034. 求める強さ(隼人)


「どうして、私なんですか?」


 黒羽くろはと二人で、裏庭でストレッチを、準備体操をしていた。


 以前から、大地だいちさんと私が稽古をしていると、眺めているのは知っていた。お嬢様が一緒のときもあれば、一人のときもあった。興味があるのかと思っていたが、一年近く眺めているだけで、何も言ってこなかった。


 そんな黒羽が、私に剣術を教えてほしいと頼んできたのは、田中ひな先生の件があったあとだった。それから、十ヶ月ほど黒羽に剣術を教えている。時間のあるときに、少しずつ。ほとんど、体力作りで終わってしまっているが。



「どうしてって、隼人はやとは剣術部だったんですよね?」


「そうですけど。大地さんのほうが、すごく強いですよ」


「そうかもしれないですけど。なんというか……。大地は無理かなって」


「大地さんは無理?」


「僕の求めてるものと違うというか……」


 黒羽は悩みながら、体を伸ばしている。考えがまとまらないか、言いにくいか、どちらかだろう。



 私は学生時代、剣術部に所属していた。いくつかある剣術部の中から、一番厳しいところを選んだ。強くなりたかったからだ。


 体の線が細く、タレ目で、全体的にナヨナヨして見える自分が嫌いだった。髪を伸ばしているのは、そんな自分に対する反抗だった。女性のように見えることを気にしていない。だから長い髪にすることができる、と。


 剣術部に入って、大地さんに出会った。憧れた。理想だった。背が高く、体つきもよくて、体力もあり、そして強かった。

 女性にもモテた。見た目も悪くなく、人柄も良い。他にもモテる要素はあったが、それだけでも充分だった。特定の相手を作らずに、遊びまくっていたのはどうかと思うが。


 なぜか大地さんは、たいして強くもない私と仲良くしてくれた。もしかしたら、ついていけずに辞めてしまうかも、と気にかけてくれていたのかもしれない。


 倶楽部くらぶ活動に打ち込んだ。でも、一年もすれば、自分の実力がどれほどかわかってしまった。体の線も太くはならなかった。


 迷いながら続けた。迷いながら周りと同じ道を、騎士を目指そうとした。この剣術部に所属している学生は、ほとんどが騎士を目指していた。周りと比べ、中級騎士になれる実力はないと自分でもわかった。下級騎士になれるかどうかだった。


 大地さんが卒業した。大地さんは騎士にはならなかった。実力も、何もかもが申し分なかったのに、ならなかった。


 私は体術部に顔を出すようになった。所属はしていない。剣術部がないときに、交ぜてもらった。剣術以外のことに身を投じたかった。

 全く関係ない倶楽部に交ぜてもらえば良いものを、体術部を選んでしまった。少しだけだが、剣術部でも体術を習うというのに。

 自分はたいしたことないと、わかっているはずなのに、それでもまだ強さを求めていたのだろう。


 学園生活も残り半年になったある日。大地さんに一緒に働かないかと誘われた。話を聞いて、興味がいたので誘いに乗った。

 噂の『鬼神きしん』にも会ってみたかった。それに、絶対に騎士になると思っていた大地さんの、騎士以外の生活を見てみたいとも思った。


 大地さんに誘われて、気づいたことがあった。下級騎士に与えられる仕事も素晴らしい仕事なのに、目指すことを迷っていた理由。なりたいわけではなかった。強くはなりたかったが、騎士になりたいわけではなかった。


 卒業するまでの半年間、独学で教育に関する勉強をすることにした。やりたいことが見つかれば辞めてもいいということだったが、引き受けたからには全うしなければと思った。

 料理も覚えた。元々、自炊はしていた。でも、栄養面を考えたことはなかった。小さい子たちに食事を作ることになる。覚えないわけにはいかなかった。それに、料理に関しては大地さんを頼れなかった。

 仕事の内容から、剣術や体術もおろそかにするわけにはいかなかった。


 三年間の中で、卒業までの半年間が一番忙しかった。でも、不思議と嫌ではなかった。充実していた。



「はあはあ、隼人は、大地のこと、強いっていうけど。は~、確かに強いですけど」


 裏庭の木の柵の中で走り込みをしていた。息を切らせた黒羽が、終わったと思っていた話を再び始めた。


「大地の、はあ、強さは、持って生まれた部分もあり、はあ、ますよね」


 確かに、大地さんは体格など恵まれている部分もあると思う。


「は~。僕は、大地みたいにはなれないと思う。それよりも、隼人みたいになりたいと思ったんです」


「私みたいに?」


 肩でしていた息が大分落ち着いてきた黒羽は、あごそでで拭うとうなずいた。


「そう、隼人みたいに。大地と隼人の稽古を見てると、大地のほうが強いですけど。ほとんど、大地が勝つし。でも、隼人も強いと思った。なぜかはよくわからないけど」


「剣術とかよくわからないし」黒羽は腰に手をあてて、足首をまわしながら言葉を続けた。


「体の動きが、かっこいいなって。うーんと、大地より隼人に憧れるっていうか。たぶん、僕が大地みたいになれるとしても、隼人にお願いしたと思う」


(大地さんより、私に? 憧れる?)


「それに、習うなら隼人だなって。大地は教えるの下手くそだから。打ち込みとかは、相手してもらうけど。教えてもらうなら、隼人だなって思ったんです」


「おーい、お水持ってきたよ~!」


 柵の外から、お嬢様が手を振っていた。隣には、水の入ったヤカンとコップを持った大地さんがいた。「持ってきたのは俺だけどな」と言って、お嬢様ににらまれていた。


「お嬢様、拭いてください」


 二人のもとに駆けよった黒羽が、お嬢様にタオルを差し出した。お嬢様は、柵の外側から横の木の部分をのぼった。柵の上から身を乗り出し、タオルを受け取った。黒羽の頭をワシャワシャと拭きはじめた。


「剣術、難しい?」


「まだ、難しいとか、わかりません」


 黒羽は、お嬢様に拭いてもらって、嬉しそうな顔をしている。


「俺も教えてやろうか?」


「大地は打ち込みだけさせてくれればいい」


「なんでだよ」


「大地は~」お嬢様は、黒羽を拭く手をとめて、柵の上段に手をおいた。隣にいる大地さんに顔を向けた。


「教えるの下手へただから。自分ができちゃうから、できない人の気持ちがわかってない。って、何回か言ってるよね。料理ができない自分に置き換えてみればいいのに、それもできないし」


「本当、そう」グシャグシャな髪の毛のまま、黒羽がうなずいた。


「その点、隼人は教えるの上手じょうずだし。私も教えてもらうなら、隼人がいいな」お嬢様は私を見て、にこっと微笑んだ。


「お前ら、ひどいな。そんなに隼人がいいっていうなら、俺に感謝しろよ」


「どうして?」

「なんで?」


 お嬢様と黒羽が、同時に大地さんに顔を向けた。


「この仕事に向いてると思って、隼人を連れてきたのは俺だぞ」


「どうして向いていると思ったんですか?」


 そういえば、大地さんはなぜ私を誘ったのだろうか。


「強いからだよ」


「強い?」


「自分に厳しくできるやつは、そうはいない。弱いことに気づいても、あきらめなかった。でも、他人にあたることはしなかった。俺は強いと思った。子どものそばに、そういうやつがいるといいんじゃないかって思ったんだよ」


「どういうこと?」

「説明下手。いだだだ」


 お嬢様は首を傾げた。黒羽は、柵の上から伸びてきた大地さんの手に、顔の上のほうを掴まれていた。


「それに隼人は見た目が優しい。物腰が柔らかい。小さい女の子がいるんだ、ピッタリだろ」


 黒羽が大地さんの手から解放された。掴まれたところを両手でさすっている。


「それはわかる! 隼人の優しい顔が大好き!」


「え!? お嬢様、僕は? 僕の顔は?」


 騒ぎ出した黒羽に、大地さんが「ほどほど」と声をかけている。



 あきらめが悪い私を、大地さんは強いと。


 大地さんのようになりたくてもなれなかった私に、黒羽は憧れると。


 好きになれない私のこの顔を、お嬢様は大好きと。


(そんな風に言ってくれるんですね)



 バシャッ!


 三人が驚き、私に顔を向けた。私は、ヤカンの蓋を開け、頭から水をかぶっていた。ポタポタと、あごを伝って水が落ちていく。


 したたる水の中に、水ではないものが混ざっていた。そのことに気づかれないように微笑んだ。


「大地さん。少し付き合ってください」


 コップとヤカンを黒羽に持ってもらった。柵に立てかけてあった木刀を手に取り、大地さんに差し出した。


「いいけど。ちょっと体ほぐすから、待って」


 木刀を受け取ると、大地さんは柵の中に入ってきた。お嬢様も、柵の上から中に入ってきて、地面に下りた。「僕の顔は?」とまだ騒いでいる黒羽からタオルを奪い、頭をワシャワシャとなでた。なで続けていると、黒羽はおとなしくなった。目を細めて嬉しそうな顔をしていた。



「よし、いいぞ。やるか!」


「ええ、よろしくお願いします」


 体をほぐし終わった大地さんと、地稽古を、打ち合いを始めた。


 前にこうして裏庭で稽古をしているとき、弱くなったんじゃないか、と大地さんに言われた。

 別に強くなろうとしていない。咄嗟とっさに返したこの言葉は、負け惜しみだったのかもしれない。今なら、なんと返すだろうか。


(髪を切ろう……)


 この長い髪はもう必要ない、と思えた。


 でも、今はまだ切らない。黒羽の役に立っている。お嬢様もたまに楽しそうにいじっている。


(そうですねえ。この髪を切るとき、それは――)


 カアアァァン!


 私の木刀が宙を舞い、地面に落ちた。


 今日も、大地さんから一本も取れなかった。そのことは、とても悔しかった。でも、ただ悔しいだけではない、これまでとは違う気持ちがあるのも確かだった。

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