ミイラと呼ぶにはまだ早い?
風呂上がりの熊
仲間と呼ぶにはまだ早い?
「我の眠りを妨げたのは貴様か?」
漆黒の鱗に身を包んだドラゴンが不機嫌そうに唸る。
筋骨隆々のミノタウロスですらひと噛みで葬ってしまいそうな鋭い牙をギラつかせ、深紅の双眸で
体長は優に俺の10倍以上。最も長い牙は俺の身長を越えている。
それだけで俺とドラゴンとの間に圧倒的な体躯の差があることがわかるだろう。
そうなると必然的に目の前の鼻孔から吹き出される生暖かい風も俺にとっては脅威であり、踏ん張っていないと立っていることすらままならなかった。
だけど俺はなぜかこの状況に全く恐怖を感じていない。それどころか少し余裕すらあった。
「別に眠りを妨げようしたわけではないですよ。けどあなたの鼻にぶつかったのは俺です。ごめんなさい」
ほら、その証拠に全く動揺せずに謝罪ができている。
もしかするとドラゴン相手になにをしても無駄だと本能が匙を投げたのかもしれない。
けど怯えて何も出来ないよりはだいぶましだから良しとしよう。
「ほう。我の姿を見ても恐れずに自らの非を認めるとは面白い」
素直な謝罪が良かったのか不機嫌そうだったドラゴンさんも少しだけ機嫌が直ったように見える。
ナイスだ本能。お前のおかげで即死は免れたぞ!
「あっ、でも部屋の入口に顔を置いて眠るのはやめた方がいいと思いますよ? 正直ぶつかってくれって言っているようなものだし」
おい本能、しっかりしろ! そんなこと言ったら食べられちゃうだろ馬鹿野郎!
「それは我の眠る場所が悪かったと言っているのか? そのうえ、貴様は我がその程度のことにも気づかないバカだと?」
ほら見ろ怒った! 今にも食べられちゃいそうじゃないか! 全部お前のせいだぞ本能!
「貴様の度胸に免じて許してやろうと思ったが、バカにしおって! もう許さん! 喰ってやる!」
予想通りというか予定通りというか、ドラゴンは無慈悲に口を開けて迫ってくる。
ふっ、なにをしても結局はこうなる運命だったのさ。ごめんよ本能。仲良く逝こうぜ。
この状況でも全く恐怖を感じず、それどころかずっとふざけたことを考えられる自分にびっくりだ。双眸とか鼻孔とか難しい言葉を使った反動かな?
どうせ食べられるのならと自らを食すドラゴンの口を観察する。
うわぁ、すごーい。全然汚れていないやぁ。
こーんなに綺麗なお口を僕なんかで汚すのはもったいないよぉ。
あれ、なんか脳内の喋り方が子供みたいになってるんだけどこれも本能のせい? なんか一人称も変わってるんだけど、えっ、俺の本能ってこんなに幼いの?
いやまぁ、確かに自我が目覚めたのは今朝だけどもさ。
――って忘れてたわ!
俺まだ自我が目覚めて1日じゃん!
さすがにそんなにすぐ死にたくない!
だ、誰か助けて!
そう思った瞬間、固く締められていた手首の包帯がほどけた気がした。
◆◆◆
――時は戻って今朝。
眠りから目覚めた俺には自我があった。
仲間達はまるで誰かに操られているかのようにダンジョン内を徘徊している。
皆同じところをぐるぐるぐるぐる。
昨日までその中の一体であったはずなのになぜ俺は自我に目覚めたんだろう?
昨日までのおぼろげな記憶にはこれといって原因のようなものは見つからない。
他の仲間と同じようにぐるぐると徘徊し、冒険者に出会えばファインディングポーズをとって戦いに挑む。時間が来れば住処のモンスターハウスに戻って眠り、目覚めたらまたぐるぐると徘徊するのを繰り返す。
別に仲間達と比べて特別なことをしていたわけでもなければ誰かに改造を施された記憶があるわけでもない。
「なのになんで俺だけ?」
理由が全くわからない。
「というか俺はどうして喋れるんだ?」
教わった記憶も周りに喋る仲間が居たわけでもない。それなのに言葉の意味を理解して喋れているのはなんでなんだろう?
「んー?」
当然、なんの手がかりもないので考えても答えは出ない。
「そもそも本当に皆の仲間ってことで良いのかな? もしかして違う種族だったりしない?」
一応目の前でうろつく仲間の一体に目を向け、自分と見比べる。
うーん。俺の肌の方が瑞々しい気はするけれど、見えている肌なんてほとんどないに等しいから比べる意味も無い気がする。
目と口は全員見えているけど、ここじゃ自分の顔を確認することも出来ないしなぁ。
「……どうせ考えてもわからないんだしもういいか」
水場があったらその時に確認しよう。
でもその前に――
「一応他に自我が目覚めた仲間がいないか探してみよう」
もし居たら事情がわかるかもしれないしな。
「えーっと、どれどれ?」
「あぁぁ」
「あぐあぁ」
「うがあぁぁ」
口から垂らしてる赤黒い粘液を誰一人として拭こうともしない。それに、皆そこはとなく遠い目をしてる。
うん。とりあえず見えている仲間は全員自我なんてなさそうだ。残念。
「仕方ない。場所を変えるか」
一応自分の口元を腕で拭ってから、歩き出す。
良かった。なにもついてない。
「……ん? なに? なんで皆こっち見てるの?」
動いた瞬間なぜか近くにいた仲間が全員こっちを向いた。
えっ、俺なにかしましたか?
「ああぁぁぁおぉぉお!!」
「うがぁぉあおぉぉ!」
「ぐおぉぉあぁぁ!」
「えっ、ちょっ、まっ、ぎゅあぁぁぁああぁ!!」
突然凝視され固まっていたら、心の底から仲間だと信じていた彼らがいきなり襲いかかってくる。
俺はなすすべなく覆い被さられ、そのまま押し倒された。
「お、重い! 重いってば! な、なんで攻撃の仕方が皆で覆い被さるだけなんだよ! どうせなら包帯使って攻撃してくれよ! 俺達ミイラ男なんだからさぁ!」
そう、俺はミイラ男。包帯でぐるぐる巻きにされ、ダンジョンをぐるぐる徘徊させられる悲しきモンスター。
そのはずなのに、突然自我が目覚めて仲間のミイラ達から襲われている。
……ねぇ、皆、もしかして俺ってミイラじゃないの?
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