ヒトコマ
ゆお
梅雨前線は不器用
彼女と喧嘩をしたあの日は、静かな雨が降っていた。それほど色は濃くない雲だけれど、雨は絶えることはなく、それが永遠に続くのだとわたしは勝手に思い込んでいた。
季節は梅雨。太陽はあまり顔を出さない。言わずもがな。
机に頬杖をつき、窓を見る。薄暗い教室のせいで、わたしの姿がぼんやりと映し出された。不貞腐れて歪んだ表情の自分が、自分を見つめている。窓のところどころには雨滴がついていた。
上靴で床を踏みつける。湿気を孕んでいるせいか、その滑りは悪かった。
彼女と喧嘩をしたのはもう何度目か、わたしは覚えていない。喧嘩するほど仲が良いとよくいうが、親しき中にも礼儀ありともよくいう。よくいうけれど、わたしはどちらの諺も嫌いだ。
喧嘩の種は大したことではない。原因は鬱屈とするこの雨だ。
今日、わたしは傘を持参していた。変わって、彼女は傘を持ってきていなかった。
わたしとの性格の違いや、彼女が気象予報を見てこなかった経緯はある。彼女は何にしても大雑把な性格なのだ。手先は不器用で料理はヘタクソ。気が短く、言動は直接的。その上頑固。
傘を持っているから一緒に帰ろうかと誘っても、彼女はわたしの気遣いを無下にする。
そんなに雨に濡れたきゃ一人で帰れ! とわたしは捨て台詞を吐いて、教室へ引き返した。彼女は何も言ってはこなかった。
そろそろ彼女は帰っただろうか。わたしは椅子から腰を上げ、窓越しに雨の降る世界を見下ろした。窓に手をつくと、輪郭に沿って水蒸気がこびりついた。
無難な色の傘の中には、極彩色やパステルカラーが混じっている。中にはクローバーや、苺のワンポイントの入ったものまである。わたしは暫くの間、銘々に広がる傘達を観察していた。
カチッ、と壁掛け時計の長針の動く音に、わたしはそろそろ帰ろうかと思う。
机に置いた鞄を手に持ち、閉め切った扉を片手で開ける。廊下に出るとじめっとした感覚がました。自分の眉根に微かに力が入る。払い除けたくなる気持ちを抑え、昇降口を目指す。
木製の下駄箱が見え、辺りが閑散としているところを見ると、彼女も既に帰ってしまったのだろう。もやもやした感情が雨雲のように、わたしの心に被さる気がした。
忘れよう。自分のクラスが割り振られた下駄箱の列に入ると、空きが目立つ傘立ての端に、座る女子生徒の姿を見つけた。
気配に気がついたのか、女子生徒はおもむろに振り返った。
彼女だった。
きまり悪そうに彼女は微笑を浮かべた。
なんでまだここにいるの? と問い質したかったけれど、わたしは躊躇した。彼女の手の中にはわたしの傘があったから。
ごめん。彼女はそう呟いた。
不器用な彼女は、素直で頑固なのだ。
頬掻く彼女の姿を見ていると、何故だか笑顔が零れ出た。手早く外靴に履き替えると、わたしは彼女から傘を取り返した。
眉尻を下げる彼女を振り返り、わたしはその場で傘を広げる。デザインは無難だが、女子二人が入るには十分すぎる大きさだ。柄をくるくると回しながら、傘を垂直に立てる。
行くよ。
わたしの声に、彼女はようやく歩き出した。
まだ雨は粛々と降り続ける。粒の小さな、遠慮がちな雨達。そのどれもが、最初は薄墨色の中にいたんだ。空をどこまでも埋め尽くして。
もしも雨が止んでいたら彼女はどうしていただろうか。
梅雨前線は不器用だ。わたしは密かにそう思った。
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