わたしの大好きなお姉ちゃん
お姉ちゃん大丈夫かな。
居間の掃き出し窓から見る灰色の空は今にも落っこちてしまいそうで、わたしは気をもんでお姉ちゃんの帰りを待っている。トイレの蛍光灯がついに切れてしまって、近くのスーパーまでお使いに行ったのだけど、お姉ちゃんは不用心にも傘を持たずに家を出ていた。
お母さんは、少しくらいの雨なら平気よ、とは言うけれど、もしもタイミング悪く雨に降られてしまったらお姉ちゃんが風邪を引いてしまうかもしれない。やっぱり一緒について行くべきだったんだ。
「お母さん、やっぱりわたし心配だからみてくる」
居間を出て、玄関にある傘を持ったわたしは、休日用のスニーカーを履いてドアを開いた。その瞬間、フワッと雨の香りがして、目の前を雨粒が落ちていった。
わたしは傘を差して近くのスーパーに向かう。雨は次第に強くなり、バチバチと道路に打ちつけ、傘の露先から雨だれが壊れた水道管のようにしたたり落ちた。
きっと今頃、お姉ちゃんはどうしようかと困っている。早く行ってあげないと。
逸る気持ちは、わたしの歩みを早くした。
思えばいつも、わたしはお姉ちゃんのことを考えるようになっていた。二つ年の離れたお姉ちゃんは、見本のような存在で、わたしはそれを間近で見て育った。
なんでもできるように振舞うお姉ちゃんだけど、その実不器用で、失敗ばかりしていた。
高校生になった今も、表には出さないけど色々と苦労しているみたいだ。部屋でひとりきりになっているところをたまたま覗いてしまった時、わたしの身体をぎゅっと締めつけるような苦しさに襲われた。あんなお姉ちゃんは見たくない。それ以降、わたしはお姉ちゃんの表面だけを見ることに徹した。
スーパーの向かいにある横断歩道を渡り終え、出入り口に近づいた。
まだ買い物をしているだろうか、と思っていると、視界の隅にある駐輪場の屋根の下に、お姉ちゃんの姿をみつけた。やっぱりこの雨では帰れなかったみたいだ。
近くに行くと、お姉ちゃんはこちらに気がついたみたいで、困ったように眦を下げてわたしの名前を囁いた。右手にレジ袋を持っている。どうやら買い物は済んでいるみたいだ。
わたしは微笑んで返事をした。
ごめんね、迎えに来てもらっちゃって、と言うお姉ちゃんに、わたしは首を横に振って答えた。無理をしてずぶ濡れで帰ってくるよりずっとマシだよ。
さあ帰ろ、と言ったわたしは、あれ? と傘を持たないもう一方の手で空気を掴んだり放したりした。しまった、一つしか傘を持ってきていない。
お姉ちゃんの顔を見ると、屈託なく表情を緩めて、平和そうに笑っていた。落ち込むわたしを真っ白な羽毛のようにお姉ちゃんの優しさが包み込んだ。やっぱりお姉ちゃんには笑顔がとてもよく似合う。
お姉ちゃんはわたしから傘を持っていくと、バッと勢い良く差し、振り向いてわたしの名前を呼んだ。相好を崩したお姉ちゃんは、
「おいで」
とわたしを傘の下へと招く。
わたしは破顔した。
「うん!」
お姉ちゃんに寄り添うとなんだか温かく感じた。
不器用なお姉ちゃんは、誰よりも優れたものを二つだけ持っている。ホットミルクのように温かく甘い包容力と笑顔。それは、気負いすることなく見られる、お姉ちゃんの心の中。
わたしは、お姉ちゃんに軽くもたれかかり、ぬくもりの傘の下、冷たい雨のベールの中をくぐっていく。
今日だけはずっと雨でもいいかな。わたしは密かにそう思った。
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