両親に会うにはまだ早い?
えーーっとはい。えーっと。……これはどういう状況でしょうか?
目を覚ました俺が最初に見たのは右目に大きな傷のある漆黒龍が
「父上! どうしてマシロを食べようとするのだ! さっきも言った通りマシロは私の大切なつがいなのだぞ! それなのに食べようとするなんて父上は最低なのだ!」
人形態のクローナさんは自分よりも数十倍は体躯あるドラゴンを正座させて怒鳴っている。
話を聞いている限り、クローナさんが怒鳴っているドラゴンはクローナさんのお父さんのようだ。
じゃあお父さんの隣でニコニコと微笑んでいる優しそうなドラゴンは恐らくクローナさんのお母さんかな?
「……」
クローナさんのお父さん(仮)は、床に這いつくばるような体勢のまま薄目を開いて状況を確認している俺へと手を伸ばす。
今、若干目があったような気が……。
「どうして注意されてすぐに無言でマシロへ手が伸せるのだ! 何度も食べちゃダメって言ってるであろうに……バカ父上! 父上なんて大嫌いなのだ!」
「……ぐぬっ」
俺が目覚めていることに気づいていないクローナさんは無言で手を伸ばしたお父さん(仮)を罵倒する。
彼女の拒絶が少し効いたのか無表情だったお父さん(仮)が辛そうな顔をして僅かに唸った。
まぁ、娘に嫌いって言われるのは辛いよな。俺は子供どころか家族の記憶もないから想像だけど。
「ふっ、少し前に言ったことも守れないなんて、父上はボケたのだな。もしかすると昨日なにを食べたかもわからないのではないか?」
「……んぬぅ」
クローナさんは嘲るように鼻で笑ってお父さん(仮)を小馬鹿にする。
お父さん(仮)は先程と同じく小さく唸っただけでなにも言い返しはしなかった。
それにしても、目に大きな傷のあるドラゴンが小さなクローナさんに正座をさせられ怒鳴られている様子はなんともいえない面白さがあるな。
「くっ、くくっ」
俺はつい我慢が出来ず笑ってしまう。
「んっ?」
笑い声が聞こえてしまったのか、守るように俺を背にして立っていたクローナさんが怪訝そうな顔をしながら振り返る。
まずい、目覚めていない振りをしていたのがバレたら俺も怒られるかもしれない!
「マシロ……?」
地面に伏せる俺の元へゆっくりと近づいてくる。
ど、どうしよう。起きた方がいいかな? それともこのまま目覚めていない振りを続けた方がいい?
じわじわと近づいてくるクローナさんのプレッシャーを受けながら俺は迷う。
余程焦っていたのか、渇いたミイラからは流れるはずのない冷や汗を背中に感じた気がした。
「おい、マシロ。起きているのか? おーい」
俺の元までたどり着いたクローナさんはその場でしゃがみ俺の頬をツンツンとつつく。
「…………」
どうするべきか悩んで未だ決断出来ずにいた俺は、とりあえず無言で目を瞑り固まった。
「なんだ、まだ起きてないのか」
「……」
クローナさんは頬をつつくのをやめて立ち上がる。
あっ、ダメだ。なんか今を逃したら起きるタイミングが無くなる気がするぞ。
俺は咄嗟に根拠のない不安に駆られ起き上がることを決断する。
「……んっ、んん!! こ、ここは!?」
まさに今目覚めたばかりだとクローナさんを含む目の前のドラゴン達に見せつけるように俺は精一杯演技をしながら上半身を起こす。
「……はぁぁぁ」
眼前でその一部始終を見ていたクローナさんはなぜか深く重い溜め息を吐いた。
「あのクローナさん?」
な、なんだ今の溜め息は! ま、まさか俺の完璧な目覚め演技を見破ったとでもいうのか!?
「マシロ、わざとらしいのだ」
ですよね。自分でもやっちゃった感はありましたよ。
「まったくいつから起きていたのだ?」
「えっと、クローナさんがどうしてマシロを食べようとするのだって怒鳴っていた辺りからです」
隠す必要もないので正直に告げる。
「ほぼ最初からではないか。それならどうしてもっと早く起きなかったのだ」
「さすがに目覚めてドラゴンさんに囲まれていたら起きるのを躊躇しますよ」
実際、
「はぁ……。マシロ、私は悲しいぞ」
クローナさんは嘆息して呆れたように頭を左右に振る。
「ドラゴンが怖いのはわかるが、貴様のつがいは私であろう?」
「はい」
「だったらドラゴンが居ようと冒険者が居ようと堂々としているのだ。万が一危なくなってもつがいの私が守ってやるのだ」
「クローナさん……」
俺のつがい、本当かっけぇ。惚れ直すぜ。
だけどだからこそ彼女には言えない。
本当はクローナさんがお父さんをお説教しているのが面白かったから起きなかったなんてことは絶対に。
「ほら、立てるか?」
俺が立ち上がりやすいように手を差し伸べてくれる。まったくいちいち優しいドラゴンさんだぜ。
「ありがとうございます」
俺はお礼を言いながら彼女の手を借りて立ち上がる。
本当にクローナさんのつがいになって良かった。
「それでマシロ、起きていたということは状況はある程度わかっているのか?」
「正直ドラゴンさん達がクローナさんのご両親っぽいってこと以外はあんまりわかってないです」
話を聞いていた限りほぼクローナさんの両親で間違いないと思うけど、断言はできない。もしかするとお父さん(仮)の隣で微笑んでいるドラゴンはお母さんじゃなくてお姉さんかもしれないしな。
「わかった。それならちゃんと二人を紹介してやるのだ」
クローナさんは正座するお父さん(仮)とニコニコと微笑むお母さん(仮)の間に立つように移動し、俺の方へ向き直る。
「じゃあ改めて、こっちの顔に傷のある怖い顔のドラゴンが私の父上でこのダンジョンのマスター、クロノス・クロスである」
「よろしくお願いしますお父さん。マシロです」
目の前で正座するクローナさんのお父さん、クロノスさんに頭を下げる。
「……貴様にお父さんと呼ばれる筋合いは無いのだ」
だが抑揚のない冷淡な声で拒絶されてしまった。
「す、すみませんでした」
確かにどこの馬の骨ともしらないミイラにいきなりお父さん呼ばわりされたら嫌だよな。
反省し、今度は謝罪の意味を込めて頭を下げた。
「もうクロノス君ったら、せっかくクローナちゃんが連れてきてくれたマシロさんにそんな態度をとったらダメですよ。マシロさんが可哀想でしょう? マシロさんは気にせず頭を上げてください」
頭を下げたままでいると大きな尻尾で優しく身体を起こされた。
「え、えっとあなたは?」
俺は尻尾の持ち主であるドラゴンに尋ねる。
「私はエレーナ・クロス。クローナちゃんのお母さんです」
すると彼女はにっこりと笑って自己紹介をしてくれた。
な、なんだこの神々しさはこれがお母さんというものなのか。
「まったく、クロノス君は器が小さいんだから。クローナちゃんが好きならクローナちゃんが連れてきてくれたマシロさんとも仲良くしなさい」
俺に優しく微笑んでくれたかと思えばエレナさんはすぐにクロノスさんへのお説教を始めた。
「だ、だが!」
「だがではありません。器の小さいクロノス君はそのままそこで反省してなさい」
エレナさんはクロノスさんを嗜める。
「ん、んぬぅ……」
クロノスさんは唸るだけで反論することが出来ず、エレナさんに言われた通りに正座をしたまま黙り込んでしまう。
俺も将来こんな風にクローナさんから怒られるのかな?
「母上も私が紹介したかったのだ……」
遠い未来へ想いを馳せていると、クローナさんが残念そうに呟く。
「じゃ、じゃあエレナさんがどんな方かクローナさんが紹介してくれませんか?」
「そうですね。クローナちゃんお願い出来ますか?」
俺の提案にエレナさんも乗っかってくれる。
「ふっふっふ。そこまで言うなら望み通りに私が紹介してやるのだ」
落ち込んだ様子だったクローナさんは火を近付けられたスライムのように頬をゆるゆるにしてにやけながら偉ぶってみせる。
本当チョロいドラゴンさんだ。まぁ、そこが可愛いんだけどな。
「ふふふ」
エレナさんも同じ気持ちなのか、クローナさんを見て穏やかに微笑んでいる。
「私の母上、エレナ・クロスはすごく、すごーく優しいのである。私がダンジョンの外に出たいと言ったときも許してくれるし、ダンジョンの外でなにかあったら飛んできて守ってくれるのだぞ。それに母上は父上みたいにマシロを邪険にしないし、父上よりも強くて頼れる素晴らしいドラゴンなのだ。私も大好きである」
「ふふっ、そんなに褒められたら少し恥ずかしいですね。私もクローナちゃんのことが大好きですよ」
「母上~」
余程エレナさんに大好きと言われたのが嬉しかったのか、クローナさんは甘え声を出してエレナさんの尻尾に抱き付く。
「ふふふふ、クローナちゃんは相変わらず甘えん坊ですね」
エレナさんは包み込むような微笑みを浮かべ、クローナさんを実際に長い尻尾で包み込んでいる。
「んぬぬぅぅ」
すぐ隣ではクロノスさんが正座をしながら羨ましそうに2人を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます