見つけた日・4
なんだこれ、想像していたのとだいぶ違うぞ。
「我が主人は⋯⋯自身の悲恋から⋯⋯恋愛話に飢えております⋯⋯どうぞ皆さま、奮ってご参加願います⋯⋯」
ぺこり、と頭を下げた案内人。
俺が呆然としていると、傭兵の男は天に向かって指を鳴らした。
「えー⋯⋯テメーら、集合!」
次の瞬間、柱の陰から何かが現れた。黒いマントを被り、顔の下半分を布で隠した男たちだった。
男、と判断したのは体躯からだ。そのいずれも屈強で、腰の鞘には三日月刀をぶら下げている。数は全部で一、二、三……靄でよく見えないが、十数人は居そうだ。
俺がこの部屋を調べていた時には、男達の姿はなかった筈だ。
「驚いたか、坊主? これがオレ達『双頭の
男はニヤリと笑みを浮かべる。そして集った傭兵軍団に向かって、叫んだ。
「――この中で、恋愛経験のある者、挙手!」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
まばらに手が上がる。
男を含め、合計で六人ほどだ。
「⋯⋯かーっ! 他全員、素人童貞かよ! なっさけねぇ!」
「うっせ⋯⋯」
「死ね⋯⋯」
「バカ⋯⋯」
口々に呪詛を吐く傭兵達。
はあ、しかし、先程までの俺の心配は何だったのか。
恋愛話を聞かせるだけなら、この場の誰かが闇の魔法師を満足させれば終わりだ。
「それでは⋯⋯ご案内します⋯⋯」
押しても引いても開かなかった鉄扉が、軋んだ音を立てて開く。
あの先で闇の魔法師、ラーシャ・ラトリが待ち受けているのだろう。
「仕方ねえ、行くぞ野郎ども!」
ゾロゾロと扉の先へと向かう傭兵達。俺もその後に続いた。
この時、俺はまだ理解していなかった。この闇の試練の本当の恐ろしさを――。
***
案内された鉄扉の先は、これまた無数の石柱が建ち並ぶ広間だった。石柱それぞれに、やはり人名と思しき文字列。これが墓でないとしたら、一体何の標なのだろうか。
「坊主、悪いがオレ達が先に攻略させてもらうぜ?」
「あっはい、どうぞどうぞ⋯⋯」
傭兵の男に肩を叩かれ、先を譲る。俺としてはこの迷宮から出られれば何でも良い。プライマルウェポンに興味はあるが、今は脱出が最優先だ。
「試練に挑む者たちよ⋯⋯」
すると、広間に声が響いた。女性の声だ。
「お頭! アレを!」
傭兵の一人が、広間の奥を指差す。
釣られて視線を移すと、そこには黒いドレスを纏った女性が居た。ヘッドドレスから垂れたベールによって、素顔は分からない。
それだけだったらまだヒトとして認識していただろう。しかし、地面に着くまで伸びた長い黒髪が蛇のようにうねっているのと、背中から生えた蝙蝠のような翼は、人外と認識させるには十分だった。
「へっ、お出ましか」
彼女が、闇の魔法師ラトリの成れの果てであるならば――カーミラさんやウイングのように、人外へと転じているのだろう。
油断はできない――。
「聴かせよ⋯⋯お前たちの恋バナを⋯⋯」
⋯⋯なんだかなあ。
これが『我を倒せ』とかだったらまだ緊迫感があるんだが、恋バナを聴かせろと言われても、間抜けな空気しか流れない。
だが、美味い話には裏があるもの。
俺は挙手し、ラーシャ・ラトリに訪ねた。
「あの、質問いいですか?」
「むっ、金髪のイケショタ⋯⋯。質問を許そう⋯⋯」
イケショタて。
気を取り直し、口を開く。
「えー⋯⋯本当に、恋愛話を語って、貴女が満足すればそれで試練達成なんですか?」
「その通り⋯⋯六大魔法師ウソつかない⋯⋯」
という事らしい。ここでの言質が役に立つかは不明だが、ともかくルールはそれで間違いない。
後は、『恋バナがお気に召さなかった時』について聞いておく必要があるだろう。つまり試練失敗時のデメリットだ。
「もう一つ質問いいですか?」
「よかろう⋯⋯だがその前に⋯⋯『ラーシャお姉ちゃん、ボク聞きたいことがあるの』と聞け⋯⋯可愛らしくね⋯⋯」
「えっ⋯⋯嫌ですけど⋯⋯」
「ならば答えぬ⋯⋯」
なんだそれ。こんな俗っぽい六大魔法師があって良いのか。
「おいおい坊主、抜け駆けは良くねえな! こっちはさっさと攻略させて貰うぜ! 行け、アジーン!」
「承知――」
傭兵の男――頭目が指示すると、アジーンと呼ばれた傭兵の一人が前に出る。
「む⋯⋯金髪イケショタとのひと時を邪魔するとは⋯⋯まあ良い⋯⋯。それでは語るがいい、お前の恋愛譚を⋯⋯」
ラーシャがドレスの袖が翻しながら指を振ると、アジーンの背後に石製の椅子が現れた。
「では、参る――」
アジーンはそれに腰掛け、口を開いた。
***
昔、アジーンがまだ十代半ばだった頃、冒険者ギルド『カルディ』に属していた。
もうすぐ成人を迎えるにあたり、冒険者として身を立てて行こうと決意していたアジーンには、共に旅に出ようと約束していた女がいた。
女の名はミーア。取り立てて美人というわけでは無かったが、愛嬌がよく、誰からも好かれるような子だった。
しかしある日、ミーアと彼女の両親の会話を聞いてしまった。
旅に出ると言うミーアに反対する両親。曰く――家業を継ぎ、決められた許嫁と結婚しろと。
許嫁は、町の中でも大きな商家の後継であり、それに比べてアジーンは孤児院の出であった。
どちらがミーアの幸せであるか――考えずとも答えは分かっていた。
アジーンは書き置きも残さず、ただ彼女の幸せを願い、成人を待たずして家を出たのだった。
***
「風の噂で、ミーシャは幸せになったと耳にした⋯⋯だが、オレに悔いはない。どんな形であろうと、彼女が幸せならば……」
語り終わったアジーンは、晴々とした口調でそう締めくくった。
好きになった子の為に、身を引く――ありきたりだが、感動的な話だ。それからどうしてアジーンが冒険者をやめ、傭兵稼業に身を置いたのかは、いずれ語られるのだろうか――。
「はい失格⋯⋯悲恋は無条件で失格⋯⋯」
「なっ――!? うわあああっ!」
しかしラーシャは、その静かな声色に怒りを滲ませながら、再度指を振る。
すると石の椅子が変化し、アジーンを
「あ⋯⋯言い忘れたけど、私の気に入らなかった話をした輩は⋯⋯この迷宮の飾りとなってもらうので⋯⋯ヨロシク⋯⋯」
「アジーン!」
傭兵たちが石柱に駆け寄り、その無事を確かめようとする。しかし、石柱に触れた一人が、顔を青ざめさせながら振り返った。
「お頭ァ⋯⋯アジーンの声が聞こえる⋯⋯!」
「あァ!? 何言ってんだ⋯⋯」
「さっきまでコイツが語ってた恋バナが聴こえてくるんだよォ!」
頭目は石柱に近づき、掌を当てる。
「⋯⋯チッ。おい、どういう事だよ、闇の魔法師さんよォ!?」
「私の蒐集物だ⋯⋯。暇な時聞き返している⋯⋯」
俺も石柱に近づき、そっと指を触れてみた。
『――オレにはミーアという恋人がいて⋯⋯』
脳内に直接響くように、アジーンの声が聞こえてきた。試練失敗時のデメリットは、この様に暇つぶしの玩具になってしまう事なのだ。
石柱には『アジーンとミーア』と彫られている。つまりこれまでにあった石柱は全て、試練に失敗した者たちの成れの果てという事か。
「さあ、次の語り手よ⋯⋯どんどん来たれ⋯⋯」
「チィッ! やってられるか、こんな馬鹿げた試練! おい、この女を囲め!」
頭目の号令を受け、傭兵達がラーシャを取り囲む。
「集団でとは⋯⋯なんと乱暴な⋯⋯そういうのも嫌いじゃない⋯⋯」
「うるせぇ! お前を殺しちまえば、試練もなんもねェだろ!」
「しかし私を殺せば⋯⋯石柱は元には戻らない⋯⋯ぞっ」
その言葉に、傭兵達の手が止まる。
裏を返せば、試練を達成すれば、石柱は元に戻るという事だ。
「とにかく⋯⋯私は満足したいのだ⋯⋯。自分の人生が散々だったから⋯⋯最期くらいエモエモしい話で満たされたいのだ⋯⋯いいじゃんそれくらい望んでも⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯クソっ。おいお前ら、自信がある奴!」
頭目が声をかけると、傭兵の一人が前に出る。
「クックック⋯⋯それでは私めが」
「やれンのか? ドゥバー」
「お任せ下さい」
「カモンカモン⋯⋯エモーショナルなのを頼むぞ⋯⋯」
ドゥバーと呼ばれた男は、地面から現れた椅子に腰掛けた。
「これは五年前――」
そして、語り始めた。
***
「はい失格⋯⋯寝取りは趣味じゃない⋯⋯」
「うわああっ!!」
話を聞き終えたラーシャは、即座にドゥバーを石柱に変えてしまった。
無理もない。俺も聞いてて胸糞が悪くなる様な話だったのだから。
「アイツ、そんな事してたのか⋯⋯」
「クズじゃん⋯⋯もう放っておいて良いんじゃね⋯⋯?」
「流石に引くわ⋯⋯」
傭兵達も呆れ顔である。
「だが、アジーンの野郎は見捨てられねえ⋯⋯次だ!」
「で、ですがお頭ァ⋯⋯あの女の好みが分からなけりゃ、どうしようもありませんぜ? 見て下せえ、この石柱の山⋯⋯」
確かにそうだ。この無数の石柱の数だけ、一人一人の
だとすれば、ここにいる誰がラーシャ・ラトリの琴線に触れられると言うのだろう。
「⋯⋯おい、闇の魔法師! 質問だ!」
「はい⋯⋯質問どうぞ⋯⋯」
「試練を受けずにここから出る方法はあるのか!?」
どうやら傭兵たちは、迷宮からの脱出を試みた様だった。
正常な判断だ。これはあまりにも挑戦者側に分が悪い。ラーシャの匙加減で合否が決まってしまうのだから。
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