◆043. お茶会 2/2


(食べ終わっちゃった)


 黒羽くろはが取ってくれたクッキーがなくなってしまった。黒羽はまだ女の子たちに囲まれている。お茶会が終わるまで解放されることはなさそうだ。


(そうだなあ。歩きながら考えようかな)


 庭園を散策することにした。人が多いので、会場の端をグルッと回ってみることにした。


 同じ年頃の友だちを作りなさい、と父に言われたことは覚えている。でも、このお茶会に来ている子のほとんどは十二歳くらいだ。年上だ。おまけで来ている弟妹もいるが、見分けがつかない。ということで、今回は友だちが作れなくても仕方がないと思う。


 友だちの作り方がわからないわけではない。話しかけるのが恥ずかしいだなんて思ってはいない。


(嘘です。思ってます。友だちって、趣味とかが一緒ってわかってるならまだしも……。話しかけるのもなあ。一対一なら……、一対一でも場合によるかな)


 いろいろなお菓子が置いてあるテーブルを通りかかった。

 マカロンが目に留まった。カラフルなマカロンが四つずつ、ビニールの袋に小分けにされている。赤いリボンで口が閉じられている袋を一つ取った。


(ちょっと小さめのマカロンだ。かわいい)


 私が取った袋には、紫、青、赤、緑色のマカロンが入っていた。どこか人の少ない場所はないかと、再び歩きだした。


 すると、とても興味をひかれるものを発見した。


 私くらいの子どもであれば、少しかがめば通れる小道があった。垣根の木に、トンネルのような隙間ができている。のぞいてみると、途中からカーブしているらしく、先は見えなかった。


(結構、長そう? 虫はこわいけど、服が引っかかるほど狭くもないし。行っちゃおっかな)


 前世で見たアニメのような状況に、ワクワクしながらかがんで小道に入りこんだ。

 小道は思っていたほど長くはなかった。すぐに抜けてしまった。カーブの先はすぐゴールだった。


 抜けでた先は、少しひらけた木に囲まれた場所だった。


「特訓場かな?」


 木の枝に、直径五センチ長さ三十センチくらいの木の棒が、ロープで吊るされている。他には、腰かけるのに良さそうな大きな切り株があった。


(うーん。戻ろっかな)


 先もなく、見るものも特になかったので、戻ることにした。すると、小道の方からガサガサと音がしてきた。


(あれ? 誰か来ちゃった?)


 小道ですれ違うのは難しい。ここで待つしかない。邪魔にならないよう、出入り口の横にずれた。男の子が出てきた。ぷっくりと太った男の子だ。


(えっと、挨拶はしないとね……)


「こんにちは」


「うわあっ」


 挨拶をと思い笑顔で声をかけたが、男の子を驚かせてしまった。驚いた男の子は尻餅をついてしまった。


「ご、ごめんなさい。大丈夫?」手を差し出した。


 男の子は手を取ろうとしたが、少し逡巡しゅんじゅんすると、手を取らずに一人で立ち上がった。


「本当にごめんなさい。汚れちゃったね」


 お尻の辺りやそでに土が付いていたので、右手で払った。雨でぬかるんでいなくて良かった。男の子にとっては小道は狭いのか、葉っぱも付いていたのでついでに取ってあげた。


「……ありがとう。あなたは誰? どうしてここにいるの?」か細い声で男の子が聞いてきた。


湖月こげつ菖蒲あやめです」スカートのすそをつまみ、挨拶をした。


「素敵な小道だったので、思わず。勝手にすみません。もう、戻りますね」


 屈んで小道に入ろうとすると、「待って」と止められた。


「あ、あの、もう少しお話してもいい?」


「いいですよ?」


 切り株に座ってお喋りすることになった。男の子が、「どうぞ」と私のためにハンカチを敷いてくれた。お礼を言って、ハンカチの上に座った。私が座ると、私の右側に男の子が腰をおろした。


「…………」


「…………」


 何を話せばよいのかわからない。男の子も何も言わない。


「……えっと~」


「あ、あの、僕、小清水こしみずケイジです」


 初めまして、と二人で挨拶した。男の子は小清水家の次男だった。確か、長男は慶一けいいちという名前だった。弟がいるのは知っていたが名前までは知らなかった。


「ケイジ様のケイは、お兄様と同じ字なんですか?」


「そうだよ。お揃いなの。こう書くんだよ」近くに落ちていた木の棒で、地面に《慶次けいじ》と書いてくれた。


「私の名前はこう書くんですよ」木の棒を貸してもらって、《菖蒲あやめ》と書いた。


「知らない漢字だ」


「慶次様の慶の字も難しいですね」


「そうなんだよ。書くの大変なんだ」と慶次はうなずいた。


「もしかして、ここって……。慶次様の秘密の場所でしたか?」


「うん、そう。お父様と兄様にいさまも知ってるけど」


「小道も素敵だし、ここもいい場所ですね」


「そうでしょ。僕の好きな場所なんだ」


 こちらを向いて、にっこりと笑った。顔がぷくぷくしている慶次は、笑顔になると糸目になる。頬もほんのりと染まっている。とても縁起の良さそうなあのありがたい笑顔に似ている。


「あのね、聞いてもいい?」


「はい、どうぞ」


「どうして僕とお話してくれるの?」


 返答に困った。話がしたいと言われたから、ただそれだけだ。


「……特に理由はないです」


「さっき、僕のこと手を引っ張って起こそうとしてくれたけど、嫌じゃないの?」


「私が驚かせたから、転んじゃったようなものですし。嫌とかそういうのはないですよ」


「珍しいね。女の子はね、みんな僕より兄様がよくてね。僕とはあんまり話してくれないの」


 慶一はどんな人だっただろうか。伯爵に挨拶したときはいなかった。会の最初に紹介され、挨拶していたが、見ていなかった。


「僕とは握手も嫌なんだって――」


(それはもしかして……)


「――僕が太ってるから」


 見た感じ不潔でもない、家柄も問題ないとなると、理由はそんなところだろう。太っているというだけで不快に思う人もいる。


「たまたまですよ。たまたま周りにいた女の子がそうだっただけですよ」


「そうだね。あや…め?」地面に書いた名前を見たあと、こちらを向いて、あってる? という顔をした。コクンとうなずいた。


菖蒲あやめちゃんは、違うもんね」


「はい。そうですよ」


「…………」


「…………」


 また会話が途切れ、沈黙が流れた。


(そろそろ、戻ろうかな)


「あの~、そろそろ……」


「もう、行っちゃうの?」


 腰を少し浮かせたが、慶次の言葉に座り直した。


(そうだ。お菓子!)


「マカロンがあるんですけど、一緒にどうですか?」


 左手に持っていたマカロンを慶次に見えるように、右手の平に置いて差し出した。


「いいの?」


「もちろん。って、慶次様のお家で配ってるお菓子ですけどね」


 袋の口を結んであった赤いリボンをほどいて、取りやすいように口を広げた。


「はい、どうぞ」


菖蒲あやめちゃんは何色が食べたい?」


「そうですね~。紫色がいいです。私の名前の色なので」


「そうなの?」


「そうなんです。いろいろな色の花が咲くんですけど、その中でも紫色が好きですね」


 紫色が好きな理由は他にもある。母のすみれという名前の色でもあるからだ。


「そっか、スカートも紫色だね。じゃあ、紫色は、菖蒲あやめちゃんのね。他に好きな色は?」


「私は一つ選んだので。次は慶次様が選んでください」


「うーん。緑色にしようかな。ここは緑色がいっぱいあるし。菖蒲あやめちゃんに会えた場所だから。記念の緑色」慶次がにこっと微笑んだ。


(やだ。なんて、かわいいことを)


 なんだか、ワンちゃんみたいだな、と思った。ぷくぷくしているので、大型犬の仔犬のようだ。


「それじゃ、緑色を。どうぞ」


 マカロンの入った袋を差し出した。慶次は「うん」と元気にうなずいて、袋に手を入れようとしたが、引っ込めてしまった。


「どうかしましたか?」


「僕、さっき、地面に手をついちゃった」慶次は自分の両手を見つめている。


 私なら手を払って食べてしまうところだが、慶次は気になるようだ。


「私の右手は、先ほど土を払うのに使いましたけど。左手は使ってないです。私の手でもいいですか?」


 首を傾けて、キョトンとした慶次だったが、意味が伝わったらしい。「いいの?」と少し照れた顔をした。


「いいですよ。はい、あーん」


 緑色のマカロンを袋から取り出し、差し出した。慶次が口を開けたので、マカロンを入れてあげた。


「美味しいですか?」


「うん」


 慶次が美味しそうに食べている。私も紫色のマカロンを口に入れた。ほどよい甘さが口の中に広がった。

 次に慶次は赤色を、私は残った青色を食べた。


 お喋りをして、お菓子を食べて、打ち解けてきたような気がする。少し気が楽になってきた。慶次も、最初はとても小さな声で話していたのに、いつの間にか元気のある声になっていた。


「お兄様って、どんな人なんですか?」


「兄様は細くて、かっこいいんだ!」


「お兄様のこと好きですか?」


「うん、大好き」


 女の子に兄と比べられても、兄が大好きらしい。そこから、家族の話になった。

 母は亡くなっているそうだ。父とは普通、兄とは距離がある。使用人たちとは仲良しで、特に女性はお菓子をいっぱいくれるそうだ。


(お菓子をいっぱい?)


「使用人の人たちは、お菓子をいっぱいくれるんですか?」


「そうだよ。みんなね、こっそりくれるの。内緒だよって」


「みんなで一つくれるんじゃなくて、別々にくれるんですか?」


「うん。毎日ってわけじゃないけど。一日にいっぱい内緒するときもあるんだ。これって、仲良しの証拠だよね」


(慶次様が可愛らしくて、ついお菓子を与えてしまうってこと?)


「お兄様は? お兄様もお菓子をもらってるんですか?」


「兄様はいらないって。もらわないの」


(なるほど……)


「お兄様って、家で剣術とか、習い事してますか?」


「うん。僕もね、そろそろ始めるんだよ」


(なら、運動は問題ないかな。言ったら失礼か……。余計なお世話? うーん、まあ、言ってみようかな)


「慶次様、もし良かったら、ダイエットしてみませんか?」


 失礼かと思ったが、女の子に握手を拒否されたことを気にしているようだったので、思いきって聞いてみた。


「ダイエット?」


「はい」


 使用人たちがくれるお菓子を、兄のように断るだけで、痩せられるはずだと話した。慶次は、ダイエットはしたいけど、お菓子を断るのは可哀想と悩んでいる。


「ありがとう、嬉しい。ダイエットしたいから、気持ちだけもらっておくね。って返すといいと思いますよ」


「そっか、気持ちは嬉しいって言えばいいんだね」


 一口サイズのお菓子の場合はその場で開けて、お菓子をくれた人に食べてもらうのも一つの手だ。そのときも、ありがとう、と言うとよいと思う。父や兄と一緒のときや、お茶会のときは楽しく食べるとよいのではないか。と、伝えた。


 慶次は、うんうん、と話を聞いて頷いていた。


「僕にできるかな?」


「まあ、できたらで。軽い気持ちで大丈夫ですよ。剣術の習い事が始まったら、それだけでも痩せるとは思うんですけど。お菓子が減らせたらもっといいかな、と思っただけですので」


「うん。頑張ってみるね」


「そうですか。では、握手しましょう」


 右手を差し出した。今回は迷うことなく、慶次は私の手を握った。


「それじゃ、できる範囲で頑張ってみようってことで」慶次の手に左手を添えた。


 会場に戻ることにした。

 ハンカチを洗って返すと言ったが断られた。ゴミも僕が捨てておくから、とマカロンの入っていた袋とリボンを慶次が持ってくれた。


 小道を戻り、庭園に出た。お茶会はまだ続いていたが、そろそろ終わりそうな雰囲気だ。慶次と一緒に歩きながら、小道を屈んで抜けてきた際に少し乱れてしまった服を整えていた。


「うわっ」後ろから、急に肩を掴まれた。


「どこにいたんですか!?」


「く、黒羽! ビ、ビックリした! 庭にいたよ。黒羽は囲まれてたから見えなかっただけだよ」


「いえ、見当たりませんでした」


「でも、庭にいたし」


 あの場所は、慶次様の秘密の場所だ。言わないほうがよいだろう。


(話を変えないと……。あ!)


「慶次様、こちら、黒羽です。黒羽、こちらは、小清水慶次様」


 二人を紹介するのを忘れていた。


「初めまして、慶次様。湖月家にお世話になっている、黒羽と申します」


「初めまして、黒羽さん。慶次です」


 紹介で話題がそれたかな? と様子をうかがっていると、慶次が私と黒羽の後ろのほうを見て「あっ!」と声を上げた。同時に黒羽が「菖蒲あやめ様、リボンが……」と言ったような気がした。


菖蒲あやめちゃん、一緒にきて!」


 慶次が私の手を取り、走り出した。ついていくと、父と知らない人が一緒にいた。


「お父様、お友だちになったんだよ。菖蒲あやめちゃんって言うんだ」


 最初に挨拶したはずなのに、もう顔を忘れていた。小清水伯爵だ。


 片手は慶次とつないでいるので、もう一方の手だけでスカートのすそをつまんで軽く腰を落とした。


「手なんてつないで。仲良しになったんだな。やるな、慶次」


 小清水伯爵に指摘されて、「あ、ごめんね」と慶次は恥ずかしそうに手を離した。


「大丈夫だよ」と笑顔で返して、父に近づきピッタリと寄り添った。


「どこにいたんだ? 黒羽が捜してたぞ」父の片手が、私の肩にポンと置かれた。


「黒羽には、もう会ったよ。黒羽はあそこ」


 私が指さした先には、女の子に囲まれている黒羽の姿があった。

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