第2章 ① 別邸 6歳、7歳、8歳
6歳半
◆019. 新しい家庭教師
六歳になってから半年ほど過ぎ、季節は冬になった。
「年が明けたら、礼儀作法の家庭教師がくる」
父が顔をしかめて言った。
今まで、礼儀作法は
でも、残念なことに、大地は教えるのが
「
私に家庭教師というのは初めてだ。今までは、黒羽の邪魔にならない範囲で、大地と隼人に教えてもらっていた。
先生は女性で、週に二回ほど通いで来てくれるらしい。
(なんだか、中途半端な時期だな……)
季節は冬だ。雪が積もったり、凍結したりして通うのは困難だろう。この辺りは、豪雪地ではないが、それなりに積もる。
(春からとか、七歳になったから、ならわかるんだけど)
不思議に思った。でも、春からというのは固定観念にとらわれているだけかもしれない。年明けだって、切りはよい。
お目当ての家庭教師が見つかったタイミングなのかもしれないし、先生の都合もあるのかもしれない。そう思って、納得した。
この家庭教師の先生が、私の黒羽に対する想いや考え方を激しく揺さぶる問題を引き起こすとは、このときは思いもしなかった。
年が明け、礼儀作法の先生を初めて別邸に招く日になった。
緊張していた。
私の記憶の限り、少なくとも五歳になって以降、この家に客人が来るのは初めてだ。つまり、初めて知らない人と接することになる。
買い物に連れていってもらったときに、知らない人には会ってる。だが、それとはわけが違う。
初日の今日だけ、父と一緒に本邸からやってくる。今後は、別邸、ここに直接通うことになる。
「到着したようですね」
「よし、行くか」
午後の勉強を済ませ、大地も一緒に食堂でお茶をして待っていた。玄関に移動し、大地がドアを開け出迎えた。
父と一緒に若い女性が入ってきた。あとから聞いたが、二十五歳だそうだ。
「はじめまして、田中ひなと申します。よろしくお願いしますね」
先生は少し首を
父から、全員紹介され、応接室に移動した。初日は、お茶を飲みながら、お喋りをして終わった。大地と隼人は使用人
時間になると、迎えの馬車がきた。庭に出て、先生をみんなで見送った。
父に「だっこ」とせがんだ。抱き上げられ、目の前になった父の顔にそっと触れた。
「これ、どうしたの?」
父の顔には大きな眼帯のようなものがつけられていた。眼帯といっても、目の部分は空けられていて、顔の傷の部分を
このようなものをしているところを初めて見たので、先生よりも父が気になって仕方がなかった。
「初めて会う人の前ではするようにしている」
(ふーん、そうなんだ。今日は先生がいたからか……。あれ?)
「先生の面接とかしてないの?」
「若い女性には、この傷は気分のよいものではないだろうから。それに家以外では普段からつけている」
女性に気を使った、そうかもしれない。家以外では着用していることも本当だろう。でも、一瞬だけ父の私を抱く腕に力が入った。
(これは、面接してないっぽいな)
初めて会う、が正解なのだろう。
断れない相手から、就職先の決まらなかった先生を雇ってくれとお願いされた、と思った。
(お父様も大変だな)
あまり父を困らせても悪いので、話題を変えることにした。
「今日はみんな使用人みたいだったね」
「一応、使用人なんだけど」大地が呆れたように答えた。
普段、父の前では使用人っぽくしているが、あくまで『っぽく』だ。
「いつもは、兄妹みたいだから、変な感じ」
「兄妹じゃありませんよ!」
黒羽が焦っている。父に、あまり
(僕のものにする、の延長かもしれないけど)
「寒いですし、話の続きは中でしましょう」隼人に
日が暮れるのも早くなり、夕方でも外は暗い。父の肩越しに空を見上げた。いつもなら月や星の一つや二つ見えるのだが、雲に
「ひな先生と呼んでくださいね」
田中先生、と呼んだら名前で呼んでほしいと言われた。
先生の授業は、基本からゆっくりというものだった。時間は一時間程度だが、雑談もしているので、実際に習っているのは三十分くらいだろうか。
大地に習っていたこともあって、一応、問題なくこなせている。先生も優しく、間違えても怒らない。大地の方が厳しかったくらいだ。
先生の授業は夕方にあり、その日は父も早めに帰ってくる。授業が終わった後、父を交えて歓談し、先生は帰っていく。
先生は予定の時間より早めに来たりするので、滞在時間の割合は授業以外の時間のほうが長いかもしれない。
授業前はみんなでお喋りをして過ごしている。先生が早めに来すぎてしまい、隼人の家庭教師の時間が終わっていないときは、大地が対応している。
私はほとんど会話に参加できていない。大地がからかってきたり、隼人が優しく声をかけてくれても、黒羽がいつも通り接してきても、いつものようには話せなかった。先生の前では、にこにこと
授業中の雑談も、黒羽にまかせっきりだった。あまり口を開かない私に気を使ってくれたのか、先生は私には話を振らなかった。
何を話してよいのかわからなかった。それに、声を発しようとすると、先生とよくかぶった。会話に参加するタイミングがつかめなかった。緊張していて、まわりが見えていなかったのかもしれない。
はやく先生に
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