卒業ミスリード
「なんでそれを今言うの?」
「後悔はしたくなかったから……」
河野さんの理由は、押しつけがましかった。主に後悔への。
卒業式が終わって、クラス内の別れを惜しむムードが少し落ち着いた頃、あたしは河野さんに呼び出されて体育館裏に来ていた。そして、会った直後に好きだと言われた。
漫画や小説の中だけだと思っていたシチュエーションは、わずかにあたしを高揚させていた。それがたとえ、同性の河野さんであっても。
「……河野さんって、進学だっけ? それとも就職?」
その答えによって、返事をどうするか決めようと思う。
「し、進学、だけど……」
「ああ、そうなんだ」
あたしとは逆の答えだ。あたしは就職を選んだ。つまり、今後あまり接点が持てなくなる。この告白を受け、残された期間で仲良くなったとしても、いつかは離れ離れになってしまう。そんな益体もない関係を作ることを、あたしは好まない。
出た答えはノーだった。
「ごめん。河野さん。あたし、河野さんの期待には応えられないよ」
「なんで? 私が同性だから?」
あたしは首を振った。
「ううん。それは関係ない」
「じゃあなんで」
「進む道が違うから。あたしと、河野さんは」
そう、違いすぎる。歴然の差だ。
「そんなこと……。私はそれでも構わない。少しずつお互いの距離が縮まればいいと思ってる」
「それが難しいんだよ。あたしだって、河野さんの気持ちに応えたいって思ってるんだ。だからこそ、河野さんを縛りつけられない」
進学となれば自然と勉強しなくてはいけない時間が増える。その邪魔を、あたしはしたくなかった。
「ごめんね。だけど、これがあたしの答なの」
河野さんは悲しげに俯いた。
こればかりはあたしにもどうしようもない。
同じ道に行くのなら手を取り、助け合える。けれど、分かれ道でお互いが違う方向へ進むのなら、当然それはできない。ただ、祈るだけの人生になるのは、初めからごめんだった。
「それじゃあ。元気でね、河野さん」
そう言って、踵を返した直後だった。
「待って!」
背中に、河野さんの大声がぶつかって、あたしはつんのめるようにその場で止まる。
振り返れば、あたしのあとを追って、すぐ近くに彼女の姿があった。
河野さんは意を決したように、言葉を紡いだ。
「だったら、私、就職する! 八垣さんと同じ道に進む」
どうにも、河野さんの頭は軽いパニック状態にあるようだった。
「落ち着いて、河野さん。それは無理だよ」
「無理じゃない。想いがあれば必ずそうなれる」
強い眼差しが、あたしを逃がさないように見つめてくる。いつもは引っ込み思案である彼女が、なぜあたしにそこまで執着するのか、わからない。
確かに同じクラスで、仲も悪くはない。たまに話しかけたりは、どちらもしていた。けれど、ただそれだけの関係なのだ。
聞いてみたい。そう思った時には、口を衝いて出ていた。
「なんであたしなの?」
あたしの声に、河野さんは少し落ち着いた表情になる。目を瞑り、胸に手を当て深呼吸する。
次に目を開いた瞬間、彼女の両目に燃えるものがあって、あたしは吸い込まれるような感覚に陥った。強い意思が、あたしの心を貫くような。
「八垣さんは、私の告白を嫌がらなかったから」
数瞬の間があって、河野さんはあわてて目を俯けた。
「あ、でも、これが初めての、告白で。最初で最後っていうか、八垣さんにだけにっていうか……」
そして必死にそう言うのだった。
あたしはなんだか可笑しく思って、口の中から笑いを含んだ息が漏れ出すのを抑えることができなかった。
「なにそれ」
吐息混じりのあたしの声に、河野さんはポカンとした表情になっている。
あたしは目に浮かんだ涙を指で払って、彼女に問う。
「河野さんの言いたいことはわかった。けど、どうするつもり? 簡単なことじゃないってわかるでしょ?」
「うん。だから、私が変わる。それが一番簡単な選択だと思うから」
河野さんの両肩が力んで上がる。
肩が懲りそうだなと思いながら、あたしはそれを否定する。
「それはダメ。そういうのをあたしは望んでないの」
当然のことだろう。既に別れた道を戻ってあたしと同じ道に進むなんて、河野さんのためにならない。あたしなんかのために、そんなことをしてほしくはないから。
あたしは思考したのち、しょぼくれる河野さんへ視線を向ける。彼女の勇気を、無下にすることもできればしたくなかった。
「けど、」と前置きすると、河野さんは顔を上げる。
「河野さんが心変わりしなければ、あと一年、思うようにしてみてほしい。あたしが望まないことの合間を探して、あたしが河野さんのことを好きになれるように」
河野さんは数秒黙って、なにかを考えるように目を瞑っていた。
ちょっと上からすぎたかな、と思っていると、彼女のはっきりとした声が返ってくる。
「わかった。あと一年、八垣さんに振り向いてもらえるように努力する」
「……そう」
河野さんは諦めないことを決めたようだった。
あたしはそういう風にはなかなかできない。進路だって、学力がなくて就職に変えたくらいだ。あたしの諦めはかなり早かった。行きすぎなほどに。
「だから、電話番号交換してほしい」
ぐっ、と突き出された河野さんの手には、最新のスマホがあった。腕はスマホの重さからか、小刻みに揺れていた。
「わかった」
受諾してあたしもポケットから携帯を取り出す。
あと一年。
猶予つきの、短い時間。
あたしと河野さんの、高校三年生生活が、今、始まろうとしていた。
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