018. 雪の中
朝、目が覚めると、とても寒かった。カーテンの隙間から朝日は射し込んでおらず、外は曇りか雨なのかと思った。カーテンを開けると、外は銀世界になっていた。バルコニーの手すりには、雪が十センチほど積もっていた。
午後の家庭教師の時間が終わっても雪は降り止まなかった。
朝よりもさらに積もった雪に、好奇心が抑えられなかった。誰にも踏み荒らされていない、積もったばかりの雪を、裏庭を見てみたくなった。窓から見るのではなく外に出て、裏庭の木の柵に囲まれてる広い場所の、その真ん中に独りで立ってみたくなった。
誰にも見つからないようにコートを持ち長靴を履いて、こっそりと玄関から外に出た。外に出てからコートを着て、家の中から見つからないように気をつけて裏庭に向かった。
(わあ~、真っ白)
ふかふかの雪に私の足跡だけが点々とついていく。木の柵に囲まれている部分の真ん中辺りにたどり着いた。
木々もしっかりと雪化粧されている。薄暗い雪景色の中に、独りだけ。とても幻想的だ。
雪がしんしんと降るなか、天を仰いで落ちてくる雪を見ていた。
(なんともいえない、不思議な気分)
そういえば、
たどり着いた柵から、柵の外を見渡したが、特に何もなかった。木々が生えているのが見えるだけだった。雪が降っていなかったら、何か見えたかもしれない。でも今は、木と雪しか見えなかった。
たまに枝から落ちてくる雪を、しばらく眺めていた。そろそろ戻ろうかと振り返った。遠くで、お嬢様、と呼ばれたような気がした。
(もしかして抜け出したのがバレた?)
家屋の方を見ていると、
「お嬢様! どこ行った!」
とても焦っている様子だ。こっそり抜け出したので心配をかけてしまったようだ。
「ここ~! ここにいるよ~!」
大地に向かって手を振った。
私に気づいた大地が、こちらに向かってズンズンと歩いてくる。近づいてきた大地は、とても怖い顔をしていた。
「なにやってるんだよ!」
「なにって。外で雪を見たくなって」
「外に出るときは、誰かと一緒にって言っただろ!」
「そうだけど……。ちょっとだけだし、いいかなって」
「ダメだっ!!」
大地の怒鳴り声と剣幕に、ビクッと体がこわばった。
「ご、ごめんなさい」
大地は
「怒鳴って悪かった。でも、外に出るときは誰かと一緒にしてくれ。外にいる俺のところに来るときでも。せめて隼人か
大地はコートを着ておらず、マフラーも手袋もしていなかった。それどころか、
玄関から門までは雪かきがされていた。でも、そこ以外は踏み荒らされていない雪の上を歩いてきた。足跡が雪で
そんな状態のまま捜すほど、足跡に気づかぬほど、心配をかけてしまったのかと申し訳なくなった。
「ごめんなさい」もう一度謝って、大地を抱きしめ返した。
「もう、外はいいのか? もっと見るか?」
「もういい。戻る」
「そっか。よし、行くか」大地が私を抱き上げた。
「歩けるよ」
「俺が寒いからいいんだよ。……うわ、冷たっ」
大地の頬を両手ではさんだ。手袋をしていなかったので、私の手もかなり冷たくなっていた。
「あったかい」
「戻ったら、一緒に風呂にでも入るか」
「ひとりで入る」
「そんなこと言うなよ。な」
大地が私を抱え直したので、首に抱きついた。少しでも大地が温かく感じてくれたらいいな、と思った。でも、首に触れた手や、雪がついているコートが冷たかったようで、「冷たっ」と言われてしまった。
裏庭から表庭へと出ると、隼人が駆け寄ってきた。
「ああ、見つかりましたか。良かった」隼人はとてもホッとした表情をした。
「隼人、ごめんなさい」
「いいんですよ。無事なら。でも、何も言わずに外に出たらダメですよ」
「うん。わかった」
隼人の手が頬に触れた。
「ずいぶん、冷えていますね。お風呂を沸かしましょう。あ、掃除中でしたね。温かいお茶を用意しましょうね」
「そう、まだ掃除中。俺がやっとくよ。お茶、お願い。さ、中入ろうぜ。さみぃ」
玄関では、黒羽が待っていた。大地が私を降ろすと、私の頭や服についていた雪を払ってくれた。
「お嬢様、どこに行ってたんですか? こんなに冷たくなって」
黒羽が両手で私の手を包んだ。手がじんわりと温かくなる。私の頬にも手を添えて「こっちも冷たい」と温めてくれようとした。
大地が風呂掃除を終わらせ、浴槽に湯を張るまでの間、隼人がいれてくれたお茶を飲み、体を温めた。その後、大地と一緒にお風呂に入った。
何度か勝手に庭に出たことはあった。でも、そのときは庭に大地か隼人がいた。
誰もいない庭に出たのは初めてだった。それがこんなに心配をかけるとは思わなかった。
自分が子どもだということを自覚しないといけないのかもしれない。今後はもっと気をつけようと心に誓った。
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