104. 男の子のお買い物 3/3 ― 気づいたら  (一護)


「う~ん、やっぱり美味しい~」


 お嬢様がお子様ランチのハンバーグを食べている。


「この前来たときも、お子様ランチだったんでしょ? 気に入ったの?」


「気に入ったっていうのもあるけど……。一護いちご、ちゃんとメニュー見てないの?」


「どこをちゃんと見るの?」


「も~! ここのお子様ランチはね、十二歳までなんだよ。十三歳になったら食べられないの。私たちは? 今、何歳?」


「十一歳」


「そう。あと少ししか、食べられないの。こんなにいろいろ食べられるお得なランチは、なかなかないんだよ。今のうちに食べておかないと」


「そういうもの?」


「そういうもの」お嬢様はうなずいた。


「一護は好きな料理もの、見つかったか~?」


「まだ、飛び抜けてコレっていうものは……。すみません」


 一ヶ月くらい前、夕食のときに、てつさんに好きな料理を聞かれたが答えられなかった。一加いちかも答えられなかった。答えられなくて、食事を作ってくれている徹さんと理恵りえさんに悪いなと思った。でも、うんうんと悩むボクたちを見た徹さんは、「見つけたら教えてくれよな~」と笑っていた。


「謝らなくていいけどな~。そういや、菖蒲あやめに聞いてなかったな~。あれか? 全部か?」


「全部?」お嬢様に顔を向けた。


菖蒲あやめは、全部好き~、とか言いそうじゃないか~?」


(全部とかアリなんだ……)


「全部って。私にも苦手なものはありますよ。料理ではないですけど。脂身だけ、とかはちょっと。好きな料理、ちゃんと答えられますよ」


「へ~。それじゃ、なんだ~?」


「絶対に一つって言われたら。お父様が作るものだったら、カレー。隼人はやとだったら、オムライス……、うーん、とろろご飯も捨てがたい。どっちもで。理恵さんのは、ポテトサラダ……と、コロッケと、あと、肉じゃがも」


「全然一つじゃないな~」


てつさんのは~、お味噌汁!」


「そ、そうなのかっ!?」


 お嬢様の回答に呆れ気味だった徹さんが、急に声を上げて前のめりになった。みんながそれに驚いた。


「どうじだ?」


「すまん。菖蒲あやめの答えが嬉しくて。ついな~」


てつさんのお味噌汁、美味しいですよ。あっさりしてるものから、こってりしてるものまであって。いろんな具が入ってて。どれも美味しいです。どれが一番かって聞かれたら……、う~~ん、難しいですね」


「そっかあ、そうか~。俺、一番自信があって、一番気合い入れてるの味噌汁なんだよな~。それを好きって言ってもらえるなんて。嬉しいな~」


「良かったな」旦那様が、ふっ、と笑った。


 てつさんに好きな料理を聞かれたとき、何か一つを答えないといけないのかと思った。でも、お嬢様の答えを聞いて、そうじゃなくてもいいんだとわかった。それでもいいなら、ボクにも思い浮かぶ料理がある。でも、一加と同じかどうか確認してから伝えようと思い、言わなかった。


 ボクたちが食べ終わってから、みんなでデザートを頼んだ。お嬢様とボクは、フルーツパフェを頼んで半分こした。一加としたからと、「あーん」とお嬢様が食べさせてくれた。ボクもお嬢様に食べさせてあげた。てつさんが何か言いたそうにこっちを見ていたので、「食べたいですか?」と聞くと、なぜかビクッとして首を横に振った。そのあと、コーヒーを飲もうとしてこぼしていた。



「はい。終わり」


「ありがとう」


 ボクが横から顔をのぞき込むと、お嬢様はにこっと微笑んだ。


 今日はボクがお嬢様の髪を乾かす当番だった。当番のときは、早めにお風呂に入る。お嬢様の部屋で自分の髪を乾かしながら、お嬢様がお風呂から出てくるのを待っている。


 一歩隣に移動して、黒くて長い髪にドライヤーをあてた。お嬢様と一緒にお風呂に入った一加が、自分の髪を乾かしていた。まだかかりそうだったので手伝った。


 一加の髪が乾いてから、眠る前のお喋りをした。今日の話題は『男の子のお買い物』だった。買い物中にあったことや聞いた話を、一加に教えてあげた。


 明日のために、それぞれの部屋に戻らないといけない時間になった。三人でドアの前に立つと、お嬢様が、ふふっ、と笑った。

 お嬢様は帰ってきてから何回も思い出し笑いをしていた。レストランで聞いた話が、おもしろかったらしい。湖月こげつ邸に来てまだ一年経っていないからか、知らない人の話もあったからか、思わず笑ってしまうほどのおもしろさは、ボクには感じられなかった。


(おもしろい話っていうか、すごい話だったような気がするんだけどな……)


「どこら辺が、ツボだったの?」


「あ、ワタシも知りたいな!」


「え~っと、ツボっていうか。聞いてみたいなって思ってたことが聞けて嬉しくて。律穂りつほさんの年齢としとか。なんか聞けずにいたんだよね。ずっと黒羽くろはと、いくつなんだろうね? って言ってたの」


「黒羽?」

「一加、黒羽『さん』」


 黒羽、と聞いて一加は顔をしかめた。一加の中で、黒羽さんは敵みたいになってしまっている。

 黒羽さんのことを話すときのお嬢様は、とても楽しそうだ。写真も大事に飾ってある。手紙が届くと嬉しそうな顔をする。返事を書くから、と眠る前のお喋りをせずに解散したりする。

 一加はそれが気に入らない。お嬢様のことを、一加とボクで二人占ふたりじめしたいのにできない。黒羽さんは一加にとって邪魔な存在だ。


(ホント、一加はワガママだから……)


「そう、黒羽と。だから、今日の話、教えてあげたら驚くだろうなって。手紙に書くか、帰ってきたときに直接言おうか、迷ってて。早く教えたいから手紙がいいかなって思ったんだけど、驚く顔が見たいから、帰ってくるまで我慢しようと思って。帰ってくるの来月だし。黒羽どんな顔するかな? って想像してたら、なんか笑っちゃっ――」


「――えっ!? い、一護?」


「一護、ズルい! ワタシもしたい!」


(あ、あれ? なんで?)


 お嬢様の頬にキスをしていた。


 にこにこと楽しそうに話すお嬢様を見ていたら、思わずキスしてしまっていた。


「お、おやすみのキスだよ。一加としてるから、お嬢様とも」


「そうだね! 一護にしてるんだから、お嬢様にもする!」


 不貞腐ふてくされた顔をしていた一加が、パアッと笑顔になった。弾むようにお嬢様に近づくと、頬にキスをした。


「お嬢様からも!」


「う、うん」


 お嬢様は、差し出された一加の頬にキスをした。一加から顔を離すと、ボクのほうを向いた。


「え~っと、一護はおでこがいいんだっけ?」


「おやすみのキスは、ほっぺで!」


「わかった」


 頬にお嬢様の唇が触れた。触れたところが、じんわりとあたたかくなったような気がした。



「一護もたまには気が利くね」


 お嬢様の部屋から出ると、一加は上機嫌でひどいことを言った。

 一加の部屋の前で、おやすみのキスをしてから、自室に入った。椅子に座り、机に突っ伏した。


(なんで、キスしちゃったんだろ?)


 いくら考えても答えは、気づいたらしていた、だった。


「あ、でも、そういえば……」


 眠るために部屋を出るところだった。一加のことを考えていた。とっさに、おやすみのキスと言ったが、正解だったのかもしれない。無意識におやすみのキスをしてしまったんだと思う。


(なんだ。そういうことか)


 原因がわかってスッキリした。ホッとすると、なぜか頭にブラジャーとパンツが思い浮かんだ。


(一加が見せるから……)


 『女の子のお買い物』の話を聞いたとき、かわいい下着の話もいっぱい聞いた。というか、聞かされた。

 お嬢様は最初何も言わず、一加とボクの様子をうかがっていた。問題なしと判断したのか、途中から一加と一緒になって下着の話をしていた。


「理恵さんは新品の下着は一度洗う派だから、今から洗濯に出すんだ。その前に見せてあげる」


 一加は、ボクが知る必要のない情報を教えてくれながら、買ってきた二人分の下着を、お嬢様のベッドの上に並べて見せてくれた。というか、見させられた。

 お嬢様に「ボクに見られるの嫌でしょ? しまっていいよ」と耳打ちした。「慣れてるから大丈夫」とお嬢様はあっけらかんとしていた。別邸に住んでいたときに洗濯をしていたのは男の人だったから、ボクに下着を見られても平気ということだった。


(まあ、ボクも一加ので見慣れてるけどさ。大人の下着だって平気だし。一加とボクで洗濯してたから)


「……あ、最悪」


 嫌なことを思い出した。打ち消すために、お嬢様と一加の下着を、今度は意識して思い浮かべた。


 お手伝いの仕事に洗濯も入っているが、女の人の下着は除いてある。理恵さんは自分で洗っている。お嬢様と一加のものは、悠子ゆうこさんが気を使って別にしておいてくれる。悠子さんが休みで、小夜さよさんだけだとまぎれ込んでいることもある。


(お嬢様も気にしてないみたいだし。わざわざ別にするのも大変そうだし。ボクも気にしないし。わけなくても大丈夫ですって言ってみようかな……)


 机の上に置いておいたアメに、人差し指で触れた。律穂さんにもらった『また行こうのアメ』だ。なんだかもったいなくて、すぐ食べる気になれなかった。このアメは、二三日にさんにち眺めてから食べようと思う。

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