◆084. 門出 2/2 ― 告白
「好きです。お嬢様」
「え? うわっ」
窓から強い風が吹き込んできた。髪がなびいて顔を隠した。顔にかかった髪を、
「どうしたんですか?」黒羽は私の顔を見て、目を
「どうって……」
「顔、赤くないですか?」
「それは、だって……」
「どうして?」
黒羽は首を傾げた。私の顔が赤くなってしまった理由がわからないらしい。
「好き、とかいうから……」
「それはまあ、好きなので。え? あれ? もしかして、好きじゃないと思ってましたか? そんなわけないですよね?」私の両肩に手を置いて、目を丸くした。
「いや、えっと、思ってなくない、けど……。言われたことなかったから。驚いただけだよ」
「え!?」
「え?」
「言ってない?」
「言われたことあったっけ? かわいいは散々聞いたけど。あとは、僕のものとか、僕のものにするとかは覚えてるけど」
黒羽は右手を口元にあて、考え込んだ。私もこれまでのことを思い返してみた。こんな風に好きだと言われたことがあっただろうか。
(あったような。なかったような……。聞き流してたのかな……?)
「言ってなかったかもしれません……。当たり前すぎて……」
「そう……だよね? 私、言われてないよね?」
「たぶん。ずっとそう思ってはいたので、はっきり言い切れないんですけど。……お嬢様」口元にあてていた手を、私の肩に戻した。
「なあに」
「好きです。大好きです」
「う、うん。ありがとう」
黒羽が私に好意を寄せてくれていることは、わかっていた。けれど、家族愛のようなものなのではないか、という考えも捨て切れなかった。
(面と向かって言われちゃうと……。こんなの、まるで……)
「告白みたい……」
「え?」黒羽の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「ふふ。黒羽、顔が真っ赤だよ」
顔が少しだけ熱い。私の顔も赤くなっている。黒羽もそう言っていた。人のことを言えないし、笑えない。でも、黒羽の顔がわかりやすく真っ赤になったのを見て、思わず笑ってしまった。
笑いながら黒羽の頬に手を添えると、今度は黒羽の目にみるみるうちに涙が
「そうです。告白です。好きです、お嬢様」
「うん」
「お嬢様が、これから僕が……、お嬢様ではない他の誰かのことを、好きになるって思ってるのは……、わかってます。でも……」
黒羽の目から大粒の涙がこぼれた。言葉に詰まり、下唇を
「今、僕はお嬢様が好きです。大好きです。間違いなく、お嬢様に恋をしています」
黒羽がゆっくりと抱きついてきた。黒羽の胸元に顔を預け、背中に手を回した。
「ありがとう、黒羽」
「ううっ、お嬢様。うう~」
「うっ、本当にありがとう。どうしよ~? 返事したほうがいいのかな?」
黒羽が泣くので、私までつられて泣いてしまう。再び涙があふれてきてしまった。
「な、なんで泣きながら……、なんで……、そんなこと……聞くんですか」
「だって、黒羽が泣くから~。こ、告白だって言うから~、ううっ、返事必要かなって」
「返事は保留でいいです。お嬢様が僕のこと大好きなのはわかってますから」
「そんなこと言ってない」
「言いましたよ」
「え? 言ったっけ?」
「みんな大好きって」
「みんな、でしょ」
「じゃあ、僕のこと嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど」
「好きですよね?」
「好きだけど。でも、私の好きは――」
「なら! 大好きですよね」
「も~、なにそれ~」
「お嬢様、好きです。大好きです。好き」黒羽の腕の力が強まった。
「言いすぎ。ほどほど~」そう言いながらも、私も腕に力を込めた。
「これまでの分、伝えておかないと。今後も
「ふふ。
好き、言いすぎ、と繰り返しながら、抱きしめあって泣いた。ひとしきり泣き、落ち着いてきたところで、少し体を離した。
黒羽の手が私の頬に触れた。涙を
黒羽の顔が近づいてきた。
ペチン!
「ダメ」
「なんでですか。いいじゃないですか。はなむけに……」また顔を近づけてきた。
「はなむけに、キーホルダー渡したでしょ。ダメ」
黒羽の頬をつまんで、左右に引っ張った。私が手を離すと、黒羽はブスッとした顔をして両手で頬をさすった。
「う~、また鼻水出てきちゃった。ティッシュ~」
「あ、お嬢様。髪の毛、食べちゃってますよ」
「え? 本当?」口の周りを手で探った。
「とれてないですね。とってあげますね――」
ポシェットからティッシュを取り出し、涙や鼻水を
「そろそろ帰るよ。戸締まりして~」
「危なかったね」
「そうですね。鍵をかけたほうが良かったですね」
「それは、ちょっと、どうだろ……」
理恵からもらったティッシュの袋を開け、黒羽に差し出した。黒羽がティッシュを数枚取った。私も一枚取った。
「ふふ」黒羽が鼻をかみながら、ニヤニヤしている。
「嬉しそうだね」鼻の下を
「ええ。理由、知りたいですか?」
「いい。言わなくていい!」
「学園生活、頑張れそうです」
「そう。ならいいんだけ――、よくない! なんてことするの! 黒羽のバカ! 次やったら、ひどい目に
「ひどい目って、なんですか?」
「考えとく!」
「かわいい」
「ああ、ちょっと! 戸締まりしてよ」
「お嬢様がしてください。僕は忙しいので」
「くっついてるだけでしょ。とりあえず、家に帰ったら説教ね。さっきのこと、怒るから!」
「ふふ。かわいい」
三箇所ある窓を、二人で一緒に一箇所ずつ戸締まりした。かわいいと言って抱きついてきた黒羽が離れなかったので、そうするしかなかった。
三月末日、黒羽が出発する日を迎えた。ハンカチを握りしめ、ティッシュをポケットに入れて庭に出た。
黒羽は父とともに、馬車に乗り込んだ。父は黒羽についていき、入学式の次の日まで九日間一緒に過ごす。私もだが、黒羽も家を離れたことがない。心配なのだと思う。
父と
家と学園を往復するだけなら、半分の日数もあれば十分だ。ただ向かうだけではなく、途中で観光するそうだ。寮に着いたら荷ほどきをしたあと、王都も観光する予定らしい。この話を教えてくれたときの黒羽は楽しそうだった。
馬車に乗り込む前、父に、無事に帰ってきてね、と抱きついた。黒羽にも抱きついた。黒羽はとても驚いていた。いつも、みんなに見られたらどうするの、と注意していた。みんなの前で抱きついた。驚くのも無理はない。
みんなも黒羽に声をかけていた。理恵も、
黒羽はみんなの前では、いつもにこにこと笑顔だった。よそ行きの顔で過ごしてきた。その顔を崩すことは滅多になかった。隼人を見送ったときに泣いたくらいだと思う。驚くことがあったり、大地がいたりしても、みんなの前では基本にこにこしていた。
今日はその顔を崩した。みんなの前で涙を流した。馬車に乗り込む際、ありがとうございます、行ってきます、と満面の笑みを浮かべた。
(結局、こうなっちゃったな)
ハンカチで涙を
黒羽のことは、泣かずに送り出そうと思っていた。黒羽に涙は見せないようにしていた。一人のときに泣くようにしていた。
一度、黒羽の前で泣いてしまってからは、抑えることができなくなってしまった。今日まで、一日一回は黒羽の前で泣いた。この二週間弱、しっかりと泣いてしまった。黒羽も一緒に泣いた。黒羽はなぜか嬉しそうな顔をしていた。
(好きです、かあ)
黒羽に告白されたのは予想外だった。しかも、あんなことまでされるとは思わなかった。あんなことをされたせいで、告白の余韻などは全くなかった。照れることもなく、変わらず過ごした。
(あんなことがなくても、ギクシャクはしなかったと思うけど。黒羽だし。っていうか、あのことのほうがギクシャクしそうだけど! も~、あれだけ説教したのに、めげないし。屁理屈こねるし! しかも、またしたし!)
指先で唇に触れた。
(……黒羽にとって、この門出が楽しい思い出になったって、思っていいよね?)
これから先、黒羽の気持ちは変化していくと思う。ずっと変わらない気持ちもある。でも、黒羽はまだ十五歳だ。変化していく部分のほうが多いだろう。どう変化しても、黒羽が楽しく笑顔でいてくれたらと思う。
私は黒羽が幸せになるところを見届けたい。もし私が見届けられなかったとしても、黒羽が幸せならそれでいい。
「お嬢様」
「落ち着いたら、手紙ちょうだいね」
黒羽が馬車の窓を開け、手を振ってきたので振り返した。
「はい。……ふ、くっふふ」
黒羽はにっこりと微笑んで返事をしたあと、ニヤニヤしながら変な声を
(なんでニヤニヤ?)
みんなに見送られるなか、黒羽と父を乗せた馬車は
次に黒羽と会えるのは夏だ。学園が夏休みになったら帰ってくる。
(黒羽に楽しいことがいっぱいありますように)
黒羽が結った三つ編みを手に取り、願いを込めてキスをした。
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