◆024. 幸せになれるように
「俺も見たかった。
父の『鬼神』という二つ名は、強さもさることながら、髪の毛などが浮く現象も理由になっているらしい。
私が倒れて眠っているときに、私の髪の毛が浮いていたと
父は黒羽から話を聞いて、私の
(先生が悲鳴を上げたのは、髪の毛などが浮いたからで間違いなさそう……かな)
「体の周りが蜃気楼のように揺れることもあるんだろ? 見てみたいよな」
「まあ、機会があれば。大地さんは、旦那様のを見たことあるのかと思ってました。なかったんですね」
「ああ。黒羽はお嬢様の見たんだもんな」
「そうですね。かわいかったです」
「は?」
「そうなんですか?」
黒羽の返答に、大地と
食堂で、いつもの席順で昼食をとっていた。私は一言も喋らず、ただ話を聞いていた。
昨夜は父と一緒に眠ったので、朝も一緒に起きた。父の朝は早いので、いつもはベッドから出ずにそのまま二度寝をしている。でも、今日は二度寝をせずに、みんなと一緒に父を見送った。
そのあと、宣言した。
「今日は誰とも話をしません!」
「なんで?」と大地が聞いてきたが、「少し時間をください」と言うと、それ以上突っ込んではこなかった。
昨日、衝撃的な出来事を目撃したので、そのせいと思ったのかもしれない。
そのことではあるが、そうではない。黒羽に伝えたいことがまとまらない。普通にいつも通り会話をする前に、私の想いを伝えたい。
みんなと話さなければ、黒羽とも話さなくても済む。時間稼ぎだ。
(また悩んでる間に、後回しにしてる間に、手遅れなんて嫌。だから、早く考えて伝えないと……)
考えはまとまらないのに、時間ばかりが過ぎていく。午後の家庭教師の時間中も考えていた。居眠りもせずに、何と伝えたらよいかを考えていた。
夕方、談話室に来ていた。気分転換に、新聞でも読んでみるのはどうかと思った。でも、読む気になれず、ただ立っていた。
(昨日のこれくらいの時間だったな)
嫌なことを思い出した。黒羽にどう伝えるかを考えているときは大丈夫だった。でも、あの光景とその理由と、自分の不甲斐なさを思うと怒りが込み上げてくる。
(ど、どうしよう。体が熱くなってき――)
「うわわっ」
急に、体が宙に浮いた。後ろからお腹の辺りを抱えられ、持ち上げられていた。
「ちょっと、やめてよ! だ……いち?」このようなことをするとは大地だ、と思ったが、違和感があった。
「大地さんではありませんよ」
「隼人? なんで? おろして!」
「おろしませんよ。今日一日、何を考えていました?」
「だから、時間をくださいって」
「もう、少し、は待ちました。もう待ちません。思ったこと全部吐いてください」
「わ、わかった。だから、おろして」
足が床に着き、隼人の手が離れた瞬間に逃げた。だが、すぐに捕まってしまった。
隼人は談話室の背もたれのない、いつも新聞を眺めているソファーに座った。隼人は
(これは逃げられない。あと、この格好……、ちょっと恥ずかしい)
「さあ、話してください」
隼人が折れる気配はない。私の中に渦巻いていた気持ちを吐き出してもよいものかと迷った。でも、隼人と話すことで、考えがまとまるかもしれない。そう思って口を開いた。
「ひな先生のこと、好き?」
「うーん。難しいというか、答えにくい質問ですね」
「楽しそうに話してた」
「それは、仕事ですから」
「大地も黒羽も、楽しそうに話してた。だから、みんな先生のことが好きだと思ったの。でも、私は好きじゃなくて。私が我慢すればいいって。それに……」
泣かないように、少しだけ間を置いて、気持ちを落ち着かせた。
「みんなの好きな人を悪く言って、みんなに嫌われたくなかったの。だから、お父様に先生のこと聞かれたとき、普通って言っちゃった」
「そうだったんですね」隼人は優しい声で相づちを打ち、
「先生から、わかりやすい嫌がらせされて、頭にきた。みんなに、転んだとか言って隠したのは自分だけど、辛かった。でもね、だんだんバカらしくなってきて、どうでもよくなってきたの。みんな、あんな感じの女の人が好きなら、どうぞご自由にって」
隼人は苦笑いをしている。
「先生にやり返してやろうと思ったの。先生が私にしたみたいに、転ばせてやろうとかじゃなくて。何かされたら、嫌みを返そうって。何て返すのがいいかなって、考えてた。そうしたらね……」
言葉に詰まった。
隼人は相づちも打たず、待ってくれている。
「あんなことが起きちゃったの」
冷静に落ち着いて、言葉にできたと思う。でも、涙は我慢できなかった。
「黒羽が、私のためなら傷ついてもいいって。私のために傷ついたら、私とずっと一緒いられるって。私のこと慕ってくれるのは嬉しいよ。でもそのために自分が傷ついてもいいなんて、思ってほしくないよ」
「それに……」と続けた。
「このままじゃ、黒羽は、いつか私のために誰かを傷つけるかもしれないし。私と一緒にいるために、誰かを傷つけるかもしれない」
「そんなのやだよ……」隼人にティッシュを取ってもらった。涙を拭いて、鼻もかんだ。
「私ね、お父様が一番好き。その次にみんなのことが好き。好きな気持ちは、変わらないと思う。でも、いつか順番は変わると思う」
隼人の指が、こぼれる涙を拭ってくれた。
「大きくなって、誰かと出会って、好きな人ができると思う。お茶会に行くようになって、そこで出会うかもしれない。学園に行って出会うかもしれない。特に学園なんて、たくさん同じ年頃の人がいて、長い時間を一緒に過ごすことになる。絶対に好きな人ができないなんて、恋をしないなんて、言い切れない」
「黒羽もなんだよ」ティッシュを追加して、目頭を押さえた。
「黒羽の、私に対する情が、親愛なのか恋愛なのかはよくわからない。でも、黒羽のあの気持ちだって、ここを出て生活したら変わるかもしれない。ううん、きっと変わるよ」隼人の腕を掴んで、少し揺すった。
「黒羽のあの気持ちが、他の誰かに向いたとき、その誰かはどうすると思う? 高確率で、黒羽が犯罪者になっちゃうよ。黒羽の想いを利用して、悪いことさせるような人もいるかもしれないし」
「お嬢様……」
「黒羽に閉じ込められたいって言ってくれる女の子、軟禁されたい女の子とうまいこと両思いになれればいいけど……」
「軟禁されたい女の子……」
持っていたティッシュで鼻をかんで、新しいティッシュを取って涙を拭いた。
「お嬢様は、黒羽のことが心配なんですね」
「うん。とっても」
「黒羽のこと、何とかしてあげたいんですね」
「うん。私ね、黒羽が、幸せになれるようにしてあげたいの」顔を上げて、隼人の目をしっかりと見て言った。
「幸せ……に?」
隼人の目を見ながら、ゆっくりと
「幸せになれるようにしてあげたい」
もう一度言うと、隼人の目が大きく開き、パチパチと瞬きを繰り返した。
私は黒羽が幸せになれるようにしてあげたい。いつか出会う女の子のために、その女の子のためにできる限り改善するのではなく。黒羽のために、黒羽が好きな人と楽しく笑って過ごせるようにしてあげたい。どうしたら良いのかはわからない。でも、そうしたいと思った。
「今日考えていたのは……?」
「黒羽に何て伝えたら、このことわかってもらえるかな? って考えてた」
「そのまま伝えたらいいんじゃないですか?」
「黒羽だよ? このまま伝えても、にっこり笑って、わかりました、とか言って、全然わかってない可能大だよ!」
「ぶはっ」
誰かが吹き出した。「あ、やべ」と聞こえてくる。
「はぁ~~。もう出てきてください」
深く長いため息を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます