032. 〔31. 僕の誕生日〕 1/2(隼人)

※『31. 僕の誕生日(黒羽)』の、隼人はやと視点。



 食堂で、大地だいちさんとお茶を飲んでいた。お嬢様と黒羽くろはは、お嬢様の部屋で遊んでいる。


「昨日今日と、雪が……」


「そうですねえ」


「雪かきが……」


「頑張ってください」


 十二月に入ってからすぐに雪が降りだした。昨日はかなり積もった。今日も結構降っている。


 大地さんは椅子に横向きに座り、背もたれに頬杖をつき、窓の外に目を向けていた。


忠勝ただかつさんが帰ってくる前にもう一度やっとくか……」


 雪かきは大地さんの担当だ。降り続ける雪を見ながら、何度もため息をいていた。


「かまくら……」大地さんが、ボソッと呟いた。


「かまくら?」


「かまくらでも作ってやるか」


「お嬢様にですか?」


「いや、黒羽に。そろそろ誕生日だろ」


「そうですね」


 三日後の十二日は黒羽の誕生日だ。


「かまくらで、お嬢様とお茶でもしたら、喜ぶんじゃないか?」


 外を見ていた大地さんは、「いい考えだろ」とこちらを向いてニカッと笑った。


「ふふ。今まで、誕生日だからって特に何もしてこなかったのに。突然、どうしたんですか?」


「まあ、な。お嬢様も黒羽も、誕生日に何もいらないっていうし……。プレゼントは別にいいかと思ってたんだけど」


「何かしてあげたいんですね」


「ああ。なんだかんだ言って、黒羽もかわいいからな。困ったやつだけど」


 大地さんはそういうと、また窓の外に視線を戻した。



 大地さんと私は、お嬢様と黒羽に誕生日プレゼントを贈ったことがない。お嬢様と黒羽に、誕生日に欲しいものはないか、と尋ねたことはある。二人の返事は、物はいらない、だった。


 お嬢様は、お祝いしてくれるだけで十分、と微笑んだ。黒羽は、僕の欲しいもの知ってますよね、とニヤニヤしていた。黒羽にはその場で、チョップをお見舞いしておいた。


 お嬢様に同じ質問を返された。私は、お嬢様と一緒ですよ、と答えた。大地さんは、どうせ買うのは忠勝さんだろ、と軽くお嬢様のひたいを小突いた。お嬢様は額を押さえながら、肩叩き券とかある、と反論したが、なくてもやってもらうからいい、と大地さんはお嬢様の頭をなでていた。



(プレゼント、といえば……)


「メイド喫茶って知ってますか?」


「そんなのがあるのか?」


「ええ。メイドの格好をした給仕さんに、色々してもらえるらしいですよ」


「色々……」


「大地さんが考えているようなことじゃありませんよ」大地さんをジロッとにらんだ。


「何も言ってないだろ! でも、メイドの格好した給仕って普通じゃないか?」


「そうなんですけど。使用人を雇うことのない人たちにとっては、珍しいことですので。まあ、レストランに行けば、お世話はしてもらえますけど。それに、ポイントは服なんですよ。とても可愛らしいんです」


「服が?」


「ええ。膝丈くらいのヒラヒラしたスカートに、リボンやフリルがあしらってあって。エプロンなども可愛らしくて。物語に出てきそうな、実際にこの格好だと掃除とかしにくいだろうな、と思ってしまうような服なんですよねえ。前に、新聞に載ってたんです」


「で? それがどうかしたのか?」


「お嬢様に似合うんじゃないかと……。似たような服を買ってあるんですよ。プレゼントしようと思いまして。いつ渡そうかなって思ってたんですよねえ」


 お嬢様が着たところを想像して、ふふ、と笑みがこぼれた。誕生日プレゼントは断られてしまったが、贈りたいものができたときは、それをプレゼントしようと決めていた。いつかの本のように。


「……え?」


「あ、いえ。お嬢様がその格好をしたら、黒羽が喜ぶんじゃないかと。大地さんのプレゼントとあわせたら、より喜んでもらえそうじゃないですか?」


隼人はやとも、黒羽のこと言えないくらいやばいな……」


 大地さんが、引いている。ジトッとした視線をこちらに向けたまま、お茶を飲んでいる。


「ちゃんと普通に着れる服ですよ! トータルで着るとそう見えるってだけで。別々に着れば、普段から着れます」


「ああ、はいはい」


「大地さんが、黒羽に何かしてあげたいのと一緒ですよ。私もたまには、お嬢様や黒羽に何か贈りたいんです」


「黒羽にも買ってあるのか?」


「いえ」


「なんで、黒羽の分はないんだよ」


「お嬢様がかわいい格好をすれば、黒羽は喜びますから。一石二鳥です」


「でも、その服は隼人の趣――」

「なにか?」


「いや、別に。とりあえず、かまくら作るから。手伝えよ」


「え? 嫌ですよ」


「なんでだよ! 雪かきもあるんだよ。一人でやってたら、間に合わないだろ」


「私にも色々とありますので」お茶を飲みながら、大地さんから視線をそらした。


「今の最優先は、かまくらだろ!」


「はあ~。仕方ないですね。高くつきますよ」


「ため息きたいのは、こっちだよ……」


 私たちは仕事の合間に、裏庭に雪を積み上げることにした。簡単に積み上がるかと思った雪は、踏み固めるとなかなか高さが出ず、間に合うのか不安になった。翌日も、朝から暇を見つけては雪を積み上げた。なんとか予定の大きさまで積み上げることができた。


 二日間かけてドーム型に積み上げた雪は、一晩おいてから中をくりぬいた。大地さんより細い私がやった方が良いなどと言われ、くりぬく作業はほとんど私が行った。

 苦労の甲斐かいあって、なかなか立派なかまくらができ上がった。黒羽とお嬢様、二人で入るには十分な大きさだ。


「お嬢様、内緒の話があるんですけど」


「内緒?」


 黒羽がいないときを見計らって、お嬢様に声をかけた。黒羽への誕生日プレゼントの件を話すと、お嬢様はとても喜んでいた。お嬢様にも手伝ってほしい旨を伝えると、二つ返事で引き受けてくれた。



「え? これを着るの?」


「かわいいでしょう? お嬢様にプレゼントしようと思って買っておいたんです」


「これを?」


「ええ」


 当日、お嬢様のベッドの上に、メイド服に見える服を広げていた。お嬢様は、服をジッと見つめている。


「これって、メイド――」

「ふふ。きっと、似合いますよ」


「コス……この世界に……かな?」お嬢様はぶつぶつと何か呟いた。


「え?」


「ううん。なんでもない。ありがとう!」


「どういたしまして。さ、着てみてください」


 メイド服に見える服を着たお嬢様は、とても可愛らしかった。普段のお嬢様は、動きにくい服は嫌だと、シンプルな服ばかり着ている。ヒラヒラのフリルやリボンの付いた服を着たお嬢様は、いつもと違う雰囲気だ。黒羽の喜ぶ顔が目に浮かんだ。


(こういうのもいいですねえ。買っておいて良かった)


「ちょっと、大きいね」


「大きめのサイズを買ったので。ピッタリだとすぐに着れなくなってしまいますから」


「これ、いっぱい着るの?」


「ええ。いっぱい着てくださいね」


「う、うん……」


 コンコン


「入るぞー。お、準備できたか? へー、似合ってんな」


 部屋に入ってきた大地さんは、お嬢様を見ると、褒めながら頭をなでた。


「本当? おかしくない?」


 お嬢様は不安そうに、体をひねりながら自分の格好を確認している。


「可愛らしいですよ。あとは、エプロンをつけて。頭にリボンを結んだら、完成です」


「かまくらの中では、お嬢様はメイドだからな。黒羽に、奉仕してやれよ?」


「え? どういう意味……」


「いつもと立場を逆にする遊びですよ。お嬢様が黒羽で、黒羽がお嬢様の立場ってことです」


「あ! そういう意味ね。てっきり……」


 怪訝けげんそうな表情をしていたお嬢様だったが、説明するとホッとした様子で表情を緩めた。


「てっきり、なんだよ?」

「てっきり?」


「うっ! ううん! なんでもない! 黒羽に飲み物とかいだりすればいいんでしょ? かしこまりました」


 お嬢様は、スカートのすそをつまんで少し腰を落とし、にこっと微笑んだ。


「く、苦しい~」


「おい、隼人。ほどほど」


「すみません」


 お嬢様が可愛らしくて、抱きしめてしまった。普段から可愛らしいが、メイド服に見える服を着たお嬢様はさらに可愛らしい。そこにあの仕草、抱きしめてしまうのも仕方がないと思う。


「そろそろ時間か。じゃ、俺は、黒羽と先に行ってるからな」


「わかりました。準備ができたら向かいますね」


 お嬢様にエプロンをつけ、リボンを結んだあと、コートを着せた。食堂に用意しておいた、水筒やお菓子の入った手提げ袋を持って、かまくらへと向かった。

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