夏の日・6

 ***



 むかしむかし、あるところにブラッドという男がおりました。

 彼の生まれたクレイソン家は平民の家系ではありましたが、代々クラウンガードを輩出し、王家に仕えて来ました。剣術を伝統として重んじる東大陸において、それはある程度の権力を持つに値する実績でした。


 ブラッドは苛烈な性格の男でしたが、同時に理知も兼ね備えておりました。魔法、商才、剣術――全てに精通しており、『銀の旋風』の優勝だけに止まらず、クレイソン家を大いに隆盛させたのです。


 息子のカシムへ剣術と家督を継がせた後も、その実績から、ブラッドはクレイソン家において絶対の発言権を有しておりました。

 カシムもクラウンガードに就き、その責務を果たします。しかし、脈々と受け継がれて来た栄光は長くは続きませんでした。



 後に生まれたカシムの息子、セドリックは生まれつき身体が弱く、剣を振るう力が無かったのです。

 父親カシムは周囲が反対する中、早々に息子セドリックの鍛錬を諦めました。


 その代わり、セドリックは人一倍勤勉でした。学園に入学したセドリックは剣術を除く各科目で好成績を残しましたが、カシムを除くクレイソン家の面々は良い顔をしませんでした。



 ――剣聖の息子ともあろうものが情けない。


 ――魔法、剣術、両立してこそクレイソン家の嫡子だ。



 寮から生家せいかに戻れば、そうそしられます。父親カシムと母親だけが唯一の味方でしたが、生来真面目な気質のセドリックは、ブラッドを始めとするクレイソン家からの言葉を重く受け止めてしまい、暗鬱な気持ちを抱えておりました。


 そんな中、光明もありました。後に妻となる女性ひとと出会ったのです。名はミーアと言いました。

 卒業後、セドリックはミーアと結婚し、王都の魔法師ギルドに就職。相変わらずクレイソン家から良い顔はされなかったものの、愛する妻と幸せな日々を過ごしました。


 そして時は流れ、第一子が誕生しました。

 そのしらせを聞いたクレイソン家は沸き立ちます。


 ――今度こそクラウンガードの座を。


 ――クレイソン家に栄光を。


 しかし、生まれた子が女子だと分かると、落胆の色を露わにし、セドリックとミーアをそしりました。

 妻と子を侮辱され、いかったセドリックはクレイソン家から離反しようとしますが、ブラッドがそれを許しませんでした。


 東大陸の商人ギルドや魔法師ギルドに顔が利くブラッドに背く事は、東大陸での生活が立ち行かなくなる事に等しかったのです。


 そんな中、予想外の出来事が起きます。

 生まれた女子――ウェンディ・クレイソンは、類稀なる才能を有していました。それは剣術だけに止まらず、勉学、魔法、全てにおいて、同年代の子を凌駕していたのです。


 ――これならば。


 ブラッドはカシムに、ウェンディの稽古を命じました。厳しい修行ではありましたが、ウェンディは難なくこなして見せました。


 カシムが見てやれない時は、王都にある剣術道場に通わせました。同じ道場に通っていた少年の手首の骨を折ってしまってからは、行かなくなってしまいましたが。


 "天才"を体現したかのような少女はやがて、学園生活を経て、『銀の旋風』で優勝します。


 再びクレイソン家に、クラウンガードの栄光が訪れる。

 ブラッドも、誰もがそう思っていました。セドリックすら『これで家からの重圧も緩和される』と胸を撫で下ろし、そして、自分が為せなかった事を成した娘を誇らしく思いました。


 しかし、ウェンディは突然姿を消しました。

 クラウンガードの任命式の前日、『旅に出ます』とだけ書かれた置手紙を残し、何処かへと旅立ってしまったのです。


 何故、ウェンディは失踪したのか。

 誰にも、何も分かりませんでした。


 セドリックは再度ふたたびクレイソン家から糾弾され、娘の失踪も重なった結果でしょう、ついには心を病んでしまいました。

 それを見ていられなかったのが、セドリックとミーアの間に生まれた第二子です。

 ウェンディの妹――サンディという名の女の子は、剣を振ったり魔法を練習するよりも、祖父カシムの洋裁店に出入りし、端切れで手芸をする事を好むような子でした。



『将来は、おじーちゃんと一緒に素敵な服を作りたい』



 と、そう語っていた当時まだ七歳のサンディは、父の名誉を取り戻す為に、針よりも剣を手にしたのです。


 それからサンディは祖父カシムから血の滲むような修行を受けました。

 しかし、ウェンディと比べると、サンディの才能は凡庸でした。姉がこなした何倍、何十倍の修行をこなし、二回目の挑戦で『銀の旋風』に優勝したのです。


 そうしてクラウンガードとなり、クレイソン家は再び栄光をその手にすることができたのでした。


 おしまい。



 ***



 俺は居間のソファに座り、甘い茶を啜りながら、テーブルを挟んで対面に座るオデッサさんの話を聞いていた。

 語り終えた彼女は、喉を潤すようにカップを口に運ぶ。


「⋯⋯⋯⋯」


 "めでたしめでたし"と締めくくらないところに、含みを感じる。

 それに、何故。


「何故、俺にそんな話を」

「カシム伯父から聞きました、あなたはウェンディと旅をしていたのでしょう?」

「⋯⋯はい、最期まで」

「それに『銀の旋風』に出場しろと言われているとも。ならばあなたには、聞く権利と、選択の権利があると思ったのです。だから話しました」


 どういうことだ――とは、とぼけるまい。ここまで言われれば、俺でも察する。


「つまりカシムさんは俺を鍛えて、サンディさんを解放しようとしていると?」

「私はそう見ています。ブラッドの亡き今、クレイソン家においてクラウンガードに執着する者も少なくなりましたからね。サンディが任を解かれたところで、異議を申し立てる者もいないでしょう」


 話に出てきたブラッド氏は亡くなっていたのか。


「オデッサさん、俺がその話をどう捉えると思ったのですか?」

「それは分かりません。私はあなたではないのですからね。ただ、公平フェアではないと思ったから話しました」


 そう言うオデッサさんは、やっぱりウェンディやサンディさんの親族なのだと実感した。話好きで、世話焼きである。

 湯気を立てるカップをテーブルに置き、俺は腕を組んだ。


 さて、オデッサさんの話を超簡単にまとめると、


『孫煩悩なお爺ちゃんは、俺を使って孫の仕事をやめさせようとしている』


 って事だ。

 孤児である俺の事を上手に利用していると、オデッサさんの目にはそう映ったのだろう。

 再びカップを手に取り、熱い液体を喉に流し込む。そして、オデッサさんに顔を向けた。


「それを聞いても、俺がやる事になにも変わりはありません。そもそも、俺は俺の目標のために『銀の旋風』を目指しているんですから。そこに『サンディさんの解放』という付加価値が生まれたって事にします」


 これが俺の意志だ。

 ”ウイングの遺志をレイン王に伝える”。そこに、”世話になったウェンディの、その家族に恩返しする”という価値が加わった。

 ウェンディがそれを望んでいるかは分からない。家族を捨ててウイングと旅に出た彼女に対しての恩返しになるかどうかは不明だ。


「……って言いますけど、サンディさん自身はクラウンガードを辞めることを望んでいるんですかね?」

「それはもう。たまの休日に別荘ここに来ては、呪詛の様に『仕事辞めたい』とぼやいておりますよ」

「ああ……」


 その姿が想像できて、俺は少し笑った。

 サンディさんは、確かまだ十七歳だろうに、疲れ果てたOLの様である。


「ともあれ、話してくれてありがとうございます。それとお茶、ごちそうさまでした」


 俺はカップを置き、頭を下げて居間を後にした。



 ***



 俺はもう一度、廊下の突き当りを訪れていた。

 模造品の剣を眺め、思いを馳せる。


 サンディさんの洋裁の腕は俺も知るところである。

 きっと、剣術の修行を始めてからも、ずっと磨き続けて来たのだろう。

 パティや俺――誰かに服を贈り、着せる時のサンディさんは本当に楽しそうな顔をしていた。


「ウイング。ウェンディ」


 もういない、二人の名前を呟く。

 あなた達には沢山助けてもらった。俺が東大陸ここで、今の状況になったのは、運命なのかもしれない。

 俺はあなた達が残したものを繋ぎ合わせよう。残されたものがどう思うのかは分からない。だけど、そうすることで、少しでも恩に報いられるなら――。


「――――!?」


 背後に気配を感じて振り向く。またオデッサさんかと思いきや、暗い廊下の先には誰もいなかった。

 ただ、一瞬、角を曲がる白い布のような物が、ゆらりとはためいた気がした。

 恐る恐る角から首を出すも、暗い廊下が続いているだけで、やはり誰もいなかった。


「⋯⋯⋯⋯」


 お化けって、まさか、本当に――?


「⋯⋯⋯⋯」


 俺は踵を返し、部屋に向かう。

 ドアをノックし、返事を待たずに部屋の中に入る。


「ん⋯⋯なんだーシャーフか⋯⋯?」


 六畳間ほどの小さな部屋、隅に置かれたベッドの上で、アルが寝転がっていた。俺は無言で近寄り、シーツの中に潜り込む。


「おわー、なんだなんだー?」

「なんだ、そうアレだ、親睦を深める為に一緒に寝よう!」

「えー? めーからヤダよー」

「そんな事言うなよ。ほらもっとそっち詰めて」

「んおおー⋯⋯」


 元々は大人用のベッドなのだろう、子供二人で寝ても十分な広さである。


「なんだよー、シャーフはお化けが怖いのか?」

「そんなわけないだろただ俺は剣術の生徒同士親睦を深めたいだけだよ試験の時にアルが話しかけてくれたの嬉しかったんだぜ本当だぜ」

「すげー早口だな⋯⋯まーいいけどさ」


 文句は言うものの、アルはベッドの半分を明け渡してくれた。


「オレも孤児院にいた頃は、よく弟妹達がこうやってベッドに入り込んできたもんだぜー。シスターが脅かすの大好きな人でさー」

「へえ、お兄ちゃんなんだなあ」

「つーかシャーフもオレより年下じゃんか。オレ十二歳。おまえ十歳。敬語をつかえ敬語をー」

「善処しよう。します」


 二人で天井を眺めながら話していると、段々と瞼が重くなってくる。

 なんだろう、このアルバーノという少年、どこかウイングに似ている気がする。話していて落ち着くのはその為だろうか。


「シャーフもさー、いつかオレの孤児院に遊びに来いよー」

「おお、そうだな……お招きに預かるよ。ちなみにどこの、なんて孤児院なんだ?」

王都ウィンガルドの近くのちっちゃい村にあるんだー。『フリードマン孤児院』っていうんだけどー」


 ……フリードマン?

 それって、どこかで聞いたことのある姓だ。


「……アル。お前の苗字ファミリーネームって」

「あれ、言ってなかったっけ? アルバーノ・フリードマンだよ。身元不明の、孤児院の子はみんなそう付けられるんだ」

「ああ、そうか……」


 カシムさんが言っていた、"十年前に功績を残した孤児院出身の子"。

 それはきっとウイングの事なのだろう。彼の生家であるフリードマン孤児院、いつか訪れてみたいものだ。

 そう思いながら、いつの間にか寝息を立て始めたアルを横目に、俺も瞼を閉じた。

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