見つけた日・5
「あるけどもね⋯⋯お仲間は石柱のまんまだよ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯チッ! 集合!」
傭兵たちは隅に固まり、何事かを話し始めた。作戦会議だろうか。
さて、俺はどうしようか。俺自身、語って聴かせられるほどの恋愛経験なんてない。かと言って傭兵たちに任せていては、脱出の芽も見えてこない。
「⋯⋯イケショタよ⋯⋯お前は何かないのか⋯⋯」
腕を組んで頭を悩ませていると、いつの間にかラーシャが背後にいた。
「あっはい⋯⋯すいません、人様に聞かせられるようなものは、なにも」
「というか⋯⋯私が怖くないのね⋯⋯わりと人外っぽい見た目だと自負してるけども⋯⋯」
「⋯⋯以前、マナによって人外に転じてしまった⋯⋯恩人がいました。その人は、そうなっても、人の心を残していましたから」
「そうなの⋯⋯偉いね⋯⋯可愛いね⋯⋯ジュルリ」
怖気を感じ、俺はラーシャから距離を取る。
「ああん⋯⋯いけず⋯⋯。イケショタは恋してないの⋯⋯?」
「い、いや、だから俺は⋯⋯」
「話してみ⋯⋯? エモかったらプライマルウェポンあげるからさ⋯⋯」
「エモくなかったら石柱にされるじゃないですか」
カーミラさんが悲劇的な出生だっただけに、このラーシャさんのふざけっぷりが際立つな。いや、十分に悲劇的ではあるのだが、本人のお気楽さがそれを感じさせないと言うか。
「イケショタは……」
「イケショタイケショタって……俺はシャーフ・ケイスケイです」
「そうなの⋯⋯シャーフきゅんって呼ぶね……。私が一緒に心中したダーリンも、キミくらいの歳頃だったよ……ほらアレ……」
「きゅんって。と言うか、アレって、え……? ひえっ……」
ラーシャが指し示す方を見ると、人骨が石柱にもたれ掛る様に安置してあった。確かに骨格からして子供の物だろう。
「……は、犯罪ですか?」
「失礼な……お互い愛し合っていたよ……。当時、私は十九歳だったけど……愛さえあれば歳の差とか関係ないよね……」
「それはまあ……俺もそう思いたいですが……」
「気が合うねシャーフきゅん……ここで一緒に暮らさない……?」
「それはちょっと。俺は行かなきゃいけない所が……え?」
肩を叩かれ振り向くと、傭兵の頭目が立っていた。
「シャーフ・ケイスケイってェのか、坊主」
「ええ、はい」
「リンゼル魔法学園の、シャーフ・ケイスケイか?」
「そうですが⋯⋯以前、どこかで会った事ありましたっけ――――!」
僅かな殺気を感じ取れたのは、ここ数ヶ月の修行の賜物だろうか。
俺が抜いた短剣は、頭目が突き出した三日月刀の刀身をなぞり、火花を立てながら往なした。
イィン、と広間内に金属音が反響する。耳障りな音を聞きながら、俺は頭目と距離を取り、長剣を抜いた。
「何をする⋯⋯!」
「奇遇だな。オレが受けてた
頭目は、目を三日月の様に歪めていた。
広間の隅に目をやると、固まっていた傭兵たちの姿がない。先程と同様、石柱の影に隠れて気配を消しているのか。
「俺を⋯⋯殺す⋯⋯!?」
「おう闇の魔法師さんよ! 別にここで殺生が起きようが、口出しなんてしやしねぇよな?」
「別に⋯⋯ただここは一応、東大陸の法治圏内⋯⋯」
「ハッ、じゃあバレなきゃ問題ねえ! いつも通りの事だ!」
頭目が俺に向かって来る。
雇主が誰かなど、聞くだけ無駄だろう。今ここで、抵抗しなくてはただ殺されるだけだ。
「くそおっ!! 何でこうなるんだよ!!」
***
真っ向から迫りくる、頭目の剣。
それを躱し、石柱に身を寄せると、影から伏兵の剣が襲い掛かる。
紙一重で躱すと、再び頭目からの追撃――全く休む暇が無い。こいつらは、多対一における戦闘に、慣れ過ぎている。
「人とは⋯⋯度し難い⋯⋯。魔物という共通の敵がいるのに、なぜ同族同士で殺し合うのか⋯⋯私には分からない⋯⋯」
激戦の最中、ラーシャの呟きが耳に届く。全くだ。
「白きマナリヤを持つ判定者よ⋯⋯この世界は、その目にどう映る⋯⋯?」
女神ユノ曰く、世界の存続を賭けたプログラム、だったか。
俺の半生だけ切り取って見れば、何とも酷い世界だ。故郷を追われ、恩人を殺され、誰とも知れない者に命を狙われ――。
「ならば⋯⋯滅びを迎えるべきだと思うか⋯⋯?」
『――貴方がやらないと、この世界は破滅してしまうでしょう』
「――いや。否だ」
西で優しい人達に出会った。
南で気高い意志を見届けた。
東で大切な想いに気づいた。
諸々差し引いても、この世界は続いて行くべきだ。
「――ハッ!!」
石柱の影から繰り出された三日月刀。その刀身を、長剣の突きを以って破壊する。流石はクラウンガード御用達の剣だ、良い仕事をしている。
「この坊主⋯⋯!」
「俺は、前だけを見るって誓ったんだ――邪魔をするな!」
今度はこちらから斬り込む。
奴等は
俺と頭目の身長差は頭二つ分ほどもある。その体格差を逆に利用し、接近戦に持ち込む。
「くっそ、ガキの癖に……!」
常に相手の間合いの
大丈夫だ。カシムさんやサンディさんの洗練された剣技に比べれば、この男は粗野であり雑だ。かすり傷は負うものの、致命傷を受ける事は無い――!
「随分お行儀のいい剣を使うな、坊主! なら、こんなのはどうだ!?」
いくらか斬り結んだ後、頭目が攻防の隙を縫って懐に手を突っ込む。
頭目は取り出した
「そらっ、これでも喰らいなっ!」
放られた
ヂリヂリと火花を立てる導火線はあまりにも短く、宙で切断するなんて芸当は、サンディさんならともかく俺には不可能だ。
「ッッ!!」
魔法で防御――使えない――なら後ろに飛び退くしか――!
「こいつもオマケだ!」
更に、革鎧に収められた短剣が俺に向かって投擲される。
留まれば爆弾、飛び退けば短剣、どちらにせよ負傷は免れない。
ならば、被害が少ない方を選択するしかない!
「……ぐうぅッ!!」
俺は地面を蹴って後方に飛び退いた。
同時に短剣を叩き落とそうとするも、直後に起きた爆発によって体勢を崩され、腕に短剣が突き刺さる。
爆弾の着弾地点から、夥しい量の黒い煙が上がる。その臭いで鼻が曲がりそうだ。
くそっ、また想定が甘かった。
奴の得物が三日月刀だけだと思い込んでいた。
それに当たり前だが、対人において、奴らの方が経験も実績も圧倒的に上回っている。
次はどう来る? 腕に刺さった短剣を抜き、身構える、が。
「あ、れ……?」
剣を握る指に力が入らない。腕の腱をやられたのか?
「どうだい、特製の痺れ毒は? そのまま動かなければ楽に逝けるぜ」
毒……短剣に塗られていたのか。
なんて周到さだ。いや、奴らは元々俺を殺そうとしていたのだから、当たり前か。
「坊主、冥土の土産に教えておいてやるよ。お前の剣には殺意が足りねえ。なるほど確かに剣の振りは速い。何度か斬り合ってヒヤっとする場面もあった。だが、お前、人を殺した事ねえだろ」
「…………」
あってたまるか、そんなもの。
人を殺すのも、人に殺されるのも、まっぴらごめんだ。
どうしてこうなった。俺はただ――。
「俺は……ただ……」
「あァ?」
「あの、時間を……」
『――ずっと、こんな時間が続けばいいのに……』
あの時間を、取り戻したかった。
また皆で一緒に、笑いながらパイを食べたかった。
「アンジェリカ、アリスター、ノット、サム……――パティ」
もう戻らないものは、確かにある。
だけど俺は、もう一度、あの――風が運んでくる花の香りを。遠くに見える黄金に揺れる麦畑を。隣で微笑む優しい姉を。ただそれだけの願いを。
「ああ、『アンジェリカ』ねェ。そうだそうだ、もう一つ教えておいてやる。お前の、行方不明の姉さんが見つかったって話、ありゃ嘘だ」
「…………ぇ?」
「おお、もう首を動かすだけで精一杯か。嘘だよ、うーそ。お前を釣り出す為の嘘だ。どうせ今頃、魔物の餌になってるか……いや、お前の姉なら器量も良さそうだな。変態にでも買われてるんじゃねえか?」
「――――」
――ただそれだけの、ちっぽけな願いを。
お前たちは、どうして踏み躙る事が出来るのか。
「さーて、こっちの仕事は済んだな。後は、このクソッタレな迷宮からどうやって脱出するか⋯⋯」
頭目の声を遠くに聞きながら、段々と意識が薄れていく。
毒が全身に回り、じわりじわりと死んでいく。喪失感が全身を支配する。こんなにもゆっくりと"死"を意識させられるのは初めてだった。
「しかし頭ァ、どうするんで? 試練も突破出来ねぇんじゃ⋯⋯」
「ん⋯⋯まあ、依頼は済んだし、まずは後金をもらってから⋯⋯」
⋯⋯依頼は済んだ《・・・・・・》、だと?
待てよ。
以前、『オンボスの檻』で俺を襲撃したマルコは、確かこう言っていた。
『ところでよ、ちょっと疑問だったんだが……そこのガキは死んでも死なねえんだろ? 殺せと言われて来たはいいが、どうやったら死ぬんだ?』
マルコは俺の不死性を知っていた。
雇主が同一だとしたら、この傭兵たちにもそれは伝えられていて然るべきだ。
マルコを差し向けた人物とは別――いや、今はそれはどうでもいい。
奴等は今、『毒で俺が死んだ』と思い込んでいる。これは好機だ。
「しかし頭ァ、もう前金は貰ってるんですよね? その魔封石とやら、かっぱらってトンズラしちまえば、後金以上の金になるんじゃ?」
「ドアホ、そんな事してみろ。オレたちゃもう、東大陸で仕事できなくなンぞ」
「へっへ⋯⋯そうでした」
魔封石――学園の保管庫から持ち出され、ロナルド先生が血眼で探していたものだ。
付近の魔法の発動を封じる物。適性者が少ない闇魔法の魔晶で、とても貴重な物。
そうだ。俺の魔法が不調だったのは、たしか――。
「⋯⋯⋯⋯そうか」
段々と見えてきた。俺を殺そうとする人物像が。
そんな事で――?
そんな取るに足らない事で、俺の願いを邪魔すると言うのか。
ふざけるな。ふざけるな。ふざける――――。
「……ぁ」
黒い感情もやがて、死の喪失の中へと消えて行った。
***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます