3通目

 たのむからマエダをやめさせろ。

 利用できない。


 来店日:

 お客様氏名:ガンディー


 ■


「またですね」

「これはもう返答しなくていいですよ。暇な人もいるもんだ」


 月末の棚卸をしている最中、休憩がてら回収したご意見カードが、またしても例の客だった。一度前田から離れたというのに、また戻って来てしまった。


 平塚さんはカードをそのままシュレッダーにかけてしまうと、そそくさと現場に戻っていった。

 私も後を追う形で商品棚に戻る。


 ちょうど前田が在庫確認をしているところだったので、なるべく変に意識したりされたりしないよう、近づいていく。


「お疲れ様」

「あ、お疲れ様です」


 前田は屈んだ状態で、少し見上げる格好でこちらに笑みを向ける。私も腰を折って彼女の隣に並んだ。お菓子の棚はすでに大半が数え終わっており、在庫数を書いた紙が一番手前の商品に貼り付けてある。

 私は前田が数えたそれらと、実際の販売数から計算される在庫数とを照らし合わせていく。


「前田さん最近何か悩みとかない?」


 聞きながら、これはへたくそだな、と自覚する。文章力がないというよりは、言葉の構成力が足りないのだ。組み立て方を知らない。


 前田は数える手を止めないまま、うーん、と一つ唸ってから、

「なんでもいいですか?」

 と尋ねてきた。


「もちろん。大した人生経験はないけど、学校のことでも、バイトのことでも、恋愛のことでもいいよ。——あ、恋愛のことはセクハラになる?」


「心配しすぎです」前田は顔を綻ばせてから、「何なら恋愛の話聞いてほしいです」

 と続ける。

 私はまさしく、あのストーカーの一件を思い出しながら、話を促す。

 幸いというべきか、もちろんそれは、ストーカーの話ではなかった。


 ツイッターで知り合った男性と、住んでいるところが近いということもあり一度遊んだが、以降連絡が途絶えてしまって困っている――というのが大体の内容だったが、そんなことよりも、自分の経験してきた恋愛とのギャップに驚いてしまってならない。ネットで知り合った人とそう簡単に――まあ、会うような時代でもあったか。


 こちらからアプローチもしているが一向に見向きもしてくれない、と続ける前田の表情は、なんともそそるものではあった。文面だけのやり取りで相手の姿かたちを知らず、実際に会ったところこんな美少女だった、となればたいていの男は喜びそうなものだが、どうなのだろう。その男はもしかしたら、却って恐れたのかもしれない。


「もったいない男もいるもんだね」

「そんな。その言葉がもったいないです。その日はすごくいい感じだったんですけどね。とてもいい人だったし。男運ないのかなあ、なんて」


 こんなにいい子が、自分の恋愛は報われず、しかし偏執狂には好かれ、世の中はうまくいかないものだ。

 

 結局、棚卸作業は深夜一時半過ぎに終わった。

 さすがにバイトの子たちは日付が変わるか変わらないかというところで帰したが、残りを平塚さんと二人で行った手前、身中は疲労でいっぱいで、退勤を押すや否や、悪いこととはわかりつつお互いにビールを一本買ってきて、事務所で小さく乾杯——、缶ビールのボウンと弛んだ音が空虚に響く。


 いくつかは数が一致しなかったが、スーパーでは露見されない万引きなどよくあることだ。あまり探ることはせず、ひとまずはこの達成感を、楽しんでおこう。

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