。はい?」


「隼人に写真見せてもいいか?」


「いいですよ。机の上に出しておきました」


「ああ、借りるぞ」


 大地さんは、机の上からファイルを取ると、手渡してくれた。


 ファイルを開くと、ちょっと顔をしかめた女の子が目に飛び込んできた。


「ああ、可愛らしい。懐かしい。菖蒲あやめさんの写真ですね。ここは……、公園ですか?」


「本邸の近くに大きい公園があるだろ?」


「ありましたね。大きい池のある森林公園ですね」


 大地さんが少し身を乗り出してきたので、視線を向けた。大地さんは神妙な面持ちで、こちらを見ていた。抑えた声で、ゆっくりと言った。


「信じられれるか? そこで、デートしたんだぞ」


「デッ――」思わず大きい声が出てしまい、あわてて口を手でおおった。大地さんのように声を抑えて尋ねた。


「……デートって、恋人になったんですか?」


「なってない」


「なってない? ……そう……ですか。まあ、恋人にならなくてもデートはできますね。あ! 菖蒲あやめさん、自由に出かけられるようになったんですね! 男の子の格好してますけど、髪は下ろしてますし」


「そうじゃない」


「そうじゃない? あ~、大地さん的に公園デートはなしですか? 私は素敵だと思いますけど」


「違う」


「違う?」大地さんの言いたいことがわからず、首をひねった。


「そのデート……、誕生日プレゼントなんだよ」


「なるほど。誕生日プレゼントにデートしてくださいって、菖蒲あやめさんにお願いしたんですね。可愛らしいお願いじゃないですか」


 ホットドッグにかじりついている菖蒲さんの写真を、そっとなでた。


忠勝ただかつさんからの誕生日プレゼントなんだよ」


「えっ?」理解が追いつかず、大地さんをにらむように見てしまった。


「黒羽、忠勝さんに誕生日プレゼント何がいいか聞かれて、菖蒲とデートしたいって言ったんだよ」


「本当ですか?」


「ああ」


「しかも、それ、二人きりじゃないんだぞ」


「何人かで行った……とか?」


 大地さんは首を横に振った。


律穂りつほさんの監視付きだ」


「ええ!?」


「隼人、信じちゃダメですよ」


 頭の上から声がした。洗い物を終えた黒羽が、そばに立っていた。手を拭きながら、腰を下ろした。


「あってるだろ?」


「あってないっ! 旦那様に、菖蒲あやめ様と二人で出かけたいってお願いしたんです。そうしたら、律穂さんと一緒ならいいって。だから、律穂さんについてきてもらったんです。律穂さんは、菖蒲様と私のことを、離れたところから見ててくれただけです」


「同じだろ?」


「なんか違うんですよ!」黒羽は大地さんをにらんだ。


「確かに少し印象が……。でも……、だいたい同じですね」


「だろ?」

「違います!」


 黒羽に説明を受けながら、写真を見ていった。本邸だけでなく、別邸での写真もあった。

 可愛らしい寝顔の写真に、頬がゆるんだ。菖蒲あやめさんも黒羽の寝顔の写真を持っていると聞いて、さらに緩んだ。


「この……、たまに二ページ空いてるのは?」


「……撮った日が違うからです。わかりやすいように空けてます」


「でも、最初のほうは一ページですよね?」


「隼人は細かいな」大地さんはお茶をすすりながら、視線だけこちらに向けた。


「そうですか?」


「そうですよ。たぶん、なんとなく、とかだと思います。気にしてませんでした」


 黒羽はにこっと微笑み、マグカップに口をつけた。


「これは? この、最後のほうの写真は、どうしたんですか? 影みたいなものが、いっぱい写り込んでますけど……」


 ゴクッ、と黒羽の喉が鳴った。


 黒羽はゆっくりとマグカップをテーブルに置いた。眉間にシワを寄せている。


「それは……、生意気な双子の一部です」


「生意気な双子?」


「忠勝さんが孤児院から引き取った姉弟。隼人、聞いてないのか?」


「聞きましたけど。黒羽と菖蒲あやめさんからの手紙にもありましたし。そこじゃなくて、生意気っていうのが。生意気なんですか?」


「生意気ですよ! もう、いろいろと! 写真撮ろうすると邪魔するし! もう、本当、いろいろと邪魔です!」


「そうなんですか?」大地さんに顔を向けた。


「さあな。俺が夏に行ったときは、チラッと見たくらいだったからな」


「夏のときはそうだったんですよ。私も食事のときとかに、顔を合わせるくらいでした。それが……、菖蒲あやめ様と仲良くなったら、急に! 菖蒲様と一緒に眠ったりしてるし、本当羨ましい! 私も一緒に眠りたい!」


「黒羽だって、よく一緒に眠ってただろ」


「そうですよ。お昼寝してたでしょう」


「……菖蒲あやめ様と同じ反応ですね」


「でも、一緒に眠ってるだなんて。随分仲良しになったんですねえ。菖蒲さんからの手紙に、仲良くなれた、って書いてありましたけど。そこまで仲良くなってるとは思いませんでした」


「そうなんですよっ!」黒羽は勢い良くこちらを向いた。


菖蒲あやめ様の手紙はかわいいんですけど、短いんです! 私なんて書きたいこと、泣く泣く削ってるのに! ……まあ、短いのはいいんです。でも、そういう状況が全然伝わってこないんです! あの状況を、仲良くなった、の一言で片づけられては困るんですよ!」


「手紙がかわいいって、なんだよ……。俺からしてみれば、毎週届く手紙に、ちゃんと返事書いてるだけでも偉いと思うけどな。俺には無理だ。毎日書いてたときだって、毎日は返ってこなかったけど、一つ一つの手紙の返事は、届いた手紙にまとめて書いてあったんだろ? すごいと思うけどな。結構、面倒くさがりなのに」


「封筒や便箋びんせんがかわいい……って話ではないんでしょうね。大地さんの言う通りだと思いますよ。菖蒲あやめさん、面倒くさがりなところありますからねえ」


 黒羽は両手でマグカップを握りしめ、視線を落とした。「それは……、わかってるんですけど」とボソボソと言った。


「四ヶ月の間にあんなに仲良くなってて、少し焦ってしまって。もっとちゃんと状況を教えてほしいって。返事がもらえて嬉しいことよりも、そっちのほうが勝ってしまって。……実は、菖蒲あやめ様に、手紙のこととか、いろいろ言い過ぎてしまって。怒らせてしまいました」


「ほどほどって言われるのは、毎度のことだろ」


「ほどほど、じゃなくて……。髪が浮いてました……」


氣力きりょくれるほど怒らせたんですか?」


「はい……」黒羽は肩を落としながらうなずいた。


「ま~、でも、前よりもれやすくなってるからな。昔のこと思い出して怒っても、浮いてたし。ちょっと怒っただけでも、漏れるんじゃないか?」


「大地は黙っててください」


 黒羽は大地さんのことをジトッとした目でにらんだ。私に顔を向けると、にこっと微笑んだ。


「仲直りは、ちゃんとしたので大丈夫です。……ふっ、ふふふ」


(すごい顔してますねえ)


 積もる話はまだまだあるが、続きは宿に移動してからにすることにした。三人で泊まれる部屋を取ってある。

 お風呂に入ってサッパリしてから、私が買ってきたお酒を飲む予定だ。宿の部屋の冷蔵庫に入れておいた。


 黒羽の部屋を簡単に片づけ、支度を済ませたところで、「隼人は……」と大地さんが口を開いた。


「本邸出てから、まだ菖蒲あやめに会ってないんだよな?」


「ええ。まだ遊びに行けていないので。たまに手紙のやり取りをするくらいです」


「なら、なんで、菖蒲あやめって名前で呼んでるんだ? 会ってないなら、お嬢様じゃなくて名前で、って言われてないだろ?」


 大地さんの言葉に、黒羽は「あっ」と声をらし、ハッとしたような顔をした。


「直接はお願いされてませんけど、手紙ではお願いされましたから」


「それだけで切りかえられるか? 俺、何回も名前言わされて、練習させられたけど。それでも、間違って、お嬢様って呼んだりしてたけどな」


「練習しましたから」


「はあ?」

「練習ですか?」


 大地さんは意味がわからないと目を細め、黒羽は首をかしげた。


「ええ、練習ですよ。菖蒲あやめさんのことを思い浮かべて、『菖蒲さん』って声に出して、呼ぶ練習をしたんですよ。会ったときに、ちゃんと名前で呼べるように」


「ひ、一人でか?」


「当たり前です。一人で、部屋で、ですよ。菖蒲さん、菖蒲さんって繰り返したんです。なんだか、いろいろと思い出してしまって。離れていることが、寂しくなりましたねえ……」


 胸に手の平をあてた。先ほどまで眺めていた写真を思い浮かべた。菖蒲あやめさんの可愛らしい姿がいっぱい写っていた。


「ああ、また服をプレゼントしたいですねえ。でも、サイズが……。手紙で聞いてみましょうか。それだと、プレゼントがバレてしまいますね。驚かせたいですからねえ。旦那様に確認……。うーん。サイズを聞いても、今、どんな服を持っているのか、わかりませんね。それを確認するのは、……難しいですね。前は全部把握していたのに。あ、そうだ。買い物に連れていって、一緒に選ぶのもいいですね。いろいろ着せて……。ふふふ。また、ヒラヒラの服を着たところが見てみたいですね。もう一度、メイド服……に見える服っていうのもいいですねえ。ああ、可愛らしいですね。抱きしめたいですね。もう抱っこはさせてもらえないでしょうか? その前に、随分久しぶりですからね。逃げられてしまうでしょうか?」


 黒羽に顔を向けた。黒羽は「大丈夫だと思います……」と、かすれたような声で答えた。


「そうですよね。大丈夫ですよね。菖蒲あやめさんですものね。逃げてしまったら、捕まえて抱きしめれば、照れたような顔をして元通り、ですよね。ふふ、可愛らしい……。あ、それとも怒ったような顔をするでしょうか? それも、可愛らしい、ふふふ……。ああ、会いたいですねえ。今年の夏こそは、絶対に休暇を確保して会いに行きますよ!」


 大地さんに顔を向けた。「ああ、頑張れよ」と言った大地さんは、なぜか顔をひきつらせていた。


「おい、黒羽。こんな感じだからな」


「気をつけます……」


 大地さんに肩を叩かれた黒羽は、変な顔をしていた。



 宿に移動し、お酒を飲みながら、夜遅くまで話し込んだ。いつの間にか眠ってしまっていた。気づいたら朝だった。

 二日目は、朝食をとってから、散策をしつつ、写真撮影をした。軽めの昼食をとり、帰りの馬車に乗り込んだ。


 あっという間の、二日間だった。

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