044. お茶会なんて(黒羽)
着替えるため、部屋へと向かうお嬢様に、手伝うと言ってついてきた。自分で着替えられると拒否されたが、無視した。
お嬢様の部屋に入って、すぐソファーに座った。両手を横に広げて「はい、お願いします」と言った。お嬢様は「なに?」と眉をひそめた。
「慰めてください」
「なんで?」
「傷ついたからです」
「え……。どうして?」
眉をひそめていたお嬢様の顔が、僕を心配する顔に変わった。
「僕は今日、一緒にいたかったです」
「それは……」
「僕が初めてお茶会に出たときは、お嬢様はいなかったので。お嬢様の初めてのお茶会に、一緒に出れて嬉しかったです。一緒にいたかったです。髪も
「っ……。
「だから、はい」両手をグッと広げた。
「ごめんね」
お嬢様が目の前に立ったので、座ったまま胸にギュッと抱きついた。お嬢様が頭をなでてくれる。胸元にグリグリと顔をすりつけた。
「最初は大事って言ったのに。一緒にいますって言ったのに」
「うん。言ってたね。でも、黒羽には、たくさんの人と話をしてほしくて」
僕はお嬢様とだけいっぱい話せればそれでいい。でも、そんなことを言ったら、お嬢様が悲しい顔をしそうなので言わない。
(それに話をする相手なら、隼人が……、一応
「それにしても、黒羽はすごいね。あんなに女の子に囲まれちゃうなんて。ビックリしちゃった。しかも、ずっと笑顔で対応できるなんて。尊敬しちゃう!」
「尊敬……?」
お嬢様の顔を見上げた。目が合ったお嬢様は、「うん」と言いながら両手で僕の頭をなでた。いつものなで方と違う。僕の髪型を崩さないように、髪の毛の流れにそって優しくなでた。
「私には絶対無理。思わず逃げちゃったしね」
「逃げちゃった?」
「あ……」お嬢様は視線を外し、気まずそうな顔をした。
「どういうことですか?」
「いや、その……」
「お嬢様、僕の目を見て」
お嬢様は僕の目をチラッと見るとすぐに視線をそらした。「お嬢様」と言って、ギュッと腕に力をこめた。
目を合わせては泳がせるを繰り返したお嬢様は、観念したかのように目を
「別に隠すつもりじゃなかったんだけど。黒羽が傷ついてたって知っちゃったから……。なんか言いづらくなっちゃって」
「なんですか?」嘘を見逃さないようにジッとお嬢様を見つめた。
「苦手……」ボソッと呟いた。
「苦手?」
「苦手なの!」
お嬢様が
「あんな人数に注目されるなんて無理! 注目の的だなんて耐えられない。的は黒羽だけど、横にいるからって、ついでに見られるのも無理。いや、むしろ、ついでだからこそ辛い。何あの人? っていう視線が嫌。こわい顔してる人もいるし! あ、でも、だからって、的のほうがいいってわけじゃないよ。的も絶対に嫌」
「お嬢様……」
「黒羽にたくさんの人と話してほしいって思ってるのは本当。でも一番は、私があの状況に耐えられなかったの。黒羽を置いて、逃げちゃったの」
「僕を置いて……」
「うん。ごめんね。だって、黒羽と一緒にいたら、あの女の子たちもついてくるし」
「僕は、お茶会でもお嬢様と一緒に――」
「無理」
お嬢様は、僕の頭をギュッと抱きしめた。
「お茶会で一緒にいるのはあきらめて。お願い」ギュウウッと腕に力が込められた。
「お、お嬢様、苦しいっ」
「あ、ごめんね」
お嬢様は力を抜くと、少し体を離し、片手で髪型を直すように僕の頭をなでた。
「ふふっ、あははっ」
「ど、どうしたの?」
急に笑い出した僕に、お嬢様は目を丸くした。
「かわいいっ!」ギュッと抱きついた。
いつも僕のことを考えてくれているお嬢様が、自分のために僕を置いて逃げたということがなんだか可笑しかった。僕のためにあの場を去られるより、よっぽどマシだと思った。
「でも、そうなると、僕はお嬢様とお茶会を楽しめなくなってしまいますね」
お嬢様の顔を見上げると、お嬢様は「うっ」と声を
「僕の楽しみが減ってしまいます」
「お、女の子たちが周りからいなくなったときは、一緒にいようよ」
「難しいと思います」
「や、やっぱり? は~、しょうがないよね。黒羽はかっこいいから。モテる人の
「あきらめたくないんですけど。……お嬢様も僕のこと、かっこいいと思います?」
「うん。思うよ。黒羽はかっこいいね」にっこりと微笑んで、僕の頭を両手でなでた。
(なんか違う。お茶会で寄ってくる女の子たちの表情と違う……。それに、してほしいのは、尊敬じゃなくて、嫉妬なんだけどな)
「どうしたの? ブスッとして。褒めてるのに」左右の頬をつままれた。
「なんへも、ありまふぇん」
「そう? それじゃ、そろそろ離れてくれる?」
「まだダメです。話は終わってないので」
「他にもあるの?」
「大ありです。あの抱き合ってた人は誰ですか?」
「見てたの!?」
お嬢様は、僕の両肩に手を置いて、少し体を離すと、驚いた表情で僕の目を見た。
「で、誰ですか?」
「知らない人だよ。名前も聞いてないし、聞かれてもないし。ぶつかって倒れそうになったのを支えてくれただけだよ」
「本当ですか?」
「本当だよ」
「そうですか。それじゃ、ちょっと下がってください」
お嬢様に少し下がってもらい、立ち上がった。
「随分としっかり見てたんだね」お嬢様が呆れたように言った。
「ええ。お嬢様のことですから」
「頬ずりはされてないからね」
「そこまでは、よく見えませんでした」
「都合がいいね」
お嬢様は僕の背中に手を回すと、ふふっ、と笑いながらポンポンと叩いた。
(かわいい)
頬ずりを続けていると、「ほどほど」と言われてしまった。残念だが、抱きしめるのをやめた。
「じゃあ、着替えて食堂に行こう」
「まだあります」
「まだあるの!? 他に何かあったっけ?」
ポケットからリボンを取り出して、お嬢様に見せた。お嬢様は、「あっ」と言って、自分の髪の毛の結ばれているところに触れた。
「あ、ありがと~。隼人にもらったリボン、なくしちゃうところだった」
お嬢様にリボンを手渡した。
「そうじゃないですよ。ほどけかけてたので、結び直そうかと思ったら、お嬢様が行っちゃったんですよ。
「そうだったの? そういえば、リボンが、とか言ってたような……。ごめんね」
「嫌です。ごめんねされません」
お嬢様の顔を、両手の平で
「慶次様とどこにいたんですか?」
「にゃいひょ~」
「ぶっ。ダメです。教えてください」
思わず笑ってしまったが、ジーッと目を見つめた。お嬢様は少しだけ視線を泳がせると、ため息を
「言うかりゃ、はにゃひて~」
頬から手を話すと、「もうっ」と少しだけ口を尖らせた。
「庭からちょっと離れたところ。散策してたら迷いこんじゃって。でも、慶次様の秘密の場所だから、詳しくは言えない。これでいい?」
「うーん。まあ、いいでしょう」お嬢様の手を取って、指先にキスをした。
「あ、もう。何してるの」
「仲直りのキスですよ」
「私たち、喧嘩してたの?」
「まあ、僕が一方的に傷ついただけですけど」
「そ、それは、だから……。うーん……」
お嬢様は僕の手を取ると、手の平を頬に添えた。「ごめんね」と言うと、頬ずりするように顔をずらし、手の平にキスをした。
(か、かわいい~!)
お嬢様に抱きついた。「ほどほど」と言われたがやめなかった。
「お嬢様。抱きつかれたり、手をつないだりしちゃダメですからね」
「黒羽に言われても!」
「僕はいいんです」
「も~、ほどほど~」
「お兄様って、また呼んでみてください」
「え~、なんで?」
「かわいかったからです」
「なんだ、やっぱり喜んでたんだ……」お嬢様が小さい声で呟いた。
「なんですか? はやく呼んでみてください」
「あ、そうだ! お茶会で女の子に囲まれてるときは一緒にいない、って約束してくれたら!」
「え~。うーん……」
迷うフリをした。苦手だ嫌だというお嬢様に、一緒にいることを強要するのは可哀想だと思った。だからお茶会は、離れたところからお嬢様を観察する場にしようかと考えていた。
「お兄様って呼んでくれるのと。お茶会のあと、こうして慰めてくれるなら。お茶会では離れています」
「本当?」お嬢様は、両手で僕を押し返し、少し離れると見上げてきた。僕が
「うん! わかった! ありがとう、お兄様」
「かわいい」ギュウウッと抱きしめた。
「く、苦しい~」
「言っておきますけど、義理だろうがお兄様にはなりませんし、なりたくありませんからね。そこのところ、間違えないでくださいね」
「え~、でも、ほぼ兄妹みた――」
「兄妹ではありませんからね」さらに腕に力を込めた。
「わ、わかったから、苦しい~」
お嬢様を解放すると、苦しいって言ってるのに、と
お嬢様の着替えを用意して部屋を出た。僕も着替えるために、自室へと向かった。
服を着替えるために、ポケットの中身を出した。ビニール袋に入ったクッキーだ。クッキーは、ビニール袋の中で粉々になっていた。お嬢様を抱きしめたりしているときに、粉々なったわけではない。ポケットに入れる前から粉々だった。
お嬢様が、他の男に抱きしめられているのを見て、握り潰していた。旦那様や、大地や隼人が抱きしめているのを普段から見ている。そのときとは、全然違う感情が
周りにいた女の子たちを無視して、駆けよって、殴ってやりたかった。でも、そんなことをしたら、お嬢様も旦那様も悲しむと思い、踏みとどまった。それに、そいつはすぐにお嬢様のもとを立ち去った。
少し目を離したすきに、お嬢様の姿が見えなくなったときも、どうにかなりそうだった。できるだけ冷静に捜したが見つからなかった。トイレかと思い、トイレに行ってみたがいなかった。そのまま、女の子たちに囲まれないように、別のところを捜したり、旦那様に尋ねたりしたが居場所はわからなかった。
見つけたときは、心の底からホッとした。安堵はしたが、慶次様と一緒にいたのは気分が悪かった。
慶次様に手を引かれ、お嬢様は駆けだした。お嬢様へと伸ばした手には、リボンだけが残った。リボンと僕を置いていってしまうお嬢様の後ろ姿を見て、お茶会なんてなくなればいいと思った。リボンを口元によせ、これでお嬢様を縛って閉じこめてしまいたいと思った。
追いかけたかったのに、周りに集まってきてしまう女の子たちが邪魔で仕方なかった。
ビニール袋に口をつけて、粉々になったクッキーを口の中に流し込んだ。
(お嬢様に食べさせてもらったときは美味しかったのに……)
ただ甘いだけのクッキーだったものを、少しむせながら
お茶会なんて嫌いだ。できることならもう出たくない。でも、僕の将来のためには、出ておいた方が有益だ。お嬢様の
(お嬢様にお茶会に出てほしくない。でも、それは無理だ……)
一緒に出たお茶会では、もう絶対に目を離さない。もっと
一緒に出たお茶会のあとだけでなく、別々に出たお茶会のあとも、甘えさせてもらうようにしよう。一緒のときだけなんて言ってない、とでも言えば、お嬢様は流されてくれるはずだ。
(そうしよう……。これを
クッキーの入っていたビニール袋をグッと握りしめた。
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