白くはなれない

 とある公園に入り、小道の脇に真っ直ぐ立つ並木を抜けるとその先に、小さな広場がある。その広場を取り囲むようにして植えられた手まり咲きの紫陽花は、右から左へ、手前から奥へ、緑の絨毯を淑やかに彩っていた。

 跳ねる雨粒は、葉や茎の合間を縫って地面を色濃く濡らし、ふわっと漂う土の独特の匂いが鼻孔を刺激する。どこからともなく湧く懐かしさは、感慨深く思うほどの時をまだ経ておらず、この郷愁は無意識によって培われたものなのだと強く感じた。

 私を濡らす雨は残酷なほど一定のリズムで降り落ち、六月の梅雨時の気候に合わせた夏用の制服は、肌が透けるほど柔らかくなっている。髪の毛は張りつき、毛先で膨らんで弾けた雫は、茶色のスカートの上に溜まっていく。毎日手入れしている腕や足も、いまはいつも以上に艶めいていた。

 肌の表面から少しずつ体温が奪われて身震いする。腿の裏側は木製のベンチと接触しているせいもあってか、未だに仄かな温かさを保っていた。

 顔にできた水の流れが鬱陶しく、しかし払う気力もなくて、心に巣食う諦念と怠惰に目を瞑って背もたれに身体をあずけた。

 気持ちが沈むとこうして雨に当たりたくなる。私の中から青い感情を抜いてくれるような気がして、幼い頃から後先考えずに、びしょ濡れになって家に帰ることがよくあった。

 思えば、私が落ち込んでいるときはいつも雨が降っていた。心を反映いているかのように、雨脚が強いときもあれば弱いときだってある。風に吹かれて横殴りになれば痛みをともない、粉のように軽く、わずかな温もりさえ感じることもある。

 今日の雨は冷酷な音を立てている。無感情にただ地を緩めていくだけ。朝靄から静けさだけを取り払い、ずっしりとした重さを丁寧に集めて濃縮したような空気が、私の身体に纏わりついている。ベンチから、この公園から、私を離さないように、肩を上から押さえつけて身じろぎひとつさせない狂気に似た異常ささえ聞こえてくるようだった。

 この状態に絶対的な終わりはない。すべては心が勝手に思っているだけのことであり、雨が降り止まない限り、立ち上がることすら許されない。

 そうして私は永遠とも思える雨に打たれて、誰もいない公園の、紫陽花に囲まれた小さな広場にある、頼りないベンチに座って目を薄く開ける。

「こんなとこにいたんだ」

 突然、声が聞こえて顔を上げた。雨が私の身体に落ちてこない。透明なビニール傘が頭上にあった。何度かまばたきをしたあと、突き出された腕の付け根に向かって目を動かし、少しずつ上にずらしていく。髪の毛先を濡らした女の子の微笑みが、止まった目の奥に映し出された。

 私の眉が反射的にぴくりと跳ねた。

 まだなににも汚されていない純白な彼女を見ていると、私の心が嫉妬に穢れていることを痛いほど思い知らされる。

 私は数秒と、彼女と目を合わせることができず、嫌悪感に苛まれながら逸らすことしかできなかった。

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ヒトコマ ゆお @hdosje8_1

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