お客様ご意見カード
枕木きのこ
1通目
マエダという店員の態度が悪すぎる。
ふつうたまごを買ったら一番下に入れるだろ。
こちらに確認もせずに一番上に入れたあげく、袋の渡し方もなってない。
レシートもぐちゃぐちゃだったし、バカをやとうな。
来店日:5/10
お客様氏名:フロイト
■
「どうします? これ」
投書箱に一通だけ入れられていたご意見カードをまるで汚物をつまむように親指と人差し指でひらひらと弄びながら、平塚さんは頬杖をついていた。吐き出された言葉はため息に似て辟易とした色を伴っている。
私は向かい合うデスクのパソコンから視線を外し、彼のほうを見る。
目が合うと、そのご意見カードを手渡される。乱雑な字だ。冒頭のスタッフ名は、確かに今日早番で勤務していた学生バイトのものだった。
「うーん。難しいところですね。下手に書くと逆上しそうで」
「もう来ないんじゃないんですかね」
「いやあ、でもねえ。返事出さないわけにも」
イオン系列などの大手ではなく、関東を中心に数店舗しかない「地域密着型」と謳ったスーパーにしてみると、こうした細かい応答を確実にこなしていかないと先はない。と、社員研修のたびに口を酸っぱくして言われている。だからこその「ご意見カード」の設置であるし、一週間以内の返答掲出が義務付けられているわけだが、大手ではない分——と解釈して正しいかはともかく、こうした偏執的な投書も散見される。幸いと言うべきか、この店舗においては近隣に競合がないため、必ずしも答えなくてはならないわけでもないが——。
LINEでシフトの通達をしていた都合、該当スタッフの連絡先も知っていたので、心当たりがあるかどうかだけ確認を行ったが、卵を売った記憶はないです、との一言だけ返ってきた。授業があるため、彼女の今日の勤務時間はオープンからの四時間だけで、客足もそこまで伸びていなかったため、ほとんど確かな記憶と取って問題ないだろう。
「——と、言ってますね」
実際の返答文を見せながら言うと、
「まあ、ですよね。しかし怪しいもんですね。たまにいますよね。今思い出しましたけど、前の店舗でもこういう人いました。気に入った店員にいちゃもんつけて、果ては連絡先を教えろとか、俺が指導してやる、みたいな突拍子もないことを言いだすストーカーみたいなやつ」
平塚さんは苦々しい表情で言った。
前田はまだ十九の短大生で、保育士を目指していると言っていた。人当たりもよく、美人でもあるし、「袋の渡し方がなっていない」などと言われるような接客態度ではなく、平塚さんの言うとおり、変に気に入られた可能性が大いにあった。
「まあ今回は無難に返答しておきますか」
と平塚さんが言うので、
「自分文章書くの苦手で……。お願いできますか?」
匙を投げると、
「こんなの、テンプレで良いんですよ。まあ、次回はお願いしますね」
安請け合いをしてくれたので助かった。
もう来ないといいんですけどね、などと軽口をたたきながら、残りの締め作業を進めていく。
■
平素は——、——店をご利用いただき、誠にありがとうございます。
この度は当店スタッフがお客様にご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません。再発防止といたしまして、再度研修を行うとともに、当店一同、接客というものを見つめ直して参りたいと思います。
貴重なご意見、ありがとうございました。
今後とも――、——店をよろしくお願いいたします。
返答日:5/11
責任者印:平塚
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