見つけた日・7



 ***



「⋯⋯ふぅー」


 深い、深いため息が出る。

 思えば真剣で人と斬り合うなど、『あの時』以来だ。もうこれ以上は勘弁してほしい。


「⋯⋯⋯⋯」


 傭兵たちは全て捕縛し、これで命を脅かされる事はなくなった。『プリティヴィーマータ』の巨大な手で握り⋯⋯縛り上げ、完全に俺の勝利だ。


「さて、お前たちの生殺与奪は俺が握っている訳だが⋯⋯質問に答えて貰うぞ」


 もちろん殺す気は無いが、頭目は不承不承といった風に頷く。


「俺の暗殺を依頼した馬鹿野郎は誰だ?」

「……言えねえ。いや、知ったところで坊主、オレらもテメエも、もう東大陸ここに安住の地はねえだろうよ」

「語るに落ちるな鬱陶しい。つまりピエール・ウッドルフだろ?」


 頭目はバツの悪そうな顔になり、沈黙する。その沈黙は肯定と取らせて貰おう。


 ウッドルフ家は、ウィンガルド王家に連なる大貴族だ。

 その子息、ピエールが親の威を借りて好き勝手しているとは以前から聞いており、今回は俺の暗殺と言う凶行に及んだ。


 理由は恐らく、ゼラの一件での逆恨みだろう。そんなにあのバカ猫を手に入れられなかったのが腹立たしかったのか、もしくは俺から受けた金的が効いた・・・のか。その両方か。


 そんなピエール"様"と、流浪の孤児である俺の、東大陸ここにおける権力の差は言うまでもない。

 そして、『子供の暗殺』なんて簡単な任務を失敗し、貴重な魔封石を破損させた『双頭の狼こいつら』もだ。

 この傭兵団がどれほどの勢力なのかは知らないが、少なくともこれから東大陸で商売・・は出来ないだろう。


「……参ったなあ」


 厄介な奴に目を付けられてしまったものだ。

 どんな育て方をされたのか……親の顔が見てみたいぞ、クソッタレめ。


「……次の質問だ。グリンの町に俺の姉さんがいないって言うのは本当か?」

「へっ、行って確かめてみりゃあいいじゃねえか」


 勝敗が決したのに、未だに不遜な態度を崩さないのは自信の表れか、はたまた諦観か。恐らく後者だろうが。


 しかし、アンジェリカはいないのだろう。

 毎週、足しげく冒険者ギルドに通い、捜索依頼の確認をしていたが、まさかそれを餌に使われるとは思わなんだ。あまりにも、人からの悪意に対して鈍感すぎたと反省する。


「さて……」

「……チッ」



 ともあれ、これでグリンの町に行く理由は無くなった。

 学園都市に帰った後の事はのちほど考えるとして、今は傭兵団こいつらの処遇だ。

 このまま解放するわけにはいかない。また命を狙われては堪らないし、今度は俺の周りに被害が及ばないとも限らない。

 しかし殺すのもダメだ。


 ならば――


「俺の殺しに、いくら積まれた?」

「あァ? ⋯⋯前金五十、後金五十枚だ。ガキ一人の値段としちゃあ破格だぜ?」

「そうか、なら即金で倍出そう。俺の姉さんを捜して保護しろ」


 俺がそう言うと、頭目は目を見開いた。恐らくマスクの下の口はポカンと開いていた事だろう。


 つまり、こちら側に引き入れてしまえばいい。

 自分の命を狙ってきた相手に何を馬鹿な、と思われるかもしれないが、俺にとってはこれが一番の落としどころだ。


 金額は適当である。相当な金額であるが、逆に金で動く傭兵にとっては


「⋯⋯はァ!?」

「はいこれ金貨袋。東大陸ここ以外を万遍なく頼む。特徴は俺と同じ金髪碧眼で、家事全般が上手い……あっ、手を出したら今度は殺すからな」

「い、いやいや! そうじゃねえ! そうじゃねえが……坊主、正気か!?」


 正気か否かと問われれば、俺は全くもって正気だ。


「オレらは坊主を殺そうとしたんだぞ? それを逆に雇うなんざ⋯⋯」

「別に、それを不問にするつもりはないさ」


 ⋯⋯一回殺されたしな。


「ただ俺にとって、姉さんを取り戻す事は、俺の命より大事なんだ」

「⋯⋯狂ってるぜ、坊主。それに甘い。オレらがこの金を持ち逃げするたぁ考えねえのか?」

「あっ」


 こいつらは傭兵だ。冒険者ギルドを介しての契約ではなく、個人間での取引となる。何の保証も無しに金だけ渡すなど、持ち逃げしてくださいと言っているようなものか。


「それなら⋯⋯いいテがあるよ⋯⋯シャーフきゅん」


 と、今まで沈黙を貫いていたラーシャが、俺と頭目の間に立った。


「ラーシャさん」

「キミに⋯⋯私の願いの結晶を授けよう⋯⋯ちょっとキュンときたからね⋯⋯」

「あ? え?」

「恋バナ⋯⋯してくれたでしょ⋯⋯闇の試練合格ね⋯⋯」

「そんなんでいいんですか?」

「試練なんて⋯⋯結局は魔法師ごとの匙加減だよ⋯⋯他の魔法師の迷宮でひどい目にでも遭ったのかい⋯⋯」


 それはもう。四回ほど死にました。

 さておき、知らず知らずのうちに闇の魔法師からの試練を達成していたらしい。


「おいで⋯⋯ダスク⋯⋯」


 ラーシャの傍に、いつの間にか姿を消していた案内人が、闇の中から姿を現した。


「これは私のマナリヤが形を成した自動人形オートマータ⋯⋯『黄昏の追跡者ダスクストーカー』だ⋯⋯」

「ダスクと⋯⋯お呼び下さい⋯⋯新しき我が主人よ⋯⋯」


 案内人――ダスクは恭しく俺に頭を下げる。

 見るからに不気味で、この世のものでは無いのではと思っていたが、まさか人形だったとは。


「あ、ああ⋯⋯よろしく?」

「ダスクは⋯⋯対象に取り憑く⋯⋯。対象と誓約を結び⋯⋯破れば牙を向くよ⋯⋯。抵抗は不可能⋯⋯精神を侵食する闇魔法の刃⋯⋯」

「ぶ、物騒な⋯⋯」


 マナリヤがそんな物騒なプライマルウェポンに変わるとは、この人の願いは一体何だったのか。聞くのも怖い。


「聞きたい⋯⋯?」

「心を読まないでください。聞きたくないです」

「ああんいけず⋯⋯。まあとにかく⋯⋯誓約を立てよ⋯⋯もちろん双方合意じゃなきゃ⋯⋯結べないけどね⋯⋯」


 ダスクが音もなく移動し、俺と頭目の間に立つ。

 まだダスクを『使う』とは決めていないが⋯⋯まあそれ以外に選択肢は無さそうだ。


「我が主人⋯⋯シャーフ様と⋯⋯貴様の名は?」

「⋯⋯ノーリだ」


 頭目――ノーリは観念したように名乗る。


「ノーリ⋯⋯。シャーフ様、如何なる誓約を結ぶか⋯⋯」

「って言われてもなあ⋯⋯。例えば『アンジェリカの捜索に従事しろ』と結んだとして、こいつらが他の『仕事』をしようとすると、ダスクはどうする?」

「誓約違反として⋯⋯処します⋯⋯」


 ⋯⋯思ったよりも融通が効かない人形のようだ。

 ラーシャの言う『精神を蝕む』がどの程度のものか分からないが、少なくとも闇魔法の権威。ただでは済まないことが予測できる。

 ここは――、


「なら⋯⋯『姉さんを無事に連れて帰ってきてくれ。期限や方法は問わない』。これでどうだ?」

「⋯⋯ああ、それで良い」


 ノーリが頷く。それを見たダスクは長い黒髪を一本抜き、ノーリの小指に巻き付けると、髪は指の中に吸収されてしまった。


「痛えッ⋯⋯!」

「これは⋯⋯誓約を遵守させるための楔だ⋯⋯。『違反した』と判断したら⋯⋯貴様の脳髄を浸食し⋯⋯精神を殺すだろう……」

「……チッ」


 ……なんか、とんでもない呪いをかけてしまった気がする。

 まあ向こうも俺の命を狙ってきたわけだし、これで手打ちとしてもらおう。


「じゃあ、頼むよダスク。それと……ノーリ」

「承知……」

「……はいよ。それと、クソッタレの人形野郎。確認しておくが、この魔法はオレのみに適用されんだな?」

「そうだ……」

「そうか……なら、いい。出来る限り、依頼主サマのお姉ちゃんを捜させてもらうぜ」


 ノーリから、俺に向けられる敵意は消え去っていた。『プリティヴィーマータ』の拘束を解いても、襲い掛かってくる様子は見られない。


「そんじゃ、闇の魔法師さんよ、アジーンとドゥバーを開放して貰えないかね。とっとと次の仕事に向かいたいんでね」


 ラーシャは頷く。


「いいだろう……。出口はあちらだよ……」


 ラーシャが指し示す方向の、霧が晴れる。そこには『試練の間』に入ってきたのと同じく、鉄格子が嵌められた扉があった。

 続いて二つの石柱がぐにゃぐにゃと蠢き、試練に失敗した二人が吐き出された。


「では……我が主人よ……私は命に従い、この者共の監視を……」

「あ、ああ、頼んだ。……あんまり厳しく判定しないようにな?」

「お優しい主人よ……承知しました……」


 ぞろぞろと出口に向かう傭兵たちに、ダスクは足音もなく続く。


「あっそうだ……ノーリ!」

「……アァ?」


 俺が呼び止めると、ノーリは眉間にしわを寄せながら振り返った。

 当たり前だが、俺とノーリは依頼で繋がっただけであり、友好な関係ではない。


「余計な世話かもしれないが、ケガしてるやつがいるんだろ? 早く医者に連れて行ってやれよ」

「ケガ……?」

「ええと……俺がここに来る前、崖の下に、お前たちの誰かの腕が落ちていた」

「ああ……」


 そう、橋が爆発して崖下に落下した後、人の腕が落ちていたのだ。

 傭兵たちは皆、外套に身を包んでいるので誰が隻腕かは分からないが、少なくともこの中に大怪我を負っている者がいるだろう。

 しかしノーリは不機嫌そうな顔をさらに歪め、首を横に振る。


「ケッ、アレは腕を食いちぎられたんじゃあねえよ。それ以外・・・・を喰われたんだ」

「……え?」

「オレたちは当初、崖の上でテメエを待っていた。そこに"ヤツ"が現れたんだ。あの巨大な……見たこともねえ、オオカミのような魔物がな」


 ――オオカミのような魔物。


「ハッ、散々だったぜ……。チェトレが一飲みにされちまった後、オレらも応戦したが、火薬も毒も通じやしねえ。滑り落ちるように崖下に逃げたら、この人形野郎に連れられて、闇の試練とやらだ」

「⋯⋯ま、待てよ。なら俺が橋を通る時に、橋を爆破したのは⋯⋯誰なんだ?」

「知らねェよ。火薬は仕掛けておいたが、傭兵団オレらは全員ここにいる⋯⋯。ああ、だが⋯⋯」


 ノーリは顔を手で覆い、言い淀む。


「⋯⋯なんだ?」

「ああいや、オレの見間違えかも知れねェが⋯⋯崖から落ちる寸前、その魔物オオカミが⋯⋯人の姿に変わった気が⋯⋯いや、ンなわきゃねェか⋯⋯。それじゃあな、依頼主サマよ。気長に待っててくれや」


 ノーリは踵を返し、片手を上げて歩き出す。傭兵たちと、ダスクもそれに続いた。

 鉄格子がひとりでに開き、一行はその奥に消えていく。

 最後まで振り返る事なく、そこで傭兵たちとの別れとなった。


 ――人に変じる狼の魔物。

 また『狼』か。狼頭のマルコと、何か関係があるのだろうか。

 ボロ小屋で見つけたレポートに書かれていた狼症候群と言い、最近は何かと『狼』と言う単語が付き纏う。


 やはり一度、確認の意味を込めてアーリアに手紙を出してみるべきか。

 南の遺跡で俺たちを襲ったマルコが、恐慌状態の時に見た幻覚か否か――。


「シャーフきゅん⋯⋯」

「⋯⋯はっ」


 肩に手を置かれ、振り返るとラーシャがいた。


「な、なんでしょう?」

「じゅるり⋯⋯。そうそう、私はもうすぐ逝くんだけどね⋯⋯」

「なぜ舌舐めずりを⋯⋯えっ? 死ぬんですか?」

「うん⋯⋯シャーフきゅんが試練を達成してくれたおかげでね⋯⋯これでようやくダーリンのところにいけるよ⋯⋯」


 そうか、元々六大魔法師はそういう運命なのだ。

 紋章によりマナの淀みを調律し、限界が訪れると隠遁する。俺はそれだけしか知らないが、それがこの世界の仕組みらしい。


「⋯⋯」

「悲しそうな顔もかわいいね⋯⋯じゅるり⋯⋯。まあもうこの体も限界が近かったのよ⋯⋯だからシャーフきゅんが死んでるところにちょっかいかけられたんだけどね⋯⋯」

「俺、なんと言ったらいいのか⋯⋯」

「何も言わなくてもいいよ⋯⋯。ただ⋯⋯これだけ受け取ってね⋯⋯」


 ラーシャの右手が、俺の右手を取る。

 俺の白色のマナリヤの中に、わずかに紫色の紋章が浮かび、すぐに消えた。


「⋯⋯これは?」

「私の魔法⋯⋯『ルナリー』だよ⋯⋯。女神様からのお達しで⋯⋯キミの力になれってね⋯⋯」

「女神、ユノの?」

「そう⋯⋯。これから大変だろうけど⋯⋯頑張るんだよ⋯⋯キミの道行に闇の加護があらん事を⋯⋯」


 ラーシャはそっと俺から離れ、人骨に寄り添うように腰を下ろす。

 恐らく、残り少ない時間を、かつて愛した人の側で過ごすのだろう。


 悲劇だったのだろうか。

 六大魔法師に選ばれた時から、遅かれ早かれこうなる事を宿命づけられていた。

 世界のためにその身を削り、誰かに看取られる事もなく、最期はこうして独りで。


 カーミラさんもそうだった。いずれはアリス学園長もそうなるのだろう。

 なぜ、この世界には六大魔法師という生贄しくみが必要なのだろうか。


『淀み』を取り除かなくてはいけない『マナ』とは、一体なんなのだろうか。


 俺は、その発生源である『母の心臓』で、何を為さなければいけないのだろうか。


「最後に⋯⋯」


 何も言えずに佇んでいると、ラーシャの静かな声が響く。


「⋯⋯えっ?」

「パティちゃんは⋯⋯どんな娘⋯⋯?」

「⋯⋯普通の娘です。でも俺にとっては、掛け替えの無い⋯⋯ラーシャさん?」


 ラーシャは白骨遺体の手を握り、寄り添うようにしていた。しかし、ベールの下から覗いた口元が微笑むと、薄緑色の光に包まれて行く。


「⋯⋯あ」


 やがて肉体が光の泡となって消え、後には大きなマナ結晶が残った。


「⋯⋯逝った、のか」


 この女性ひとがどの様な人生を送り、何を思って最期を迎えたのか、それはラーシャ自身にしか分からないのだろう。

 悲劇だったのだろうか。だが、彼女は最期に微笑わらった。


 自分の人生は、自分自身で価値を見つけるしか無いのだろう。

 ラーシャは見つけた。俺は、出来るだろうか。


「⋯⋯安らかに」


 俺は荷物袋の中から、魔法薬用の枯花を取り出し、マナ結晶のそばに手向けた。


 右手のマナリヤを左手で包み込みながら、出口へと歩を進めた。

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