第6話 うごめくアイツ
う、うー……?
何だろう? ぺちぺちと頬が叩かれてる。
うっすらと目を開けると、頬を叩くのが止まった。妖精が顔を覗き込んでくる。
空気穴から光が差し込んできて、洞穴内はそれなりに明るい。朝がきたみたいだね。
「おはよう……」
声をかけると、妖精はニカっと笑う。うん、元気な子だ……。
昨日は森の中を歩き回ったせいなのか、疲れがとれない。昨日は平気だったんだけど、気分が高ぶってたせいで気づかなかっただけかな。そういえば、昨日は変にテンションが高かった気がする。まあ、変なテンションになるのはよくあるので、いつも通りと言えばいつも通り。
うーんと伸びをすると、ちょっとだけ意識がシャッキリしてきた。ふと隣に目を向けると俺を真似て伸びをしている。微笑ましい気分。なんとなく、そのまま朝の体操をはじめた。妖精はふわふわ浮きながら体操してる。……浮きながら垂直跳びの運動とは器用なやつだなぁ。
体操が終わる頃には身体がほぐれてきた。やっぱり床に直に寝るとちょっと身体がこわばっちゃうね。やっぱり地球の寝具は偉大だったんだなぁ。ふわふわベッドとはいわないけど、布団が欲しいね。まあ、今のところ布団材料になりそうなものは見つけてないので、今後の目標ってことで。よし、身体がほぐれたところで活動開始。本日も頑張りましょう。
まずは食事といきたいところだけど、その前にトイレに行きたい。トイレは昨日の段階でこの洞穴の近くに作ってある。まあ、トイレとは名ばかりのただの穴だけど。どうせ誰もいないんだから壁すら作ってない。でも、今は妖精がいるんだよなぁ。さすがにちょっとマズい気がする。見せつける趣味はないので、ここで待っていてもらおう。
洞穴を出ると、まだ朝だというのに日差しが強い。今日も暑くなりそうだなぁ。正直、服も汗まみれだから、新調したいんだけどどうしたもんかな。まあ、今はそんなことよりもトイレトイレ。
あの妖精が今後どうするかはわからないけど、たびたび来るようならやっぱり壁くらい作らないとダメだよね。そんなことを思いながら、ふとトイレ穴を覗くと――――――何かいた。
「うわっ!?」
穴の中でうごめくソイツを見て、思わず声を上げてしまう。その声を聞きつけてきたのか、妖精がピュンと飛んできた。心配してくれているのか、顔をペタペタと触ってくる。
なんと説明していいのかわからないので、ちょいちょいとトイレ穴を指さしてみた。妖精はちょこんと首を傾げてから、おそろおそる穴を覗き込んで――――――俺の顔に張り付いた!
うん、驚いたのはわかるけど、顔はやめて。前が見えないし、息がしづらい。なんとか引っぺがして肩にのせてあげた。
さて、トイレのアイツはたぶんスライムだと思う。しかも、その辺の棒っきれでも倒せるへなちょこなタイプではない。物理耐性と強力な溶解液で襲いかかってくる厄介なタイプに見える。火が弱点である場合が多いので何とかできなくはないかもしれない。ただ、火種を用意するのはちょっと時間がかかるし、このスライムにもその弱点があるかどうかはわからない。
ただ、すぐ近くで思案していたのはよくなかったね。当たり前だけど、スライムはこっちに気がついたみたい。さっきまでは不気味にうごめいていたのに、ピタッと動きを止めた。顔とか目とかないのに、こちらを伺っている気配がする。
どうしよう――と思った瞬間、スライムの身体が膨れあがった。これはマズい気がする! 逃げなくちゃと思うけど、身体が思うように動かない。あと、妖精が驚いて耳をひっぱるのでとっても痛い。
結局、逃げることもできず、スライムの変化を見守ってしまった。なんとスライムが人型になってる。薄緑色の半透明だけど、はっきりと人とわかるその姿は、どこかで見たことがある。
あ、これ俺だ……。びっくりだけど、それ以上に言いたいことがある。俺の姿で下半身をトイレ穴に突っ込んだ状態でいるのはやめていただきたい。
願いが通じたのか、スライムがのっそりと穴から抜け出してきた。その分、こちらとの距離が縮まることになるので、思わず身を引く。だけど、警戒心はすぐに霧散した。何故なら、そのスライムがめちゃくちゃ人間くさくペコリとお辞儀をしたから。その態度から、申し訳ないと思っている気持ちが伝わってくる。お辞儀文化ってすごいね。
どうやら悪いスライムではなさそうなので、一安心。それならちょっと異文化交流してみましょうか。異文化というレベルではなさそうだけど。
あっと、でも、その前に
うん、やっぱり、イメージ通りのスライムだったみたい。種族名もそのままスライム。ただ、一般的なスライムは本能的に獲物を襲うだけで知性に乏しいみたいなんだよね。コイツはどうみても知性は高そうだけど。俺よりも礼儀正しいかもしれないし。
妖精もそうだけど、俺が出会う個体はちょっと変わってるよね。類は友を呼ぶって奴かな。まあ、理知的である分には困ることはないので問題なし。
というわけでコミュニケーションを再開。もちろん、言葉は通じないのでボディランゲージがメインになる。できれば、このスライムの目的が何なのか、俺にとって危険はないのかを知りたい。人型になってくれたおかげで対話の難度は下がってるので何とかなるよね。さすがに元の姿ではどうにもできなかったと思う。そういった判断ができるってこと自体、このスライムが賢いって証明だよね。
四苦八苦しながら、何とかやり取りをしたところ、スライムの要求は何となくわかった。どうやら、さっきの穴に住みたいということらしい。まあ、つまり俺のトイレに住みたいってことだね。そういえば、スライムが排泄物を分解してくれるっていうのは異世界転生ものではよくある設定だよね。これは、俺の排泄物が目的ってことなのかな?
うーん、そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。そうじゃなかったとした場合、スライムの住処に俺が排泄物を垂れ流したら、かなりの迷惑行為だよね。というか、俺がそんな目にあったら、戦争も辞さないと思う。ご近所トラブルは避けた方がいいに決まっているので、ここはスライムの住処として譲って、俺のトイレは新設しよう。
とりあえず、スライムに了承の旨を伝えると、スライムは嬉しそうに笑って――――――溶けた。いや、元の姿に戻っただけか。ちょっと心臓に悪い。のそのそ穴に戻っていくスライムを見送ってから、ちょっと離れたところに新しいトイレを作ることにする。
まあ、穴を掘って壁を作るだけだから、そんなに難しくはない。地面の一部を素材と見て
あとは、昨日作って余りまくってる石製ボウリング玉を穴の周りに配置する。それらを素材として石壁を
ちなみに天井は作らなかった。というか、うまく作れないと思う。接着剤を素材として用意すれば別だろうけど、
長かったけど、これでようやく用を足せる。あ、もちろん妖精には洞穴に戻って貰った。説明に手間取るかと思ったけど、「トイレだから!」って言ったら顔を赤くして戻っていった。言葉は通じていないはずなのに、意外と伝わるもんだね。
さぁとばかりに、穴に目を向けると、スライムがスタンバイしていた。
ああ、やっぱりこっちに住むんですね……。排泄物が欲しいんですか。
スライムの上で用を足すのって、すごく抵抗感があるんだけど。しかも、さっきの人型形態を見たからなおさら。でも、何でかスライムからすごい期待感が伝わってくる。あと、結構我慢してるから限界が近い。覚悟を決めるしかないなっ!
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