030. 円境湖の草原 ×2(大地)
「レールの上を走るだけってどう思う?」
「機関車?」
俺は、お嬢様を連れて、
レジャーシートに並んで座り、景色を眺めながらお茶を飲んでいた。いつもは動いているか、直接地面に座っている。もちろん、お茶などは持ってこない。
お嬢様がいるときは、レジャーシートに座ってゆっくりできるようにと、
この前、お嬢様が新聞を眺めていた。何か質問でもしてみるか、としゃがみこんだ。その際、鉄道のニュースが目に入った。
「レールの上しか走れない人生なんて」呟いていた。
「走れるの……」
「走れるだろ」
「自信あるんだね……」
「自信?」
「………………」
お嬢様はそれ以上答えなかった。その話が気になっていた。意識があってもいいから、続きを聞きたかった。
「鉄道でも、人生でもいいよ」
「なにそれ。うーん? 機関車はレールの上を走るだけって。でも、レールの上でも燃料とかないと走れないよね。途中で止まっちゃうかも」
「でも、レールの上だけだぞ?」
「え? レールが気に入らないって話? 機関車をレールなしで自由に走らせたいってこと?」
お嬢様がこちらを向いて、首を傾げた。
「そんなとこ」
「それじゃ、鉄道じゃなくなっちゃうんじゃ……」
「それもそうだな」
遠回しは難しいなと思った。もう少しはっきり聞いてみることにした。
「じゃあ、人生は? レールの上しか走れない人生」
「急に重い話に」眉間にシワを寄せている。
「この前、街でそんな話をしているのを聞いたんだよ」
「ふーん」お嬢様は遠くを見た。
「レールを敷くのって簡単じゃないと思う。まずは、どうして、どうやってそのレールができたかを知るのもいいんじゃない? それで、気に入らないなら、自分で敷けば?」
「でも、レールに乗ったからって目的地にたどり着けるかはわからないよね。止まっちゃうかもしれないし、レールも途中で終わってるかもしれないよ」
「もし、私の目の前にレールがあったら、怖いかな。乗ってしまえば成功しますって言われても、ゴールまでたどり着ける自信がない。というか、ゴールってあるのかな?」
お嬢様はお菓子を口に放り込んだ。
「結局、レールがあろうがなかろうが、その人次第のような気がする。鉄道のレールは敷いてあるところしか走れない、引いた先にしかたどり着けないけど、人生の場合はレールなくなっても走れるし」
「そう考えると、レールよりも燃料と車輪の方が大事なような気がする。何かあったときに前にでも後ろにでもすすめる、気持ちと行動力」
そういうと、水筒からコップにお茶を注いで一口飲んだ。
「あー、でもどうだろう。今の私は目の前にレールがないから。独りよがりな理想を語ってるだけかもしれない。目の前にレールがある人の悩みは、同じようにある人にしか、わからないのかもしれない」
「同じような環境の人に話を聞くなり、相談してみるなりするといいかもしれないね。知ったつもりでいたことでも、何か別のことが見えてくるかもしれない。悩んでなさそうな人でも、意外と悩んだりしてるだろうし。参考になるかも」
お嬢様は、たくさん喋って喉が乾いたのか、残りのお茶を一気に飲みほした。
「やりたいことをやるのか。できることをやるのか。やりたいことと、できることが同じだといいんだけど。私は何がやりたいんだろう。私には何ができるかな……」
「や、やだ! まだそんなこと考えたくないっ!」
お嬢様は急に大きな声を出して頭を抱えた。「やだ~」「どうしよ~」などと、しばらくぶつぶつ言ったあとに、ハッとして、こちらを見た。
「私、ちゃんと質問に答えられてた? 脱線してた?」
「レールだけに」と最後だけ小さい声で恥ずかしそうに言った。
「ぶはっ! あはははは、あはは。大丈夫、ちゃんと答えになってたよ!」
こっちに来い、とお嬢様を足の間に座らせた。抱きしめると「暑い」「汚い」と文句を言われた。七月だ、暑いはわかるが、汚いはひどい。それでも、抱きしめるのをやめなかった。お嬢様は、ジタバタしたあと「ほどほど」と言って、おとなしくなった。
「何か嫌なことでもあったの?」
少しの間、黙っていたお嬢様は、不安そうな顔をしていた。ないよ、とお嬢様の前髪を指で左右に流して、もう一度抱きしめた。
お嬢様はよく喋る。本当に大人みたいなことを言う。
十六歳も年下の女の子に人生相談みたいなことをしてしまった。でも、前に進めるような気がした。
(兄貴たちに話を聞いてみるか)
お嬢様が「暑いっ!」と本気で嫌がるまで抱きしめていた。
思いきりグルグルしてやった。
◇◇◇
「失恋から立ち直るためには」
「はあ」
お嬢様とレジャーシートに座って湖を眺めていた。今日の話題も、お嬢様が無意識で答えた内容からだ。
新聞のコラムの内容が、『恋』についてだった。
「失恋から立ち直るためには?」
「新しい恋……」
ベタだが、お嬢様がそう言ったのがなんだかおもしろかった。前に
俺の初恋は十二歳のとき、一目惚れだった。兄貴の恋人だった。俺には兄貴が二人いる。一番上とは七つ、二番目とは四つ違う。二番目の兄貴の恋人だった。
学園でできた恋人を友だちと一緒に夏休みに家に連れてきた。清楚でとてもきれいな人だった。でも、俺は見てしまった。兄貴の恋人と友だちがやっているところを。よく恋人の家で浮気ができるな、と純情だった俺はとてもショックを受けた。
「自分恋人が、友だちの恋人になってしまいました。どうする?」
かなりオブラートに
「泣く」
「泣く?」
「いっぱい泣く。恋人のこと好きな分だけ。友だちのこと好きな分だけ。きっと涙が出る」
(俺はどうだったっけ? ショックで覚えてないな。まあ、俺の恋人じゃないしな)
俺は清楚系が信じられなくなり、十三歳のときにお茶会で知り合った派手めな女の子と恋人になった。派手めな女の子なら、逆に遊んだりしないのではないかと思った。
簡単に裏切られた。お茶会のとき、物陰で知らないやつとキスしているのを見てしまった。
「恋人が知らない人とキスしてました。どうする?」
口に出してから、ハッとした。キスは言い過ぎだっただろうか。
「キスねえ」
お嬢様は気にしていない様子で考え込んでいる。
「泣くかな」
「泣いてばっかりだな」
「だって、怒っても泣くだろうし。呆れても泣きそうだし。悔しくても泣くし。恋人と別れたいって思ってたら、喜びで泣くかもしれないよ」
「ぶはっ、なんだそれ」
「逆に泣かなかったら、やばいかも?」
「ふーん。そんなもんか?」
「それよりも、
「お答えできかねます。お嬢様」
「ちょ、なにそれ、ズルい。教えてよ~」
「失恋から立ち直るためには?」
「新しい恋か、時間。ねぇ、恋人いたことある? なんで女の人が苦手なの?」
恋人は四人だったか。友だち以上恋人未満は覚えていない。そんなことお嬢様には教えないけど。
「なんだ? 俺のことが気になるのか? 俺のことが好きなの?」ジッと見つめた。
お嬢様はこちらに身を乗り出していたが、正面を向き、座り直し、お茶を飲んだ。
「今日の夕食は何かな~?」
思いきり話題を変えた。アッサリと引いてくれて助かる。俺の話になると面倒だから、今後こういう話はやめようと思った。
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