◆020. 嫉妬?
家庭教師の田中ひな先生が通ってくるようになって、二ヶ月が過ぎた。
私はイライラしていた。
目につくことがある。先生と、
(大地と隼人にくっつきすぎ!)
(黒羽に触りすぎ!)
先生の行動が気に入らないと思っている。でも、私も先生と同じことをしている。
大地や隼人との距離は、私も近い。黒羽のことも、よく頭をなでたりして触っている。
自分が小さい子どもだからと気にしていなかった。でも、中身のことを考えれば、私だって先生と変わらない。
これは、嫉妬なのだろうか。
今まで、この家には女性が私しかいなかった。増えた女性の存在を
(女の人と仲良くしているのを見て、イライラするなんて……)
いつの間にか、大地たちを自分のものと思っていたような気がして、恥ずかしさと嫌な気持ちに
これは良くない、冷静に客観的になろう、と努力した。大地と隼人は使用人、私は二人が雇われている家の娘。黒羽は学園に通うためにここにいる。
(距離感は大事!)
「田中先生なんてやめてください。大地さんの先生ではないですし。ひなって呼んでくださっていいんですよ」
大地と先生が立ち話をしていた。大地の腕に両手を添えている先生を見て、心の中で念じる。
(距、離、感!)
でも、イライラが勝ってしまう。しかも、自分に対してではなく、先生に対して念じている。
大地に対してだけなら「大地モテてる! いい感じなの?」とからかえたかもしれない。でも、この前、隼人にも同じようにやっていた。
(いや、たぶん……。どちらか一人だけにやってても、イライラしただろうな)
大地も隼人も、笑顔でやり取りしていた。楽しそうにしていた。二人は先生を受け入れている。
先生は、私が間違えても、優しいから怒らないと思っていた。しかし、そうではなく興味がなさそうだ。
黒羽が間違えると手取り足取り教える。言葉通り、手取り足取りだ。
(なんなら、腰取りもつけましょうか)
目の前で、黒羽にベタベタしている先生を見て、思わず心の中で悪態をついてしまう。そんな自分が嫌で、ガッカリしてしまう。
(今までみんなに可愛がられていたポジションを、ひな先生に取られそうで、嫌なのかも。最低だ……)
自分の両頬をつねり、左右に引っ張った。頬がじんわりと痛い。右手で
先生は、黒羽への指導に夢中で、私のことは見ていなかった。でも、黒羽は私のことを見ていた。涙を拭いて顔を上げると、黒羽と目が合った。
でも、黒羽は何も言わなかった。いつもなら「どうしたんですか? お嬢様」と駆け寄ってきそうなのに、私から視線を外し先生へと戻した。
(ちょっと寂しいかも……)
黒羽の『お嬢様は僕のものにする』には困らされたが、いざ卒業となってみると、寂しいものだなと思った。
今までのことを思い返していたら、また涙があふれてきた。こっそりと拭くのでは、間に合いそうになかった。
「お手洗いに行ってきます」
涙を拭くために、部屋から逃げ出した。
「田中先生はどうだ?」
一緒にお風呂に入っていた父に聞かれた。先生が来るようになって、三ヶ月以上経った。
「普通」と答えて、口まで湯に浸かった。
本心を言えば、好きじゃない、もう来ないでほしい。でも、先生としてどうかと答えた。黒羽とは仲良くやっている。私に対しても、教えることは教えてくれている。
生徒差別をしているとは思う。でも生徒は二人しかいない。そう決めつけてよいものか迷った。
それに、大地や隼人も先生と楽しそうにしている。私だけの意見で、みんなの楽しそうな雰囲気を壊してしまうのは悪いと思った。
「
モヤモヤと先生のことを考えていて聞いていなかった。
「
父の手が私の顔を湯から引き上げた。父の両手が私の耳の下辺りを掴み、父の顔を見上げさせた。
「
「普通」
顔は固定されていて動かせない。視線を外したら不自然になると思い、頑張って父と目を合わせた。
「そうか」
父の手から解放された。そのあとは、いつものように水鉄砲の練習をして、お風呂からあがった。
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