夏の日・2

「それじゃあ、ラウドさんは北大陸イーリスに?」

「はい。家業を継ごうかと……丁度いい頃合いでした」


 俺は冒険者ギルドを訪れていた。

 傭兵・ノーリに大金を支払ってしまったので、少しでも補填しなければと仕事を探しに来たのだが、そこで受付員・ラウドさんの退職を本人から知らされた。


 話を聞くに――偽造文書をよく確認もせずに冒険者おれに持って行った事で、軽い処分が下されたらしい。

 元々、の『カルディリンゼル学園都市』に、やる気のない冒険者層に嫌気がさしていたらしく、いい機会だと判断したそうだ。


 間接的に俺のせいでもあるので、謝罪しようとしたところ、先回りで『ケイスケイ様は悪くありませんよ』と言われてしまった。


「頑張ってください。もう私はお力添えできませんけど、お姉さんが見つかることを陰ながら祈っております」

「本当に、色々とお世話になりました。……あの、ラウドさんはどうしてそこまで、俺によくしてくれたんですか?」


 ただの子供の冒険者である俺だ。業務の範疇ではあるが、ここまで献身的に接してくれたのは何故だろう。


「はは……私にも、幼い頃に生き別れた兄がいるのです。どこで何をしているのか、生きているのかさえ分かりませんが……ただ、それだけです」


 俺に自分の境遇を重ねていた、ただそれだけ。

 だが、それだけの理由で、ここまで誠実になれるのは、ラウドさんが根っからの善人である証だろう。


「それでは、またいつか。私の実家はイーリスで酒場を営んでいますので、ケイスケイ様が成人された折は、是非に」

「ええ、是非! ……あの、もうギルド員じゃないなら、俺なんかに敬語を使う必要は……」

「はは、これはです」


 そう言って、荷物を担いだラウドさんは、ギルドの外に停めてあったマナカーゴへと乗り込んでいった。

 小さくなっていくマナカーゴを見送っていると、ギルド内のソファに寝ころんでいたゼラが身を起こす。


「終わりましたか」

「ああ、待たせたな」

「人が良さそうな面構えの人でしたね」

「良い人そう、な。さて、めぼしい依頼もないから、今日はギルドはいいか」


 さて、何故ゼラと町まで繰り出しているのかと言えば、ウイングの形見であるマナカーゴを失ったことに起因する。

 アレは慣れ親しんだ俺の寝床であり、移動手段であった。ハイドレイさんから借りている小型のマナカーゴは返却しなくてはならないし、そもそも小さすぎて車中泊に向かない。


 そこで新たな寝床、もといマナカーゴを新調するか――否。

 小型であれど、やはり車は車。値段はピンキリではあるが、最低でも金貨百枚からという現実に、購入は諦めざるを得なかった。


 致し方ないので、ボロ小屋での生活に戻る事にした。死なないとは言え、流石に空の下で暮らせるほど丈夫ではないのだ。

 そこで問題になるのが寝具である。狭い小屋の中にベッドは二つも置けない。

 かと言ってゼラと一緒のベッドで寝るのは抵抗がある。断じてこのバカ猫に変な気を起こすかも――とかではなく、ゼラは寝相が非常に悪辣なのだ。

 こいつをほぼ毎朝起こしている俺が言うのだから間違いない。こんな奴と一緒に寝でもしたら、睡眠中まで肉体修行を科せられてしまう。


「寝袋か……最悪毛布一枚あればいいかな」

「そんなに私と一緒に寝たくないのですか。傷つきました」

「俺はこれでも譲歩してるんだぞ。そもそも、お前が女子寮に帰れば全て解決するんだ」

「いまさらこの快適な生活を手放せません。これも人の業というやつですね」


 ……まあ、こんな奴に、他の生徒との共同生活が送れるとも思えない。

 それに猫耳のことがバレたら、どんな騒ぎになるかも予想できない。ゆえに、俺が被害を被るしかないのだ。

 普通なら『異世界で猫耳少女と同居』って、男子なら胸躍るシチュエーションのはずなんだけどなあ。


「はあ……お前は本っ当に……」

「美少女。知ってます。なにをいまさら」

「本っ当に……おい、前見て歩け」


 あちらこちらを物珍し気に振り向くゼラを引っ張りながら、雑貨屋へと辿り着く。冒険者向けの寝具も売っているので、目当てはそこだ。

 ボロ小屋は石床だ。夏の間は窓を全開にしていれば良いかもしれないが、冬になると毛布一枚では凍えてしまう。よく考えて、費用対効果に優れたものを……。


「というか、お前が床で寝ればいいんじゃ……」

「そんなに私の匂いがついたベッドを堪能したいのですか」

「お前の匂いなんて気にしたことないわバカ助。大体、同じような生活してるんだから、俺もお前も匂いなんて大差ないだろ」

「言いましたね。ならば嗅いでみるといいでしょう、ほらほら」


 ゼラが頭頂部を押し付けてくる。鬱陶しく思いながらも僅かに鼻から息を吸い込むと、微かに、柔らかな花のような香りがした。


「……香油かなにか、つけてるのか?」

「パティ子がくれました。せっかくの超絶美少女なのだから身だしなみをきちんとしろと」

「絶対にパティはそこまで言ってないだろ。……しかしそうか、匂いか」


 俺もそろそろ気にしなくてはなるまい。

 修練着も洗い替えがあるとはいえ、毎日滝のような汗を吸収するものだから痛んで来ている。

 それらは新調するとして、これからの季節は毎日しっかり洗濯をして、太陽の下で干して……。


「……干す?」

「干し肉ですか」

「違う。そうだ、干せばいいんだ。俺自身を」

「何を言って……冗談はくちびるだけにしてください」


 寝具が置いてある棚から離れ、俺は建築資材品が並ぶ棚に向かった。

 そこで丈夫な縄を何本か購入し、ボロ小屋に戻る。


「シャーフ後輩が狂いました。こんなことなら、もっといたわってあげればよかったです」

「その気持ちを忘れないようにしろ。まあ見ておけって」



 ***



 それから半日ほど経過した。

 ボロ小屋の梁を通すようにして、ハンモックがぶら下がっていた。

 俺の前世――明日葉 羊がまだ少年の頃、ボーイスカウトの活動で作った経験が活きたが、それは閑話休題。


 これなら冷たい石床で寝なくてもいい。

 ボロ小屋とはいえ梁や柱はしっかりしているし、寝相は良い方だと自負しているので落下の心配もない。なによりゼラと一緒のベッドで寝なくても済む。完璧だ。


「よっと。……おお、これはなかなか」


 ベッドに足をかけてハンモックによじ登る。壁に固定してあるので、言うなれば『網製の二段ベッド』か。

 試しに毛布を敷いて寝ころんでみると、これがまた意外と寝心地がいい。

 窓を開ければ全身で風を受けられるし、冬などは、暖かい空気は上へ向かうものだから、ベッドよりも温かい……かもしれない。


「ははっ、なかなか楽しいな、これ」

「…………」


 童心に帰って夢中になっていると、下からゼラがじっと見つめてきている事に気づく。

 俺は上半身を起こし、ゼラの無表情に得意げな顔を向けた。


「どうだ、なかなかのモンだろ?」

「そっちがいいです」

「⋯⋯ん?」

「私はベッドなんかよりもそっちがいいです」

「わがままか。"なんか"って言ったらベッドが可哀そうだろ」

「そっちがいいです。そっちがいいです。そっちがいいです――」


 壊れたラジオのように『ソッチガイイデス』を繰り返すゼラ。なんて不気味な駄々っ子だ。

 ……まあ、確かにハンモックって子供の頃は憧れるものだよな。

 それに、ナントカと煙は高い所が好きだとも言う。


「仕方ない、なら交代制でどうだ」

「そっちがい⋯⋯ふむ。百歩譲ってそれでいいでしょう」

「本っ当に何様だお前……」


 こうして、俺とゼラの共同生活に、新たな家具がやって来たのだった。

 その日の『ハンモック使用権』はゼラに譲り、明日からの修行再開に備えて早めの就寝とした。



 ***



「……ごっ!?」


 深夜、腹部に鈍痛を受けて目が覚める。

 ゼラがハンモックから落ち、ベッドで寝ている俺にダイブして来たのだ。


「…………ぐう」

「これでも寝てるって、どんな神経してるんだっ」


 ゼラの頭を軽くはたき、俺はハンモックによじ登った。

 明日以降、落下防止策を講じなければ。




 ***



 さてその翌日、夏季休暇の始まりだ。

 大体の生徒は寮から実家に戻るが、勤勉な者は寮に残り、魔法の修練に勤しむ。

 ちなみに先生方にとっては夏季休暇など有って無いようなもので、残った生徒の相手に暇がない。


「シャーフ、行ってくるね⋯⋯」

「ああ、頑張ってこい!」


 早朝、マリア先輩を迎えにきたマナカーゴの前で、パティを見送る。寂しさを感じているのは彼女も同じのようで、そこは嬉しいのだが⋯⋯。


「では良い子にしているのですよお兄ちゃん。寂しい時はこれを私だと思って握りしめて、枕を濡らしてください」


 パティの隣に立つゼラが、俺に白い布を差し出す。パンツだ。

 俺はそれを地面に叩きつけ、ゼラの頭を掴む。


「お前は俺と楽しい修行だって言ってるだろボケェ⋯⋯」

「いやです、パティ子と離れたくありません。どうするのですか、信じて送り出したパティ子が筋肉もりもりになって帰ってきたら」

「俺はどんなパティでも受け入れるよ。お前も覚悟を決めろ」


 ゼラを羽交い締めしつつ、パティに早く行くように顎をしゃくる。


「ゼラぢゃん⋯⋯! お土産いっぱい買っでぐどぅがらで⋯⋯!」


 パティもパティで、ゼラとの別れに顔がくしゃくしゃである。俺との温度差に、俺も泣きそうだ。

 そのやり取りを傍目で見ていたマリア先輩は、爽やかな笑みを浮かべた。


「心配しなくても大丈夫さ! パティは私が責任持って、筋骨隆々に鍛え上げて見せよう!」

「⋯⋯先輩も冗談言うんですね」

「⋯⋯そりゃあ言うさ。私をなんだと思ってるんだい?」


 ともあれ、パティは旅立って行った。

 一抹の寂しさを胸に抱き、ゼラの首根っこを掴んだまま踵を返す。


「シャーフ後輩、一生恨みます」

「そこまでのことか⋯⋯? さ、切り替えてけ。修練場に行くぞ」

「恨みますとも。昨晩、ハンモックで寝ていたはずなのに、いつの間にかベッドで寝ていました。私の番だったのに」

「そっちか。お前が落ちたんだマヌケ。良いから行くぞバカ」


 恨み言を吐き続けるゼラを小脇に抱え、既に修練着には着替えてあったので、そのまま修練場に向かった。



 ***

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