チョロいと言うにはまだ早い?
「……い……きろ! 起きるのだ!」
「……っつ!」
頬に強い衝撃を感じて俺は飛び起きる。
「あうっ!」
「痛っ! な、なんだ!?」
な、なんか固いものにぶつかっ――
「ぎゃあぁぁぁぁ! ひ、
目の前で人族の女がおでこを押さえながら俺を睨んでいる。
俺は慌てて人族の女から距離をとった。
ダンジョンの中にいる人族は十中八九冒険者だからだ。
「な、なぜ逃げるのだ!」
「なんでってそりゃあ逃げるでしょ! だってあんた俺を殺す気なんだろ!」
モンスターを殺して解体し、素材を取って持って帰る。それが冒険者だ。
逆にどうしてモンスターの俺が逃げないと思ったのかを聞きたい。
「た、確かに尻尾で叩いてしまったが、私は誇り高きドラゴンであるぞ。一度した約束を故意に破ったりなどしないのだ」
「えっ、ドラゴン? 人族じゃなくて?」
「はぁ? 人族? 貴様はなにを言っておるのだ? どうみても私は美しい漆黒龍であろう?」
どうみても人族なんですが?
でも漆黒龍ってことは……。
「ま、まさか、クローナさんですか?」
「まさかとはなんなのだ。どこからどうみても私がクローナなのだ」
自信満々に豊満な胸を張ってクローナさんは偉ぶる。
落ち着いてからよく見ると彼女は一糸纏わぬ姿だった。
「……はぁ」
「な、なに溜め息を吐いているのだ!」
やれやれ、このダメドラゴンさんは自分の姿がどう見えているかなんて全然気にしてないんだな。
そうじゃなかったらこんなに恥ずかしげもなく恥部を晒せないよ。
「クローナさんが美しいのはよくわかりましたからとりあえず前を隠して下さい。そのままじゃ目のやり場に困ります」
「そうであろうそうであろう。私が美しすぎて目のやり場に困……って、コラ! み、見るでない! この変態包帯男!」
満足そうに頷いていたかと思えば慌てて恥部を手で隠すクローナさん。おまけの罵倒も忘れない。
まったく自分で見せといて理不尽なドラゴンさんだぜ。
「それでどうしてクローナさんはそんな姿になっているんですか?」
「んぬぅ、私の裸を見ておいて冷静なのが気にくわぬがまぁ良い。答えてやるのだ。だがその前に……」
クローナさんは突然その場でくるりと回る。
「おぉー、すごいですね」
回り終わると全裸だった身体に上下で繋がった黒い衣服を身に纏っていた。
なんだかヒラヒラしていてミルキーバットの羽みたいだ。
「ふっふっふっ。そうであろう? これはワンピースという名の衣服らしいぞ」
自慢気に笑い、クローナさんは見せつけるように再びくるくると回る。
回転の勢いで裾が翻って柔らかそうなお尻が少し見えていた。
「らしい?」
「うむ。らしいである。空の上から街を眺めた際にそこの住人が言っていたのを聞いただけだから聞き間違えをしているかもしれないからな」
「へぇー……えっ? 空の上からってことはダンジョンの外に出たんですか?」
「あぁ、私はここのダンジョンマスターの娘だからな。ダンジョンの出入りなんて思いのままなのだ」
「はっ? く、クローナさんがダンジョンマスターの娘?」
あまりに予想外の言葉に理解が追い付かない。
「そうなのだ。私はこのダンジョンのダンジョンマスター、クロノスの娘である。同じ漆黒のドラゴンなのだ。見ればわかるであろう?」
クローナさんはさも当然のように言うが、俺はこのダンジョンのマスターが漆黒のドラゴンであることをまず知らない。
なのでクローナさんを見ても「うわぁ、ドラゴンだぁ。食われるぅぅ」ぐらいしか思わないのです。
「わかりませんよ。俺は自我に目覚めたばかりで自分の名前すらわからないんですから」
「あぁ、そういえばそうであったな。まったく呼び名すらないなんて面倒なやつめ」
やれやれといった様子で頭を左右に振る。
呆れられても覚えていないんだから仕方がない 。
「とりあえず俺の呼び名は後で決めるとして、先にクローナさんが人型になっている理由を教えて下さい」
このまま話を続けると、「ダメミイラ」だの「真っ白ダメ男」だのとねちねち嫌味を言われそうな気がしたので俺は話題を変える。
「呼び名を決める方が重要な気もするがわかったのだ。私は優しいから貴様の望みを先に叶えてやろう。感謝するのだぞ」
「は、はぁ、ありがとうございます」
ふんぞり返って偉そうに告げるクローナさんに俺は一応頭を下げて感謝の意を示す。
すると彼女は満足そうに笑ってからこほんと咳払いをして話し始めた。
「私がなぜ人型になっているのか。それは貴様のサイズに合わせた方が私が話しやすいからなのだ。断じて貴様の為ではないのだ。勘違いするなよ、私が話しやすいからなのだぞ! 貴様の為ではないのだからな! 勘違いするでないぞ!」
説明している最中に唐突に腹が立ったのかクローナさんは頬を赤く染めながら段々と激しい口調になって捲し立てる。
「別に2回言わなくても勘違いしませんよ」
「う、うるさい! 貴様の頭では理解出来ないかと思って2回言ってやったのだ! このバカ!」
理不尽にバカ呼ばわりされてしまった。
まったく失礼な人だ。俺はバカなんかじゃないぞ。あっ、あんな所に蝶々が、わーーい!
なんだミルキーバットの亡霊か。
「な、なぜ突然走り出したのだ? や、やっぱりバカなのか?」
若干俺から距離を取りながらクローナさんは可哀想なものでも見るように生暖かい視線を向けてくる。
おいおい人をそんな目で見るなんて悪い人だな。危うく号泣するところだったじゃないか。
「なんでもないです。ちょっと親の面影を追いかけただけです」
「なぜ唐突に親の面影を追いかけたのだ。そんなことよりも今は貴様の呼び名を考えることの方が重要であろう。そもそも親を覚えているなら自分の名前も覚えて」
「冗談です。親のことなんて一切覚えていません」
俺は食い気味に自らの言葉を否定する
「どうして貴様はそんなわけのわからない嘘を吐くのだ! はっ倒すされたいのか、このバカタレ!」
ミルキーバットの亡霊が見えてなさそうだから適当に冗談を言ったらすっごい怒られました。
「ごめんなさい」
今回はどう考えても俺が悪いので素直に謝る。
「んぬぅ、そう素直に謝られるとなにも言えないではないか」
「ごめんなさい。俺が悪かったです。足でも舐めたら許してくれますか?」
「き、気持ち悪いわ! ゆ、許すからおかしなことをしようとするでない!」
「わかりました。もうしません」
へっ、チョロいドラゴンさんだぜ。
「貴様、今笑わなかったか?」
「ま、まさかぁー。反省しているのに笑ったりしませんよぉー」
「ふーん、まぁ良いわ」
焦ったぁぁ。危うくぶちギレたクローナさんに挽き肉にされるところだったよ。
やっぱり調子に乗るのは良くないな。
「すみませんでした」
「もう良いと言っているであろう。ほら、さっさと貴様の呼び名を決めるぞ。私は名前で呼ばれているのにいつまでも貴様貴様と呼び続けるのは嫌なのだ」
クローナさんはそっぽを向いていて話し方もどこか素っ気ない。
だが、ちゃんと俺の呼び名を考えてくれようとしていてやっぱり優しいドラゴンさんなんだなと思った。
「はぁ、考えるの面倒だしもう真っ白の包帯でくるまれているからマシロでいいのだ」
前言撤回。本当に面倒くさそうにしてただけでした。
でも……。
「マシロ……か」
一応、自分で呼んでみる。
不思議とまったく違和感がない。
「マシロじゃ嫌か?」
クローナさんに呼ばれてもやっぱり違和感はない。
それどころか昔からその名が自分の一部であったかのような感覚すらあった。
「いえ、気に入りました。今日から俺はマシロです」
「そうか。それは良かったのだ。それじゃあマシロ。これからよろしく頼むのだ」
クローナさんは俺の名前を呼んで手を差し出す。
「はい。こちらこそよろしくお願いします。クローナさん」
俺はその手を握って彼女の名を呼んだ。
彼女の手はドラゴン形態の時とは違いぷにぷにしていて柔らかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます