105. お茶会での注意事項 1/3 ― 好きなタイプ


菖蒲あやめちゃん。こんなところで何してるの?」


「うわっ……」


「今、うわって言った?」


「言ってませんよ。慶一けいいち様こそ、どうなさったんですか? お戻りになったら、いかがですか?」


「今来たところなんだけど。私は休憩しにきたの。疲れたから。もしかして、ずっとここにいたの?」


「えっ? あ、あはははははぁ~。そんな、まさか……」


「まさか、なんだね……」慶一は呆れたような顔をした。


 小清水こしみず邸に来ていた。慶次けいじの秘密の場所にある切り株に、ビニールの風呂敷を広げて座っていた。


 大きい切り株はそのままだが、枝に吊るされていた木の棒は、今はもうない。初めてここに来たときに通り抜けてきた小道は、あるにはあるが使えなくなってしまった。

 あれから、三年経っている。体が大きくなり、服を汚さずに通ることが難しくなってしまった。小道は通れなくなってしまったが、小道とは別にちゃんとした道がある。小清水邸には何回も遊びに来ている。そのときに、本道を教えてもらっていた。


「隣、このビニールに座っていい?」


「……どうぞ」


 慶一は隣に腰を下ろすと、私のことをジロジロと眺めた。


「その本……。それ、そのバッグには入らないよね」


 私のひざの上で開かれている本を見てから、後ろに置いてあるポシェットに顔を向けた。


湖月こげつ様が、お茶会にそういうの持ってくるの、菖蒲あやめちゃんに許すはずないし。それって、慶次の本? もしかして、ここにいていいって慶次に言われた?」


 実は今、庭園ではお茶会が開かれている。真っ最中だ。


 小清水邸に着いたときに出迎えてくれた慶次が、こっそり提案してくれた。ここにいてもいいよ、本を貸すよ、と言ってくれた。その言葉に甘え、開始そうそう慶次から本を受け取り、ここに逃げ込んだ。


「えっと~、慶次様が、私に気を使ってくださって~」本を閉じ、ポシェットの上に置いた。


「別にいいんだけどさ。こんなところにいたら、菖蒲あやめちゃんが怒られるんじゃないの? 湖月様に」


「う……」


「毎回毎回、よく同じことで怒られるよね。友だち作るまでいかなくても、話しかけるくらいすればいいのに」


「もう、慣れてしまって。話しかける勇気を出すくらいなら、お父様に怒られたほうがマシというか……」


「は~。本来、湖月様に怒られるなんて、何よりも怖いことだと思うんだけど。娘には甘いのかな」


「お父様は怒っても、手を上げたり、家から追い出したりはしないので。あ、でも……」


「でも?」


「私が、剣術や体術を習っていたら、大変なことになりそうな気がします」正面に向けていた視線を慶一に向けた。


「それは大変じゃ済まなそう」


 慶一は顔をしかめ、こちらを向いた。私と目が合うと、ふっ、と少し吹き出した。両手をお尻より後ろ側について少し仰向き、視線を木々の枝葉に向けた。


 会話が途切れた。


 薄手のコートを羽織った秋の装いに心地好い風が吹いた。落ち葉がカサカサと音を立てている。


「は~~」


 慶一は大きなため息をき、視線を枝葉から地面に移した。切り株に手をつくのをやめ、ひざひじをついた。


「どうしたんですか?」


「戻るのがね、ちょっと」


「嫌なんですか?」


「少しね。囲まれるのも、ラクじゃなくて」


「そういえば、黒羽くろはと一緒に女の子たちに囲まれてたときって、どんなことを話したりしてたんですか?」


 ちょうど良い機会なので、気になっていたことを聞いてみた。


「気になる?」


「気になったから聞きました」


 慶一がニヤニヤしている。黒羽の話だからだ。大地だいちのことはあまり言わなくなったが、その代わり黒羽のこととなるとニヤニヤ突っ込んでくる。気にしたら負けだ。


「どんな女の子がタイプか、とかかな」


「えっ!? そんな話するんですか!?」


 予想外の内容に驚いてしまった。二人がどんな話をしているのか、想像できなかった。なので、予想も何もないのだが、とにかく驚いた。


「女の子たちに聞かれるから。黒羽さんの好きな女の子のタイプ、気になる?」


「え……、う~ん」


(そのときの、黒羽の好きな女の子って……)


「気になる?」


(いや、でも、タイプは違う可能性も……)


「う~~~ん……。気に……、なります」


「好きになった子がタイプだって」


「な、なんですか、それ! ぶ、無難」


「そう無難なんだよね。つまらない」


「慶一様は、なんて答えたんですか?」


「私も同じです、って答えたけど」


「慶一様も無難でつまらないじゃないですか」


「まあね。だって、周りに女の子がいるんだよ。少しでも特徴的なことを言ったら、私かも? あの子かも? ってなるよ。面倒でしょ?」


「それは、そうかもしれませんね」


菖蒲あやめちゃんは? 菖蒲ちゃんの好きなタイプ」


「私のですか? そうですね……。好きになった人がタイプ、ですね」


「うわ~。無難」


「ふふ。あはは。そうですね、無難ですね。でも、本当にそうなんです。慶一様は? 今は周りに女の子いないですよ。どんな女の子がタイプなんですか?」


菖蒲あやめちゃんも女の子でしょ」慶一は、は~、と息をいた。


「でも、そうだな~。いい意味で女の子らしい女の子、かな」


「いい意味で?」


「女の子で連想できること、いろいろあるよね。それのいいところだけを集めた女の子」


「う~ん?」


「わからない?」


「よくわからないです。けど、理想が高いってことはわかりました」


「え? 高いかな?」慶一は眉間にシワを寄せた。


「高いと思いますよ。いいところだけ、とか」


「え~、そうかな~?」


「女の子で連想できることってなんですか? 悪いほうを聞きたいです」


「うるさい、とか」


「う、うるさい?」


「嫉妬がすごい、蹴落とそうとする、仲良さそうにしてたのに悪口を言う、絶対思ってないのにかわいいと褒め合う……」


 慶一は、女の子の悪いところを挙げていった。どんどん具体的になっていく。


(これって……)


「慶一様。それは、女の子の、というより、慶一様の周りに集まってきている女の子たちの話ですね」


「そうともいう」


「それじゃ、いいほうを教えてください」


「かわいい」


「ぶっ」思わず吹き出してしまった。


「なに?」ジトッとした目でにらまれた。


「すみません。くしゃみです、くしゃみ」


「絶対くしゃみじゃないよね……」


「くしゃみです。もっとありますよね? 教えてください」


「顔を赤くして見つめてくる」


「あ~、なるほど~」


「やわらかい、いい匂いがする、とかかな」


「……え? 終わりですか?」


「うん。終わりだね」


(悪いところに比べて、いいところ少ないな)


「でも、それなら……、タイプに当てはまる女の子、いっぱいいそうですね。男の子に比べたら、女の子はだいたいやわらかくて、いい匂いがしそうな……。うーん、いい匂いがする男の子もいるから微妙? あ~、慶一様にとっていい匂いじゃないといけないから……」


 手に何かが触れた。


「……なんでしょうか?」


 慶一の手、だった。私の手をすくうように握った。


「まあ、そうだね。菖蒲あやめちゃんもやわらかいね」


 私の手に触れている慶一の手を、両手で掴み、手の平を上に向けた。同じような手を見たことがある。


「この手と比べたら、やわらかいですよ。ふふ。お父様や大地や隼人はやとと、同じところにマメのあとがありますね。黒羽にもありますけど、慶一様のほうがすごいですね。さすが、小清水家って感じです」


「剣術を習えば、マメやタコはできるものだから。マメってさ、流派によって、できる位置がちょっと違うんだよ。知ってた?」


「そうなんですか?」


「うん。でも、菖蒲あやめちゃんが見たことある手は、全部同じ位置かな。まあ、王都からここら一帯、学園でお父様たちと同じ剣術部に入って騎士を目指す人たちの手は、同じって言っていいかも。師範が一緒だから。直接教えてくれる人は違っても、一番上の人が同じだから。マメが違うところにもある人は握りに問題がある、とかだね。別の理由もあったりするけど……。だいたいそんな感じ」


「へ~。そうなんですね~」


 あとでお父様の手の硬くなっている位置と、慶一様のマメの痕の位置を比べてみようと思い、まじまじと見つめた。ちょっと触りながら痛いかどうか尋ねたりしていた。


「そうそう、師範って……」


 サク、サク、と落ち葉を踏みしめる音が近づいてきた。慶一は何かを言いかけたまま、視線をそちらに向けた。私も、慶一の視線を追うように、顔をそちらに向けた。

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