第5話 突然の訪問者
ふと目を覚ますと、辺りは完全に闇の中だった。そのせいで時間経過がよくわからないけど、あんまり眠った気はしないなぁ。たぶん、夜明けはまだまだ先だと思う。
できればもう一眠りしたいところだけど、それを妨害するような騒音問題が発生中です。いや、騒音というほどひどくはないんだけど、脅威度が高そうで安心できないという感じかな。狼の遠吠えや夜行性の鳥たちの鳴き声も不安を誘うけど、それよりも底から響くような唸り声が恐ろしい。なんか、うーうー言ってる。あと、ガサガサと草の葉をかき分けて進むかのような足音もしてる。唸り声と足音が同一の存在によるものかはわからないけど、なんか割と近くにいそう。ちょっとヤバ気ですね。
暗闇の中で不安だけが募る。どうしよう。どうすればいい?
助けて、フィロ様! いや、本当に!
得られる情報が少なすぎて状況がつかめない。この場から逃げた方がいいのかな? まだ場所を捕捉されていないなら、もしかしたら逃げ切れるかも。でも、じっとしてたら見つからないかもしれないし……。
あれ、足音、近くなってきてない!? 唸り声も大きくなってきてる気がする……。気のせいかな? 不安感のせいでそう聞こえるだけ?
ああ、状況が知りたい。空気穴からちょっとだけ外を覗いてみようかな。でも、そういうときってホラー系のお話だと、かなりの高確率でヤバい奴と目があっちゃうんだよね。
……よし、覗くのはなし。このまま待機!
とにかく落ち着こう。何か別のことを考えて気をそらそう。素数だ! 素数を数えよう。数え始めたら、すぐに空気穴から何かが飛び込んできた。何事!?
闖入者は背丈が10cmくらいの人型。背中から蝶の羽のようなものが生えてる。見た目はかなり妖精っぽい。というか、これで妖精じゃなかったら詐欺だと思う。羽が淡く光ってるので、洞穴内がほのかに明るい。なんかオシャレな間接照明で照らされてるみたい。妖精は照明としても優秀なんだなぁ。
さて、その妖精はというと、とってもビビってる。たぶんだけど、この子は唸り声の主に追われてたんだと思う。そして、自分だけが通れそうな穴を見つけて飛びこんだんじゃないかな。でも、それは俺が作った空気穴だったわけで。一安心できると思ったら、自分よりも何倍も巨大な生物とご対面。うん、それはビビるよね。
ちなみに俺もビビってます。未知との遭遇なわけだし、仕方ないね。見た目は無害っぽいけど、ひょっとしたら凶悪な奴かもしれない。人を見かけで判断をしちゃダメだよって婆ちゃんが言ってたし。たぶん、この子は人じゃないけど。
そうはいっても、ヤバさでいえば外の何かの方が断然上だと思う。本能さんがヤバいよヤバいよって主張してる。とりあえず本能さんに逆らう理由はないので従っておこう。もし、この妖精が追われていたんだとすれば光が漏れちゃうのはマズいよね。とにかく隠さないと!
使えそうな物が草の鞄くらいしかなかったので、ひっくり返して妖精にかぶせる。
あ、中に果物が入ったままだった。つぶされてないよね……? うん、大丈夫。中から鞄を叩いて健在をアピールしてる。あ、いや、出せって言ってるのかな?
そうは言っても素直に出すわけにはいかないよね。事情を説明して納得してもらえればいいけど。言葉は通じないと思うけど、どうかな。
鞄をちょっとだけ上げると、妖精が怒ってますよ、とアピールしてくる。腕を組んで上目遣いでにらみつけてる。それに対して、俺は口の前で人差し指を立てる。『静かに』のジェスチャだけど伝わるかな?
少なくとも理解しようとはしているみたい。だったらなんとかなるかな? 石壁の向こうを指さしてから、ふたたび『静かに』のジェスチャをしてみる。
うん。どうやら、伝わったみたい。妖精は口元を両手で抑えてコクコク頷いてる。今までのやりとりでは二人とも一言たりともしゃべってないから、口元を抑えても仕方がない気がするけど、意図は伝わる。静かにするよって意思表示だよね。なので、鞄をそっと戻して、妖精の姿を隠す。後は息を潜めることしかできないけれども、さてどうなるかな。
■
どれくらい時間が経ったのかな? 体感的には30分ほど経ったんじゃないかって気がするけど、心臓が無駄に働いて脈がすごいことになってたから、たぶんあんまり正確じゃないと思う。もしかしたら5分くらいもしれない。
どうやら外の何者かは妖精を見失ったみたい。ちょっと前くらいから唸り声も足音も聞こえなくなった。脅威は去った……かな?
ふぅっと息が出た。だいぶ緊張してたみたい。身体がこわばってるなぁ。
おっと、妖精も鞄から出してあげよう。鞄を持ち上げると、林檎をかじろうとしていた妖精と目があった。あ、目をそらして口笛を吹くような動作で誤魔化そうとしてる。その辺の行動って異世界でも同じなんだね。
まあ、林檎くらい食べてもいいよ。そこら中になってるんだから。でも、さすがにキミにはデカすぎないかな。
俺自身もちょっとおなかが空いたし、ひとまず食事にしようかな。石のナイフで小さめに柿と林檎を切り分ける。しまったな。お皿も作っておけばよかった。仕方がないから、床に直置きでいいか。
妖精には特に小さめに切って目の前に置いてあげた。すると、妖精はキラキラと目を輝かせて、「いいの?」って感じに首を傾げる。頷くと、ニッコリと笑ってから林檎を食べ始めた。おなか空いてたんだなぁ。
妖精は林檎が好きみたい。柿も食べなくはないけど、食べてるときの表情が違う。柿は『ニコ』で、林檎は『ニッコニコ』ってなる。そういうことなら、林檎を多めにあげよう。柿は俺が食べればいいや。柿もおいしいんだけどなぁ。
勢いで全部切ってしまった林檎と柿。さすがに多すぎたかなと思ったけど、全部食べきった。もちろん、俺の方がたくさん食べたんだけど、妖精も結構食べてた。たぶん、3割くらい。なのに体格は変わってない不思議。おかしくない? 何処に消えたの? かなりファンタジーな存在ですね。こんなところでファンタジーを感じるなんて思わなかったよ。
さて、食事が済んだところで状況を把握したい。状況と言うよりは妖精の素性かな? なんか今までのやり取りで害はなさそうな感じはするけど、しっかりと確認しておきたいよね。申し訳ない気もするけど、
呪文を唱えた瞬間、妖精はビクッとしたけど怯えた様子はなかった。キョトンといった様子で俺を見ているだけ。信用のない相手からよくわからない呪文を投げかけられたら警戒しそうなものなのに。餌付けが功を奏したのかな?
森の奥とか自然が多い場所で集団生活をしてるみたいだから、彼女ははぐれちゃったのかな? 人族と敵対しているわけではないけど、警戒心が強いので友好的と言うわけでもないみたい。この子からは警戒心が抜け落ちてる気がするけど、まあ、どこにでも変わり者はいるってことかな。うん、なんとなく気が合いそう。
意思疎通は魔力伝達で行うみたいで、言葉での会話はできないっぽい。ちょっと残念。まあ、そもそもこっちの言葉がわからないから会話は無理なんだけどね。
とにかく、この子に害はなさそう。安心したし、お腹もいっぱいになったしで眠くなってきたな。
「とりあえず、今日のところは寝るね。なにかあれば、また明日ってことで」
伝わるとは思わなかったけど、一応、声をかけて横になった。妖精は首を傾げていたけれど、気にせず目をつむる。
しばらくすると、トコトコと近づいてくる気配。何かなと思って目をあけてみると妖精が顔の近くで横になっていた。寝返りで潰しちゃわないか心配になったけど、もう限界。どうにかなるでしょう。おやすみー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます