僕ごろし

僕、ここに眠る

君は僕をつくった。

僕は君に殺された。



 僕、君の生きていた頃の事、今でも覚えてる。

君の中にはたしか僕をふくめて四人ぐらい住人がいた。

みな、病的なぐらい傷ついていた。そう、実際に傷ついていた。

君の事、知ってる。君もまた、病床にふせっている。

でも、その3人の住人の他に誰も君が病気であることを見ていてもわからなかった。君はだんだん引きこもっていった。


 君の中の門番はある女の子。ふてくされ屋の女の子。

君を愛するあまりふてくされることで周囲の人間から君を守っていた。彼女もまた、傷ついていた。ずっとふてくされることでそのこともごまかして上手く優しく傷ついていた。そのせいで家自体も変に誤解されて変な手紙、食べ物、虫、虫、虫………。たくさん送られてきた。


 もうひとり女の子がいた。5歳。永遠に成長しない子。素直で―…僕も大好きな子だ。彼女の素直さには悪意がないんだ。真っ白。なんだ。素直なのに真っ白なんだよ。でも誰もそんなことは知らない。死んでしまったんだ。殺されてしまった。僕たちはあの日、見たよね。真夜中になっても帰ってこない子を心配して。……探しにいったよね。彼女はくいやぶられてその辺のゴミ捨て場に放り出されていた。あんなに惨めなことないよね。しかも、くいやぶられた皮は悪意ある人の仮面の材料にもなって売られてた。こんなことないよね。だれもあの子を助けてあげなかったんだね。


 さて、最後にのこった住民は僕だ。僕は一番、強かった。強くなった。何度も殺された。何度もつるしあげられたし、馬にも引きずられたし、ずっと悪口もあびせられてきたし、ずっと針のついた樽の中にも入れられてた。それでも僕は死ななかった。いや、死ねなかった。だって、僕が死んでしまったら家は誰が守るのだろう?ふてくされ娘はきっとそのうち出でいってしまうだろう。いや、限界がきたのだろう。最近、彼女の様子がおかしいんだ。何がおかしいって……?人形みたいに感情が無くなってきて彼女の特徴だったふてくされる事もやめてただ家の外にペチャっと座り込んでいた。足蹴にされても何も言わぬどころか自らそうされにいってるようだった。くさった魚が家にあることもあった。食べ物も買わせてもらえないから親切にしてくれる人からもらった。と言っていた。


 想定していた通り、彼女はいなくなった。ある寒い朝。雪が降り積もる家の玄関に夜明けをつげる光が差し込んだ時にはもう、彼女の姿はなかった。あれ以降、もう姿を見ることは二度となかった。生きていてほしい。彼女がたどっていった雪についた足あとははっきりとしていた。でも、どこへいってしまったのかはわからない。途中でくつを見つけたが……冷たい思いをしていないだろうか…?



 君は泣いている。住人が二人もいなくなって。もう僕と君しかいない。君は僕に疲れ始めている。知ってるよ。だって僕がいるから家のことがうまくいかないのだもの。でもそれでいて僕を捨てることもできないのだね。君は、僕の家の住人の中で一番強くて優しい人だよ。ますます病床の君はもうすぐ死期が近いみたいだね。君は僕をこの家に招いてから数年経つけど、どうだった?後悔してる?感謝してる?ごめんね。僕はここにいたいけど、ちゃんと出ていく準備も、自分で死ぬ準備もしてるんだよ……本当はあのときから。


 君も知ってるでしょ?僕がなかなか倒れない特徴を持った住人であること。もう季節も変わって、僕は本当はもうここにはいることができない。いや、もしかすると、本当はとっくにいてはいけない存在なんだよね。でも、君は僕を認めていた。なかなか……おたがいしぶといものだよ……。




 僕は何度目になるかわからない自死を決めた。いや、埋まることにした。

家の近くにした。埋まるならそこがいい。君も、許してくれるよね?


 僕はおふとんで寝ている君をうっすらと横目にみて、何も言わずに外に出た。僕は雪と土と虫がたくさんいる冷たいところに埋まった。寒いけど。まあまあ気分が良い。ちょっと気持ちも良い。外は晴れているかな……?



 僕は失敗した。うつむいて座っている君の姿が目に入る。


 え……


 ―何してるの?



 君が言う。僕は普段君が寝ているところにいつの間にかぬくぬくと休んでいる。


 ―何もしてない


 ただ、僕の季節は終わったんだ。

君ももう、気が付いているでしょ?


 君は何も言わなかった。ただ、もうすべてに疲れているようだった。

 もう、かれこれ八年間、冬だった。


 寒い?ここにいなさい。

 なつかしい感じの声がする。

 帰らなきゃいけないよ。


 ねえ、でも僕って本当はただ、かわいそうなひとりの少年でしょ?

なんで死ねないの?


 おかしいな。僕、てっきりそういう体質なのだと自分をずっとそうだと思い込んできたけれど。何か、忘れていることがある……?


 いい加減、僕ももう、役目を終えたいよ。


 君を守る役目。


 自分では死ねず、埋まることもできず。何で助けたの?おたがい苦しいだけでしょ?


 君は心配しているのだね?僕がいなくなれば君はまた、ひとりになる。君のために僕がつくられたこと、それなのにその存在が君をずっと苦しめることになっている。僕は君を守るためにそうしてきた。君に汚物を投げるばかりで何も残さない村人たちと関わるよりずっと僕といた方が良かっただろう。


 または、僕が消えてしまうと、何か大切なことを忘れてしまうような気がしてる?守ってくれる人がいなくなってまた、むきだしのままの君が残る?



 君は、武器を使えない人間だったからね。でも結局僕らがいてもそんなもの扱わせてくれなかったじゃないか。


 ねえ、僕がうけた傷って本当に僕のものだったかな?

君は僕でいることはできないよ。僕、気が付いてしまったんだ。ずっと君を守るため。とか言い訳してずっと君と一緒にいたいがためにずっと君にも村人たちにも罵声をあびせ続けた。


 全部知ったうえで優しい君はニコニコしてくれていた。

もう、起き上がることもできそうにない。

死ねないのは、君じゃないか……。



<夜>



 僕は少年を殺した。

僕がくいを持って彼の寝ているベットにいくと、彼は寝ているようであったが、ふりをしているだけだとわかった。僕はそのことに気づかないふりをしておいた。


 おきてるの?ねてるよね?


 僕は少年のパジャマのボタンをひとつひとつとっていった。


 さよなら。



 「ばいばい」


 少年の口からはその一言しかでてこなかった。



 <朝>


 僕は村人たちからもらった魚を料理していた。くさった魚もあればそうでないものもあった。くさったものは捨てた。なんでこんなもの保存していたのだろう?


 僕は少年を埋めにいった。

おかしなことに外は春だった。

みどりがあって、蝶々も飛んでいる。

僕は少年のお墓をたてた。



 「さよなら」


 そのときから彼は二度と生き返らないかった。

僕はひとり冷たい朝食をとると、さっさと家から、村から出ていった。


 その後のことはよくわかっていない。


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