7歳

 029. お嬢様クイズ(大地)


 お嬢様に関する問題でも出して、少しでも黒羽くろはが元気になればと思った。


「お嬢様クイズ~」


「え?」

「は?」


 食堂に隼人はやとと黒羽と三人でいた。お嬢様は、談話室に新聞を眺めにいった。



 お嬢様と黒羽が十年後の約束をした日の夜、俺と隼人は黒羽の部屋に乗り込んだ。正確には、俺が乗り込もうとしたとき、ちょうど隼人が通りかかり、一緒にいくとついてきた。


「何ですか?」なぜか黒羽はジトッとした目で、隼人をにらんだ。


「も~、いいじゃないですか。今日くらい。たまにはゆずってくださいよ」


 黒羽のお嬢様の髪を乾かす役目を、隼人が奪ってしまったらしい。俺の風呂当番も代わってくれと頼みにきた。隼人はお嬢様と話したいことがあると言っていた。無事に話が済んで、お嬢様を可愛がりたい状態なのかもしれない。


 お嬢様ともっと一緒にいたかったといじける黒羽を、お嬢様はアクビをしていたと隼人が注意している。


(つーか、そういう話じゃなくて!)


 隼人と黒羽の話に流されそうになったが、気を取り直して黒羽に向き合った。


「黒羽、お嬢様はあんな風に言ってたけど、自分のしたこと、わかってんのか? あれで、もし先生と何かあったら!」


「お嬢様がいじめられよりいいですよ」


「黒羽……、お嬢様、泣いちゃいますよ。今日のように泣くのではなく……」


「でも、それで、お嬢様とずっと一緒にいられるなら――」


 バシッ!


「いったああぁ」


 黒羽の頭を思い切りひっぱたいた。


「バカか、お前は! 黒羽が何をしても、幸せになれるようにって、お前のためを想ってくれてるのに。お前がそんな考え方でどうする。泣かせるなよ。女を泣かせるなら、喜ばせて泣かせろ! 嬉し泣きさせろよ! 好きな女なら、なおさらだろ!」


「キザですね」隼人にシラッとした目を向けられた。


「いや、隼人、俺は真面目に……」


「黒羽、お嬢様と喧嘩をするのはいいですよ。でも、今回のようなことはやめてください。私たちに相談してください」


「わかってます。あのときは、そう思ったってだけで」


「そうですか? ならいいんですけど」


「僕、ちゃんと頑張ります」


「何を頑張るんだよ」


 俺は、理解しているのかしていないのか、いまいちわからない黒羽に、肩を落とした。でも、翌朝見た黒羽の顔は、寝不足のような感じがした。少しは反省してくれたのか、と安心した。


 それから数日経つが、黒羽の元気がないように思えた。俺も結構な力で叩いてしまった。それに黒羽のことを怒ったが、俺も悪かった。もっと早くお嬢様と話をすれば良かった。もっと黒羽のことを見ていれば良かった。



大地だいちさん、お嬢様クイズって?」


「お嬢様が無意識のときに、俺がした質問になんて答えたか当てるクイズ」


 隼人が首を傾げていたので説明すると、黒羽はジトッとした目をこちらに向けた。


(お嬢様で遊ぶな、ってところか?)


「第一問。これは簡単。お父様、俺、隼人、黒羽の中で誰が一番好き?」


「お父様」

「お父様」


 二人が同時に答えた。「正解」だ。


「第二問。俺、隼人、黒羽の中で誰が一番好き?」


「これは……、難しいですねえ」

「この前、みんな好きって。僕は嫌なんですけど」


 二人とも悩んでいる。ギブアップか、と聞くと二人ともうなずいた。


「正解は、無言、だ」


「無言?」

「どういうことですか?」


「何も答えなかった」お嬢様は新聞に目を向けたまま、返事をしなかった。


「これってクイズになるんですか?」

「なんかズルい。意識があって、無視したんじゃないんですか?」


「いや、その次の質問の答えは返ってきたし。で、第三問。お父様のどこが好き?」


「それは、全部、じゃないですか?」

「僕もそう思う」


 人差し指を立てて、顔の前で左右に振った。


「俺もそう思った。でも、違ったんだよなあ。結構、具体的。正解は二つ」


「具体的……。優しい、とか」

「強い?」


「隼人は近い。黒羽はハズレ」


「すごく優しい」

「かっこいい?」


「正解は、たまに見せる優しい笑顔、だ」


「本当に具体的ですね」

「笑顔……」


「あと、かわいい笑顔、だ」


 隼人がテーブルに突っ伏した。肩が少し揺れている。黒羽は口を真一文字に結んでいるが、ニヤケているのが隠せていない。

 気持ちはわかる。俺もそれを聞いて吹き出してしまい、お嬢様に気づかれてしまった。


 隼人がゆっくりと顔を上げた。目には涙がにじんでいた。


「では、私からも。お嬢様の好きな小説のジャンルは?」涙を指でぬぐいながら、隼人が問題を出した。


「絵本とか?」

「童話、だと思います」


「絵本とか童話ではなく。小説のジャンルですよ」


「ファンタジー、か?」

「恋愛、がいいです!」


 黒羽は答えではなく、自分の希望を言った。


「ハズレです。正解はミステリーです。まあ、これは無意識ではなく、普通に話していてわかったことですけどね」


「え~、そうなんですか? 僕と読む本は、絵本や童話が多いですけど。王子様とかお姫様の本をよく読みますよ」


「それは黒羽と読むからですよ」隼人が黒羽の頭をなでた。


 隼人は、お嬢様は黒羽のために本を選んでいる、と仮定している。確かに、漢字が読めるのであれば、一人で読んでもよいはずだ。読めないフリの延長なのかもしれないが、黒羽に読んでと頼むことで、黒羽に読ませているのかもしれない。


「お嬢様、あの日から僕に本を読んでって頼んでくれなくなってしまいました。あの日は眠れなくなるくらい嬉しかったんですけど。嫌われてしまったんでしょうか?」黒羽はため息をいた。


(ん? あの日? 嬉しかった?)


「眠れなくなるくらい嬉しかったって? 自分のやらかしたこと反省して寝不足だったんじゃないのかよ!」


「反省もしましたよ。ただ、嬉しい気持ちのほうが大きかっただけです」


「お前なあ~」


 反省ではなく、嬉しくて寝不足だったとは。しかしながら、反省もしたという。どのくらいの反省だったのか気になるが、聞いても判断できなさそうなので追及しなかった。

 しかも、元気がなかったのは、お嬢様に本を読んでと頼まれなくなったからだったとは。


「お嬢様が黒羽に頼まないのは、嫌われたからではありませんよ。今は、新聞を眺めるのが忙しいだけです。過去の新聞も引っ張り出していましたから」


「みんな大好きって言っていたでしょう」と隼人が何度も黒羽の頭をなでた。



「隼人~、私もお茶飲みたい」


 黒羽を慰めていると、お嬢様が食堂に入ってきた。隼人がお嬢様の分をいれるついでに、俺たちの分もいれ直してくれた。


「答え合わせでもするか」


「何のですか?」


「意識あったら何て答えるかな? って」


 隼人にだけ聞こえるように言った。隼人は「おもしろそうですね」と微笑みながらうなずいた。


「お嬢様」


「なあに」


「お父様と俺と隼人と黒羽、誰が一番好き?」


「お父様だけど」


「じゃあ、俺と隼人と黒羽なら?」


「みんな好きだよ。一番とかないけど」


 俺と隼人はうなずいた。黒羽は、少し口を尖らせていた。


「お父様のどこが好きなんだ?」


「さっきから、なにこの質問」


「まあまあ、いいじゃないですか。私も聞きたいです」隼人が答えるようにうながした。


「うーん、全部、かな!」


 隼人は片手で口をおおった。震えてはいないが、確実に目が笑っている。


「もっと具体的にないんですか?」


 黒羽の追い打ちに、隼人の肩が震えだした。


「え? うーん……」


 少し悩んだお嬢様は、思いついたのか、ふふっ、と優しく微笑んだ。


「内緒!」


 お嬢様は、はにかんだような笑顔を俺たちに向けた。


 隼人の震えがピタリと止まった。椅子から立ち上がると、お嬢様のことを椅子から抱き上げた。


「何? 隼人、どうしたの?」


「かわいい!」


 隼人がお嬢様を抱きしめた。黒羽も立ち上がり「ほどほど」と隼人の服を引っ張っている。隼人が抱きしめるのをやめると、お嬢様と見上げていた黒羽の目が合った。


「僕のこと嫌いになりましたか?」黒羽が小さな声で言った。


 お嬢様は目を丸くした。


「なんで? 嫌いじゃないよ。みんな好きって言ってるでしょ」


 黒羽のひたいをペチンと叩いた。黒羽は嬉しそうに叩かれたひたいをなでた。


「あ、やっぱり、さっきの質問の答え変える。三人の中で誰が一番好きかってやつ」


「え? それ変えるのかよ!」


「うん、思いついた!」


「だ、誰ですか?」嬉しそうだった黒羽は、焦った顔をしてお嬢様を見上げた。


「隼人!」


「え? 私ですか?」


「うん! 今日は隼人。私の食べたかったオムライス作ってくれたから」


「そんなこと言われたら、毎日好きなもの作るしかなくなるじゃないですか」


「それだと、栄養が偏っちゃいそうだね」


 隼人とお嬢様はひたいを合わせて、クスクス笑いながら楽しそうにしている。

 黒羽はうなだれながら、椅子に座った。


「今日は、だってよ」


「ええ、わかってますけど」


 黒羽はため息をき、お茶をすすった。


(食べたいもの聞き出したの、俺なんだけどな)


 昨日の夕方、新聞を眺めていたお嬢様に、明日の昼に何が食べたいか聞いた。オムライス、と答えた。それを隼人に伝えたので、昼食はオムライスだった。


 黒羽を元気づけようと思ってクイズを始めたが、落ち込ませる結果となってしまった。でも、お嬢様に笑顔が戻ってきて本当に良かったと思う。


(まあ、いつも通りだな)


 お嬢様のことで黒羽が一喜一憂するのはいつものことか、と三人を眺めながらお茶を一口飲んだ。

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