第7話 怪物との戦闘
歳星館の前は大騒ぎだった。歳星館は大通りに面しており、人の往来が激しい場所にある。なので、そこを行き交う人々が大騒ぎしているわけだ。みな、阿鼻叫喚の有様でそれから距離を空けていた。
そう、『それ』から。『それ』は怪物だった。真っ黒な体、長い腕、長い牙、目は真っ赤で燃えるようだ。そして、でかかった。明らかに一般家庭の家屋以上の大きさ。歳星館を前にしても見劣りしない巨体だ。その怪物が歳星館の門に殴りかかっているのだ。殴るたびに衝撃が起き、それの度に人々は叫んだ。巨大な怪物が街中で暴れている。人々はそれだけで恐怖に支配されていた。
『gruuuuurrrr』
怪物は唸りながら何度も何度も門を殴りつけている。しかし、驚くことにこんなに巨大な怪物に殴りつけられても門はびくともしていなかった。殴りつけられる度、表面に光る文様が浮かび上がっている。魔術に対する障壁が発動しているのだ。
歳星館は魔導書の蔵書館だ。その蔵書室には山のように魔導書が収納されている。それはひとつひとつが持つものが持てば絶大な力を得る書物であり、つまりは危険だった。なので、ここは絶対に侵入者を許してはならないのだ。そういう事情で歳星館は物理的な襲撃は元より、魔術に対する襲撃に対しても絶対の防御力を持つ要塞のようになっている。各種セキュリティ、侵入者を拘束、排除するからくり、館のいたるところに迎撃用の装備が備わっているのだ。
『grrrrrrrrraaaa!』
怪物はじれったくなったのか雄叫びを上げながら拳を連打した。しかし、やはりそれでも門はびくともしなかった。まったく壊れる気配が無い。歳星館の守りはこの程度では崩れないのだ。
「やってくれたわね」
そう言ったのはカナタだ。門の見える木立の陰から怪物を睨んでいる。側にはハジメも居た。
「なにがだよ。あれならあいつ入ってこれそうにないじゃねぇか。このままやり過ごせるんじゃねぇのか」
「そういうことじゃないのよ。あいつがここを襲撃したってことはもう世間に広まっちゃってるわ。ということは残罵の狙いがここにあるってバレるってことよ。明日には超対が来るわよ。魔導書についても調べるに決まってる」
「金の心配かよ....」
カナタは怪物のせいで自分たちの場所に超対が乗り込んできて魔導書を押収される心配をしているらしかった。ハジメは呆れるのだった。
『gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』
怪物は咆哮し、全力で門を殴りつけた。すると、門の文様が一際大きく輝いた。
「やるわねあの化物。今の攻撃、門の耐久限界のかなりいい所まで行ってたわよ。このまま明日の朝まで殴れたら障壁にも綻びが出るかもね」
「そんなこと出来ないだろ」
「そりゃあね。でも、放っといたら何かしでかす可能性もあるわねぇ.....」
カナタは顎に人差し指を当てて考え込んだ。
と、そんな二人の後方で足音がした。二人が見ればツカサだった。風呂上がりで頭にタオルを巻いていた。こんなことが起きているのに余裕の様子だ。あの怪物にこの館を攻略されるなどとは毛ほども思っていないらしい。そして、実際その自信の通りなのだ。
「なにをしているのですこんなところで」
「野次馬よ野次馬」
「官公庁に連絡を入れました。迎撃術式を起動します。一般人の避難も始まっています。あなたたちも中に入ってください」
「あぁ、なるほどなるほど」
カナタはふむふむとうなずく。なにを考えているのかハジメにはいまいち分からない。
「なにを考えているのです。迎撃術式ならあの程度の使い魔は造作もなく倒すことが出来ます。あなたが考え込む必要など無いはずですが」
「分かってるわよ。この館の術式のぶっ飛び具合は。でも、このままだと明日には超対が来て私達は取り調べを受けるわ。問題なのよね、それは」
「だからどうしたというのですか。どうしても避けたいなら館の空き部屋に隠しますよ。私だって魔導書を押収されるのは避けられるなら避けたいですからね」
「そりゃあそういう手もあるけど。ちょっと派手に動いたほうがあっちの目もごまかしやすいと思うわけよ」
カナタはふふ、と笑った。何か良からぬことを考えているらしい。というかハジメは超対が可哀想になってきた。なんだかんだ頑張っているのにこの二人はそんな超対に協力する気はまるで無いらしい。健全な一般市民とは呼べないのだった。
「私、あいつと戦ってくるわ」
「本気で言っているのですか? あの怪物、あれはあれで使い魔の中では大分位が高いですよ?」
「大丈夫よ大丈夫。派手に飛び出して、派手に戦って姿をくらませれば超対の目をごまかせるわ。元々ここに隠れてたけど襲撃されたので別のところに逃げ出したと見せかけるわけね。その後ここに戻ってくるわけだけど」
「確かに、それなら超対が来ても言い訳はしやすいですが。術式の起動もお金はかかりますしね。あなたがそれで良いというなら止めはしませんが」
「決まりね」
カナタはにやりと笑った。なんというか大分法律違反すれすれであるようにハジメには思われた。ハジメにはこの二人が結構な悪党に見えてきた。
『grrrrrrrrrrrr!!』
また、強い衝撃が加わった。怪物が門を殴りつけたらしい。
「そんじゃ行ってくるか」
「気をつけて」
「死ぬなよ」
「まだ、目的も達成してないのに死ぬわけにいかないわよ」
そう言いながらいつ間に持ち出していたのか、分厚い赤い魔導書を片手にカナタは颯爽と歩いていった。
『grrrrrrrrr.....』
怪物は殴っても殴ってもびくともしない門を前に少々動きを止めていた。疲れて休んでいるのか、どうしたものか考えているのか真意は良く分からない。
周囲にはもはや人影は無かった。ツカサが館の迎撃術式を発動する通達を出したために一般人は退去しているのだ。はるか向こうでスマホを片手に集まっている大勢の野次馬が見えたが、怪物は今静かな大通りに佇んでいる状態だった。
そんな怪物の真ん前、まさに今攻撃していた門の上でカツンと音が鳴った。それはカナタが門の上に降り立った音だった。
「ふん、気味の悪い顔してるわね」
怪物を見るなりカナタは言った。
『gaaaaaaa!!!』
カナタの姿を認めると怪物は吠えた。カナタを威嚇している。その巨大な口が眼前で大きく開かれてもカナタは涼しい顔だ。
「へぇ、やる気満々じゃないの。じゃあ、こっちも手加減無しで全力出させてもらうわ」
そう言ってカナタは片手に持っていた魔導書を開いた。
巨大な怪物と魔女が夜の街をバックに対峙している。現実から逸脱してしまったかのような光景だ。
そして、先に動いたのは怪物の方だった。
『gararraaaaarra!!』
怪物はカナタに殴りかかった。しかし、カナタはするりとそれをかわした。そして、その姿は門の上、空中にあった。カナタは浮遊していた。魔術で空を飛んでいたのだ。
「さて、あんたの速さはどんなもんかしらね。付いてこれるかしら」
そう言ってカナタはぎゅん、と館の敷地から文字通り飛び出した。
『gaaaaaaaa!!!』
怪物はそれを追う。街の中でカナタと怪物の追跡劇が始まった。
怪物は腕を地面に付け、四足歩行になり飛ぶカナタを追い始める。その大きさに見合った重量をしているようだ。その足が地面に付く度にアスファルトが砕け、弾け飛んでいる。巨大な怪物がものすごい勢いで大通りを疾走していく。怪獣映画さながらだ。
「なんとか人の少ないとこに誘導しないと」
カナタは飛ぶ。歳星館周辺は避難勧告で人が少ないとはいえ数百m行けば野次馬が大量に居る。そこで戦うのはまずい。いかなカナタといえど見ず知らずの一般人を巻き込むまいとする良心は持ち合わせている。
カナタはぐるりと辺りを見回す。どこかに、戦いやすい開けた場所は無いか探す。明比市は政令指定都市並みの大都会だ。見渡す限りに建造物が立ち並んでいる。怪物のさっきの腕力を見ればそういったものの周りで戦うのは危険すぎる。
と、カナタの視線が一点で止まった。
「あれか!」
カナタが見つけたのはグラウンド。市営の運動場だった。ここから飛べば数分で着く距離。カナタはそちらの方へ進路を取った。次いで、下の怪物もそれに合わせてくる。通りを進むのは人も車も多いと思ったカナタはビルの上空を進んだ。怪物はその強靭な4本の足でビルの壁面を捉え追ってくる。飛んでいるカナタにおいてけぼりを食らうかと思えばかなりの速度でビルからビルへと飛び移りながらカナタを追跡してきた。
「やるじゃない」
その称賛は怪物に向けたものかこの怪物を使役する残罵に向けられたものなのか。
カナタと怪物の眼下には夜になった街が広がっている。
『grrrrrrrrr!』
怪物はカナタがかなり上空を飛んでいるものなのでただ追うしか出来ないことが歯がゆいようだった。忌々しそうに威嚇している。カナタはそれを見てふふん、と笑う。性格が悪い。
そして、飛ぶこと4分ちょっと。カナタと怪物は運動公園まで到着した。
カナタは陸上トラックの真ん中に降り立った。ナイターのライトは点いていて明かりはあった。屋内に職員が動いている姿は見えたが、もう営業時間が終わるからだろう。利用者の数は見えなかった。いや、怪物が向かっているという情報でも入って逃げたのか。
遠くでパトカーの音が聞こえた。
「超対か。遅いわね。今さら歳星館の方に来たの」
呟くカナタの目の前のスタンド、そこにぬっと、
『grrr....』
怪物が姿を現した。バキバキと音を立て、スタンドを割り砕きながら運動場へと降り立った。そして、四足歩行から二足歩行へと変わった。二本の足で立ち上がり、その強靭な両手を下げ、赤い眼でカナタを睨んだ。
『Garrrrrrarr!!』
強烈な咆哮。爆音だ。恐ろしい雄叫びだった。普通の人間が聞いたら失神しそうなほどの。しかし、カナタは動じない。
「でかい声出せば良いってもんじゃないでしょう。品性ってもんが欠けてるわね」
そして、カナタは脇に抱えていた分厚い本、魔導書を広げた。
それが決戦の火蓋を切った。魔導書を見るや、怪物は両手を広げカナタに飛びかかった。かなりの速度だった。その巨体からは想像も付かない。3、40mあった距離を2、3歩で一瞬にして詰めてきた。着地の衝撃、そして振り下ろされた腕で緑の芝地が吹き飛んだ。
しかし、怪物の腕の下にカナタは居なかった。
「あっぶな。早い早い、早いわよ。これは真っ向勝負は無理ね」
そう言ったカナタはさきほどと同じ位置に居た。つまり、空中だ。
『grrrraarr!!!!!』
それを見て怪物は咆哮した。
「あん? なによ。戦いで相手の弱点を突くのは当然でしょう。文句なら飛行能力をあんたに付けなかったご主人に言うのね!」
そう言ってカナタは手を魔導書の上にかざした。爆炎が怪物を襲った。
カナタは相手に飛行能力が無いと見るや上空から攻撃する戦術を取ることにしたのである。これなら一方的だ。怪物の攻撃は届かず、カナタの攻撃だけが降り注ぐ。怪物からしたら実にあんまりな戦術である。
しかし、カナタが性悪であることもあったが、地上でまともにやりあったらカナタでは止められないという現実的な問題もあった。なのでカナタはこういう判断をしたわけだ。
「それ!」
『gaaarrr!!』
カナタが魔導書に手をかざすたびに炎が怪物を包んだ。怪物は叫びながら逃れるが、その先でもまた炎だ。怪物は燃えながら上空のカナタを恨めしそうに睨んでいる。怪物に抵抗する術は無いかに思われた。このままならカナタの勝ちだ。
「ふん。思ったより歯応えの無いやつだわね。頑丈さだけはあるみたいだけど」
実際、これだけ焼かれているのに怪物はまだ問題なく動いていた。真っ黒なのでいまいち分からないが再生しているようだ。
「まぁ、あんまり一方的なのが続くのもさすがに気分悪いし。さっさと決めるわよ」
そう言うとカナタはバララ、と魔導書のページをめくった。別の術を発動するのだ。
しかし、その時だった。
『Gaaaaa!!』
「げ! やば!」
カナタは全力で飛び退く。何故なら怪物を避けるためだ。
そして、ずどん、と運動場にクレーターを作り怪物は着地した。
『gaaar...』
そして、怪物はカナタを見上げた。
「ちぃ、面倒ね」
カナタは舌打ち。怪物はただ下でカナタを見ているだけではなかった。怪物は飛び上がってきたのだ。カナタは20m以上の高度に上がっていたが、怪物はその高さまで跳ねたのである。それもかなりの速度で。つまるところ、これだけ飛んでいても怪物の攻撃は届くということだった。そして、カナタは自分の魔術の射程範囲を考慮するとこれ以上高く飛べないという事情があった。
『Gaaaarrrrr!!』
「ええい!!」
なので、こうやって飛び上がってくる怪物と戦うしかないのだった。
怪物はまた飛び上がり、そしてカナタの横すれすれを通りすぎていった。カナタは心臓が飛び出そうな思いをしながらなんとかかわした。しかし、怪物は着地するやいなやすぐさままた飛び上がった。カナタはまたそれをギリギリかわす。
『Gaaar!!!!』
しかし、怪物はまた飛び上がる。そこからはそれの繰り返しだ。怪物は完全に味をしめていた。ゴムまりかバネかのように飛び回りカナタに攻撃を続ける。
「くそ!!」
そして、対するカナタはそれを必死に避けるに徹している。反撃することが出来ない。
絶対的な前提があるからだった。それはカナタの身体能力があまり高くないということである。いや、カナタ自身は運動神経はそこそこ良い方だ。身体能力、というのは純粋な戦闘スキルのことである。そもそも魔術師というのは遠距離で戦う。なので、近接での応酬が得意で無いのだ。遠距離で頭脳を使う駆け引きは大得意なのだが、近接で身体能力を使った駆け引きはまったく不得手なのである。これは純粋な慣れや経験の話であった。
なので、カナタは圧倒的身体能力で攻め立ててくる怪物に押し負けているわけなのだ。このままではカナタはいつか怪物の牙の餌食になるだろう。立ち向かうか、逃げるか、どちらかを選ばなくてはならない。
『Gaaaarrrrrraarrr!!!』
もう十数回目の跳躍。怪物は完全に調子に乗った様子で渾身の雄叫びを上げながらカナタに襲いかかった。
「うざい!! 調子に乗んな!! コンチキショウ!!」
カナタ魔導書のページを勢い良くめくり、そして手をかざした。
途端、巻き起こったのは雨だった。それは炎の矢の雨だった。それは運動場の端から端までに及ぶ大範囲で降り注ぎ運動場をメチャクチャに吹き飛ばした。
『grrrrrrrr!!』
そして、怪物も当然それに巻き込まれた。飛び上がった勢いをそのまま跳ね返され地面に激突した。いや、勢いがあった分さらにカウンターの形になって怪物は結構なダメージを受けた。そして、炎の雨は止まずに降り続けた。怪物は動けない。
「これで終いだ!! クソッタレ!!」
そして、カナタはさらにページをめくった。そして、手をかざす。
すると、怪物を中心に巨大な火柱が空高く吹き上がった。
『Gaaaaaaaaaaaaaa!!!!』
かなりの高温。火柱の回りの景色が熱で歪んでいる。地面が赤く溶けている。離れた場所まで炎が上がる。怪物はその中心で叫んでいた。
勝負はあった。怪物はもはや動けなかった。火柱から脱出は出来ない。そして、あまりの高温で再生も追い付いていなかった。このまま行けば怪物は燃え尽き、消し飛ぶだろう。
しかし、
「はん。戻されたか」
そう言ってカナタは魔導書を閉じた。すると、火柱がゆっくりと消えていった。そして、その火柱の中に怪物の姿は無かった。怪物は残罵の元に帰ったのだとカナタは推測した。
カナタはうんざりしたようにため息を吐きながら運動場の真ん中に降り立つ。運動場は完全に火の海だった。しかし、カナタの魔力を元にして発生した炎はカナタを焼くことは無い。
そして、カナタはだるそうに肩を回した。
「結構魔力使ったから疲れたわね。さて、バレないように歳星館に戻るか」
あれほどの怪物を倒し、これだけの景色を作ったのにカナタは何てこと無いようにテクテク歩き出した。これだけ派手にやれば超対の目は十分に引き付けられただろうと思われた。
カナタの目指すは歳星館。超対に見つからないようにコソコソと帰らなくてはならなかった。
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