033. 〔31. 僕の誕生日〕 2/2(隼人)


「はい、どうぞ。水筒の中身は、ホットチョコレートですよ」


「うれし~。ありがとう!」


 水筒の中身を聞いてにこにこしているお嬢様に、手提げ袋を渡した。


 黒羽くろはとお嬢様がかまくらの中で並んで座るのを見届けて、大地さんと表庭に向かって歩きだした。


「よし、行くか。あー、今日も積もってんな」


「そうですねえ。まあ、頑張ってください」


「いや、隼人はやとも手伝えよ」


「三日間、手伝いましたので」


「それは、黒羽のためだろ」


「ですから、もう充分ですよね。それに時間がかかったほうが、ゆっくりお茶ができて、黒羽が喜ぶでしょう」


「はやく終わったら、俺たちもお茶でも飲んで、時間潰せばいいだろ」


 大地だいちさんが、雪かきを手伝えとしつこい。手伝いたくないので、大地さんより前に出て早歩きをした。さっさと家の中に逃げてしまおうと思った。


 玄関の取っ手を掴んだ。


 ボスッ


「いたっ」


 背中に衝撃を受けた。パサッと雪が落ちた。振り返ると、大地さんは投げたあとのポーズをしていた。


「手伝えって」


「だからって、なんで雪を投げるんですか!」


「逃げるからだろ」


 大地さんはこちらを見ながら、しゃがみ込んで雪玉を作っている。


「なんで、そんなものを……」


「中に入ろうとしたら、ぶつけてやろうと思って」


「は?」


「あきらめて手伝え!」


「ちょっと! うわっ!」


 中に入ろうとしていないのに、大地さんが雪玉を投げてきた。顔を庇った腕に当たった。


(か、顔を狙いましたね……)


 ゆっくりと大地さんに近づいた。


「お、手伝う気になったか?」


 雪かき用スコップを差し出されたが、無視して通り過ぎた。雪がたくさん積もっている場所にしゃがみ込んだ。雪玉をいくつか作った。


「おい、何やってるんだよ。ま、まさか……」


「そのまさかですよ!」作った雪玉を大地さんに投げつけた。


「やめろ!」


「先に投げたのは、大地さんですから!」


 大地さんのいる場所は雪が少ない。雪のある場所へ移動しようとする大地さんに、雪玉を投げ続けた。

 いくつか当てることができたが、満足できなかった。


「動かないでくださいっ!」


「嫌に決まってんだろ!」


 大地さんの反撃が始まってしまった。余計に当てにくくなってしまった。

 意地になっていた。大地さんに雪玉を当てることに夢中になってしまった。



「はあはあ……、つ、疲れた」


「いってぇ。顔にぶつけるなんて。危ないだろ」大地さんはひたいを手で押さえている。


「最初に顔を狙ったのは、大地さんでしょう」


「狙ったつもりはない」


「下手くそ。教えることと、料理以外にも下手くそなことが、……いた」大地さんに小突かれた。


「黒羽みたいなこと言ってんなよ」


「黒羽……。あ、もう、こんなに経ってるじゃないですか。さっさと、雪かきしてくださいよ」時計を見ると、二十分以上経っていた。


「いや、もう、あきらめて手伝えよ。隼人のせいで遅れたんだぞ」


「私のせいではありません」


「あーあ。いいのか?」大地さんは腰に手をあて、私のことをジッと見た。


「あんまり、ほっとくと何するかわかんないぞ。今日のお嬢様の格好はかわいいからな。抱きついてるかもな。まあ、抱きついてるだけなら、いつも通りだけど。隼人が、かわいい服着せたからな~」最後にニヤリと笑った。


「ちょっと、見てきま――」

「まあ、待て」


 裏庭に向かおうとすると、肩を掴まれた。


「雪かきもせずに様子だけ見に行ったら、黒羽を信用してないみたいじゃないか」


「そんなつもりは……」


「急いでやることを済ませて、迎えに行こう」


 大地さんにスコップを差し出された。乗せられていることはわかっているが、仕方がない。お嬢様と黒羽のことが気になる。


 スコップを受け取った。



「つ、疲れた……」


 積み上がった雪にスコップを刺し、手をついて寄りかかった。


「やっぱり、二人でやると終わるの早いな。まあ、隼人が頑張ったのが大きいけど」


「大地さんが変なこと言うから……」ボソッと呟いた。


「なんか言ったか? ほら、迎えに行くぞ」


 二人並んで、裏庭へと歩き出した。


「ところで……、一応言っておきますけど。私は黒羽のこと信用してますからね。ほんのちょっと心配になっただけで」


「ああ、わかってるよ。俺もわざと言っただけだし」


「だいたい黒羽に変なことができるはずがないんですよ」


「どうして……」


「だって、知らないじゃないですか。あの先生との出来事も遊びだと思ってたわけですし」


「そ、そうか……?」


 大地さんが腕を組み、首をひねった。


「そうなのか? そういや、すっかり忘れてたな。でも、今日は誕生日か……。今日、確認するのもなあ。後日改めるか。うーん、また、忘れそうだな……」ぶつぶつと呟きながら、うなっている。


(……私はよれよれなのに。大地さんはまだ余裕がありそうですねえ)


「さすが体力バカ……」


「なんだって?」


「やっぱり、手伝わなければ良かった。黒羽の心配はする必要なかったですし」


「黒羽のことがなくても、たまには手伝えって」


「大地さんは、これくらいでは疲れませんし。手伝わなくても、大丈夫でしょう」


「いや、俺だって疲れるんだけど」


「そうですか?」


「だいたい、なんでそこまで嫌がるんだよ」


「寒いし、疲れるじゃないですか」


「そうやって動かないから、体力が落ちるんだよ」


「……頭は大地さんより使ってるんで」


「どういう意味だよ」


 かまくらにたどり着いた。しゃがみ込んで、中をのぞくと、二人は仲良く寄り添っていた。


(微笑ましい。やっぱり、心配する必要なんてなかったですねえ)



 先に出てきたお嬢様と並んで歩き出した。


「楽しかったですか?」


「うん! でもね、甘すぎちゃったかな。ホットチョコレートとお菓子じゃ、どっちも甘くて」


「ふふ。戻ったら、お茶でも飲みましょう」


「うん。あ! 隼人は悪くないからね。ホットチョコレート飲みたいってお願いしたのは、私なんだから」お嬢様はハッとして、私のことを見上げて言った。


「大丈夫ですよ。そういえば、黒羽のことは何て呼んでたんですか?」


「え……、えっと~。うーん、内緒かな。それに最初だけで、あとは普通になっちゃった」


 お嬢様は、手を口元にあてて少し悩んだあと、内緒、と教えてくれなかった。二人の秘密というのも微笑ましい、と思っていた。


 このことで苦しめられることになるとは、思いも寄らなかった。



「その格好で、膝枕して、お菓子を食べさせてください。ご主人様、あーんって!」


(ご、ご、ご主人様!?)


 自分の予想になかった呼び方が、ツボに突き刺さった。笑いが止まらなくなってしまった。大地さんも笑っているから余計にだ。

 それに想像してみると、お坊ちゃんも若様もおもしろい。笑ってしまう。黒羽様、だったら笑わずにいられたかもしれない。


 お嬢様が怒って、黒羽をつれて食堂を出ていってしまった。お嬢様が教えてくれなかったのは、二人の秘密などではなく、こうなることを懸念けねんしていたのだろう。笑いだした私たちに対して、やっぱり、と言っていた。


 笑いすぎでお腹は痛くなるわ、苦しいわで大変だった。どちらかがなんとか我慢しても、もう一方が笑っているとつられてしまう。非常に疲れた。


 しばらくすると、黒羽とお嬢様が戻ってきた。黒羽に謝った。でも、顔を見ると、どうしても笑いがこらえられなかった。大地さんも、吹き出さないようにするのが精一杯、といった感じだった。

 そんな私たちに、ぷいっとそっぽを向いた黒羽だったが、お嬢様になでてもらってニヤニヤしていた。どうやら、私たちのことを差し引いても、とても楽しい時間を過ごしてきたようだった。


 お嬢様は、黒羽がニヤニヤしていたことに、気づいていなかった。夕食のときも、黒羽の機嫌を気にしていた。ケーキを食べさせてあげたりと、楽しい誕生日になるように頑張っていた。

 旦那様の顔を盗み見た。優しい顔で二人を見ていた。私は内心ひやひやしていたが、その顔を見て胸をなでおろした。



(あ~、今日は疲れましたね……)


 ベッドに入るとすぐに眠気が襲ってきた。連日の雪かきに、雪合戦、笑いすぎと、とても疲れていた。


(疲れましたけど、大成功ですねえ)


 メイド服に見える服を着たお嬢様を思い浮かべて、笑みがこぼれた。黒羽もとても喜んでいた。


「ふっ、ふふふ」呼び方のことを思い出して、声がれた。


 どうしてご主人様を選んだのだろうか。旦那様なら旦那様がいるのでわかる。お坊ちゃんと若様は、お嬢様が選択肢としてあげていたのでわかる。


(本……ですかね?)


 そういう本がお嬢様の手持ちの中にあっただろうか。明日、お嬢様に聞いてみよう。でも、教えてもらえないかもしれない。お嬢様は笑いすぎた私たちに対して怒っていた。そのときは謝るしかない。許してもらえるまで謝ろう。そんなことを考えながら、まぶたを閉じた。


 翌日、お嬢様も黒羽も怒ってはいなかった。お嬢様に本の件を聞いてみた。メイドが出てくる本はあったが、名前+様、だった。ご主人様の出どころはわからなかった。本人に聞けば良いだけだが、それはまた笑ってしまいそうだったのでやめておいた。

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