2通目

 ——のチョコエッグを買ったが、中身が入っていなかった。

 この店は客に不良品を渡すのか。


 来店日:

 お客様氏名:ガリレオ・ガリレイ


 ■


 前田宛の一件からすでに二週間弱経っていて、すっかり記憶も薄れていたが、今日投書されたご意見カードの字面に見覚えがあった。間違いなく、例の客である。


 あの一件以降、個人宛のご意見カードはなく、また前田にしても、こちらから一度話をして、接客についての見直しは済んでいた。と言ってももともとこれといった問題のない子だったので、しゅんとした表情をさせるのが申し訳なく感じたくらいのものだった。


 平塚さんに確認し、返答済みの掲出されていたカードをわざわざ外して見比べたところ、「た」の書き方が同じだった。筆跡は、意識してもそう簡単には直せないもので、この客に関して言えば、おそらく意識すらしていなかったと思われ、一目瞭然の結果である。


 並行して販売履歴を確認したが今日の売り上げデータ上、該当のチョコエッグは売れた履歴がなく、虚言であることもわかった。


「前田さんじゃなくてここ自体に何か言いたいんですかね」

 私はカードをにらみつけながら、一人ごちるようにつぶやいた。


「まあ、頭おかしいんでしょ。大体、こんな文句、スーパーじゃなくてメーカーに言ってくれって感じだし。チョコエッグなんて不良品かどうか、判断なんてできないしね。そんなこともわかんないのか、って感じで」

 平塚さんもほとほと呆れたといった様子で、敬語もなく、淡々と言った。


「この辺、ちょっと変わった人多いですしね」

 転勤して来てから思っていたことをうっかり口にしてしまったが、平塚さんはあまり気にした風もなく、

「すげえいい客もいるんですけどね。毎回こちらに対して、ありがとうございます、って言ってくれる若い人とかもいるし。しかも利発そうなイケメンですよ。ずりいなあ」

「若さも性別も顔もあんまり関係ないですけどね」

「まあ。俺も好青年を目指していたころがあったなあ。言いたいことも言えないこんな世の中じゃあ、ねえ」


 なんともコメントしづらい返しをされたので、ふっと視線をカードに戻す。


「というかまた卵か……」

 気づいて、思わず漏らすと、平塚さんは隣でプッと息を吹いて笑った。

「つくづく卵に嫌われてるんだなこいつ」それから、「交換してやれないこともないけど、もう開けちゃってるわけですから、メーカーに投げちゃいましょ」


 ■


 平素は——、——店をご利用いただき、誠にありがとうございます。

 この度は当店取扱い商品について、お客様にご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません。しかしながら、我々では対応しかねること、何卒ご理解くださいますと幸いでございます。下記に販売元である――様のご連絡先を記載いたしますため、直接ご連絡いただければと存じます。

 ——。——。

 貴重なご意見、ありがとうございました。

 今後とも――、——店をよろしくお願いいたします。


 返答日:5/23

 責任者印:坂下

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