食事というにはちょい怖い?

「な、なんとか助かった」


 あ、危うく押し潰される所だったぞ。


 あの後なんとか仲間の山から抜け出した俺は、なにも映さず濁った遠い目をしていたはずの仲間達からこの獲物だけは逃してなるものかという熱意を宿した瞳で見つめられながらの熱烈な追跡から逃れるために、死に物狂いでダンジョン内を駆け抜け、やっとの思いで危険のなさそうな部屋までたどり着いていた。


 広くて見通しがいいので敵が現れたらすぐにわかる。……と思う。あんまり自信はないけど。


 でもなにより念願だった水場だ。すぐそこに湖がある。たぶん、きっと、これほど良い逃げ場所は中々見つからないだろう。


「仲間に襲われたのは正直傷付いたけれど、結果的にここに来られたんだから良かったと思おう。うん。でないと悲しくて泣きそうだ。ミイラだから涙は出ないんだろうけど」


 心の底から信じていた同族に裏切られ、ただいま傷心中の俺だが、彼らは俺の仲間だったんだという確証を得るため湖に近づく。

 これでミイラじゃなかったら傷心も自虐も的外れでものすごく恥ずかしい。


「頼むからミイラであってくれよ……!」


 既に仲間からも裏切られ、誰から馬鹿にされるわけでもないのに、俺は強い願いを込めながら歩みを進める。


 もちろん周囲の警戒は怠らない。

 今、冒険者にでも遭遇しようもなら、命取りだからな。


 ゆっくりゆっくりと安全を確認しながら進み、無事、湖畔までたどり着く。


「――ごくっ」


 緊張で溜まった唾を飲み込み、俺は恐る恐る水面を覗いた。


 ……ん? 唾? ミイラなのに?

 ま、まぁいいや。と、とりあえず顔を確認しよう。

 だいぶ疑問に思いながらも、気を取り直して水面に目を戻す。


 「…………」


 映っていたのは目元と口元以外を汚れひとつ無い真っ白な包帯で包まれた男の姿だった。

 呼吸を出来るようになのか、鼻の穴は塞がれていない。


「これはミイラってことでいいのか?」


 仲間達と比べて目と唇が乾燥していないようにも見える。他の仲間よりも自分の肌が瑞々しい気がしたのは間違いではなかったみたいだ。


 口の中も赤黒い粘液とは違って透明でサラサラした液体だ。

 身体を覆う包帯も仲間と比べると綺麗過ぎる。


「見た目はただ冒険者が包帯でぐるぐる巻きにされたのと変わらないような気もする。でも、俺には微かにミイラ男として冒険者を襲っていた記憶があるんだよなぁ」


 ミイラだと決め付けるにしては他のミイラと違い過ぎる。

 人族だと断定するには怪我もしていないのに全身を包帯で巻かれた状態でダンジョン内に放置されていたのも変だし、なによりミイラとしての記憶があるから辻褄が合わない。


 やっぱミイラ男の変異種ってことなのかな?

 でも変異種なら一応ミイラ男なわけだし仲間には襲われないよなぁ……。


「はぁ……。結局俺はなんなんだ」


 せっかく水場を見つけて顔を確認したのに余計にわからなくなっちゃったよ 。


「やめやめ。考えてもわからないのに暗くなってても意味無い。切り替えてこれからどうするかを考えよう」


 顔を軽く叩いて自らを鼓舞する。

 包帯の巻かれた俺の肌でもぱぁんと小気味の良い音が鳴った。


 だが思ったより叩くのが強かったのか、音は壁や天井で反射し、ダンジョン内に響き渡る。


 すると、その音に呼応するように水面にいくつもの波紋が現れ、奥からミルキーバットの群れが飛んでくる。

 一糸乱れぬ動きで固まって飛ぶ彼らは巨大な白い蛇のようだ。


「やばっ」


 俺は慌てて湖から離れ、この部屋で唯一隠れられそうな岩陰に身を隠す。


「グオォォォン」

「「「ミルキィーンミルキィーンミルクイィィーン」」」


 バレないように息を殺して隠れながら様子を確認すると、なんと湖から複数の長い口が飛び出し、ミルキーバットの群れを美味しく頂いているではありませんか。

 

「は、離れてて良かった」


 安堵しつつも、俺は自分の出した音が原因で食べられたミルキーバット達に思いを馳せる。


 ごめんよミルキーバット。そしてありがとう。匂いだけでもすごく美味しかったよ。


 そっと手を合わせて静かに黙祷する。

 

 その間も湖ではまだ水生モンスター達によるお食事会が行われていた。


 ほ、ホントごめんよ。


 まるで絶対に忘れんじゃないぞと告げるように、ミルキーバットのとろけるような甘い香りと儚げな鳴き声が部屋を埋め尽くしていた。


 「「「ミルクウイィィィーン!」」」

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