見つけた日・2

 ***



 これから向かう『グリンの町』は、周りを鉱山に囲まれた鉱山都市だ。途中、いくつもの川や谷を通らなければならない。

 標高の高い山など人の手が及ばない場所は強力な魔物も多い。

 そんな魔物は『魔物避け』も効き辛く、ふとした拍子に人里まで迷い出て、甚大な被害をもたらす事もあるのだとか。


 それと、魔物以外にも注意するべき事がある――野盗だ。

 サンディさんからこの辺は治安が悪いと聞いている。今までは比較的治安が良い場所を通って来たが、今回はそうもいかない。最短距離を進み、後夜祭までにアンジェリカを連れ帰らなければならないのだ。

 それに、今は俺一人だ。傍から見れば子供一人で治安の悪い場所を歩いているただの馬鹿。野盗から見ればカモがネギを背負って来たように見えよう。


 まあ野盗程度、魔法を使って撃退すればいい。

 流石にまたブラックドラゴンを相手にするのはご勘弁願いたいが。


 俺が気をつけていた事はそれくらいだろうか。

 結論から言えば、想定が足りていなかった。




 ***



 リンゼル魔法学園では、学園を擁する都市を上げて盛大な祭りが開催されていた。

 広場では、生徒たちが作った屋台や魔法を使った演し物などで賑わう。

 ウィンガルド旧城を利用した校舎内は、輝く魔昌や季節の草花をあしらったリースで飾り付けられ、そこかしこで談笑する生徒や来訪客が見受けられた。


 その一角。学園祭に使用されていない、喧騒から離れた暗い教室で、男女が密談を交わしていた。


「――首尾は?」

「はい。言われた通り、ギルド宛の郵便に偽の書簡を混ぜました。魔封石も指定の住所に手配済です」

「ふっ、それでいい。今頃大喜びだろうねえ、『お姉ちゃん大好きなケイスケイ君』は! ああしかし、準備には手間取ったけど、万全を期さなければね」


 祭りの陰に隠れての逢瀬――などではない。

 片方の男――ピエール・ウッドルフは、愉快そうに手を叩く。


「彼の罪は重い。僕が目を付けた獲物ドラゴンを横取りした挙句、ゼラちゃんを差し出さないばかりか、騙し討ちで僕に恥をかかせた! 彼は僕の人生ストーリーの邪魔だ。速やかに退場して貰うとしよう」

「ピエール様、どの様な策を?」


 女――メイド服を着た少女が訊く。


「聞きたいかい、ルナ? ふっ、あの辺のならず者を雇ったのさ。将来、人を使う立場に立つ予行練習……にもならないかな? ははっ」


 ピエールは笑いながら答え、少女の黒髪を撫でた。

 少女――ルナはウッドルフ家から遣わされたピエールの従者である。


「冒険者を雇うと足が付くしね。それに冒険者と違って、ギルドの誓約にも護られていない分、金さえ積めばなんでもやる奴らさ。グリンに行く途中、絶対に渡らなくてはいけない橋があるだろう? 彼が通った瞬間に『ドカン』さ」

「しかしピエール様、野盗が他の通行人を間違えて襲ってしまう可能性は?」

「それは心配いらないよ、彼の外見は特徴的だからね。妙な仮面を着けた十歳くらいの子供なんて、この東大陸を探しても彼くらいさ」


 高らかに笑うピエール。人払いを済ませ、誰にも聞かれる筈のない密談。


「更に、谷底に落下した先には伏兵が潜んでいる! 万が一生きていたとしても、怪我で動けない彼はそこでトドメを刺されるって寸法さ!」

「流石です、ピエール様」


 誰にも――常人の聴覚であれば、誰にも聞かれる事は無かっただろう。

 しかし、ただ一人――遠く離れた祭りの喧騒の中で、この会話を耳にした少女がいた。



 ***



「⋯⋯⋯⋯」

「どうしたの? ゼラちゃん」

「お腹が痛くなったので帰って寝ます」

「もー、食べすぎだよ⋯⋯魔法薬の先生のところ行く?」

「あのヒス男は薬臭くて苦手です」


 ゼラは手に持っていた串焼きをパティの口に突っ込み、小さく手を振った。


「では。また、明日」

「うん、お大事にね! 明日はシャーフも来るといいなあ」

「善処しましょう」

「うん?」


 ゼラは、パティの姿が見えなくなったと同時、疾駆する。

 そしてボロ小屋の横に停まっているはずのマナカーゴが無いことに気づき、しばし瞑目した。




 ***



「どうしてこうなった……」


 瓦礫の山に埋まりながら、ぽつりと呟く。


 ――否、正確には『気を失う前後の記憶を照らし合わせた結果、恐らく俺は瓦礫の山に埋まっているだろうと判断しながら呟く』だ。


 何故、グリンの町に向かっている俺が気を失ったのかと言えば――渓谷同士を結ぶ石橋を渡っている最中、その橋が爆発、崩壊したのだ。

 何故か魔法も発動せず、俺はマナカーゴごと谷底へ落下した。


 気が遠くなる様な落下の最中に、ふっと気が遠くなり、目が覚めたら周りは硬い瓦礫の山で身動きが取れず、今に至る。

 奇跡的に五体満足で生存したというより、あの高所から落ちて無事なのはおかしい。これ、一回死んだな。


 高所から落下死する際は、途中で意識を失って苦しまずに逝ける――と言った俗説を聞いたことがあるが、まさか自分の身で実証する事になるとは思わなかった。


「うぐぐ⋯⋯」

 

 と言うよりも、現在進行形で瓦礫に押し潰されかけている。このままでは圧死から復活、そさて圧死の無限ループだ。


「――うおっ!」


 と思いきや、俺の右手のマナリヤが白く輝き、現れた白い光が山の中で閃く。それは凄まじい斬れ味をもってして、あっという間に瓦礫を粉微塵に切り刻んでしまった。

 重い木材も刻めば軽い木屑となり、何とかその場から這いずり、脱出する事が出来た。


「⋯⋯白い剣」


 宝剣ハルパーだ。どうやら、自動で持ち主の危機を排除してくれたらしい。

 そして瓦礫の外に出て、やはり俺が埋まっていたのはマナカーゴの変わり果てた姿だった事を確認し、肩を落とした。

 ウイングの形見兼自宅だったのに、こんな形でお別れする事になるとは、なんとも無情だ。


「なんにせよ無事ではあったが⋯⋯」


 ここからどうやってグリンの町まで行くか。

 現在俺がいるのは、両側面を崖に囲まれた谷底だ。崖を這い上がるのは難しそうだし、土地勘も無い以上、谷を移動するのも危険だ。


 せめて魔法が使えれば。『プリティヴィーマータ』なら、崖を這い上がる事も可能かもしれないのに。

 以前、ゼラが拐われた時も同じ事があった。あの時はピエールが何かを仕掛けたのかと思ったが、今は周りに誰もいない。単に俺の不調だろうか。


「うっ⋯⋯」


 酷い臭いに鼻を覆う。鉱山が近いので、何処かからガスが噴出しているのかもしれない。あまりここに留まるのも危険という事か。

 硫黄の様な、塩素の様な、あぶらの様な、鉄の様な⋯⋯?


「血の臭い⋯⋯?」


 ガスのに混じって、不穏な臭いが立ち込めている事に気づく。

 俺は出血していない。近くで野生動物でも死んでいるのだろうか。そう考えて辺りを見回すと、飛び散った瓦礫に混じって――人の手がはみ出していた。


「だっ⋯⋯大丈夫ですか!?」


 もしや、たまたま谷底にいた人を、俺のマナカーゴが押し潰してしまったのか。血の気が引く思いをしながら人の手に駆け寄り、救助しようと引っ張る。


「⋯⋯ひっ」


 その手はやけにひんやりと冷たく、簡単に抜けた――かと思いきや、肘から先が無かった。断面から滴る血が地面を黒く染めている。

 断面は獣に噛みちぎられたかの様にグチャグチャだった。少なくとも、瓦礫に押し潰されて切断されたのならこうはならない筈だ。


「⋯⋯⋯⋯」


 そっと腕を元の場所に置いて、再度辺りを見渡すも、この腕の持ち主・・・は見当たらない。

 旅人が魔物に襲われただろうか。

 手、それ自体は温度を失ってはいるが、まだ血が滴っている事から、傷は真新しいものだろう。

 つまり、まだこの辺りには人を襲う野生動物か、魔物が潜んでいる可能性が高い。しかも、俺が落下した音を聞きつけてやって来る事も考えられる。


 俺の得物はサンディさんから借りた長剣、それとハルパーだ。正直、この白い剣さえあればどうとでもなりそうではあるが、この間のブラックドラゴンが現れたら――。


『いくら幼竜とはいえ、アンタ一人で倒せるほど弱くないのよ、あのドラゴンは』


 ――とは、サンディさんの評価である。

 更に、この辺りにはドラゴンを学園都市にけしかけた・・・・・下手人がいるかも知れないのだ。

 そんな場所で移動手段を失い、魔法も使えない――もしかして、いま結構ヤバい状況に置かれているかも知れない。


「⋯⋯それでも」


 それでも、アンジェリカがこの先のグリンの町にいるかも知れないのだ。それに、後夜祭までに学園都市へ戻らなくてはならない。

 迷っている暇はない。おれはマナカーゴの残骸から使そうな物を荷物袋に纏め、崖に手をかけた。

 とにかくグリンの町に辿り着こう。そこから足を調達し、そして――。


「⋯⋯⋯⋯無理は良くないよ」

「えっ? ⋯⋯うわぁっ!」


 背後から急に声をかけられ、驚きで足を踏み外す。一メートルほど登っただけだったので、尻餅をつくだけで済んだ。


「痛え⋯⋯」


 尻をさすりながら立ち上がり、声の主を探す――までもなく、そいつはマナカーゴの残骸の上に腰掛けていた。


「驚かせてごめんね⋯⋯。大丈夫?」


 先程まで影も形も無かったはずの、痩せ細った青年は、掠れた声で微笑んだ。

 背まである長い黒髪で、顔の上半分は隠れてしまっている。黒色の襤褸ぼろマントで身体を覆った彼は、まるで幽鬼の様な雰囲気を身に纏っていた。


「⋯⋯あなたは誰だ」


 いつでも剣を抜ける様に身構えながら問うと、青年は両手を狭く広げ、害意がない事を表した⋯⋯様に見えた。


「案内人⋯⋯だよ」

「⋯⋯案内人?」

「そうさ⋯⋯。この辺は山々や谷が入り組んで、道を外れると迷いやすい⋯⋯。そんな人たちを目的地へと案内するのが⋯⋯役目なんだ」


 ⋯⋯怪しい。


「もし良ければ⋯⋯君も案内しようか⋯⋯?」


 だが、ここで獣でも魔物でもなく、人に出会えたのは僥倖と言えよう。

 人がいるなら営みもある。少なくともこの近くに、この『案内人』の住処がある可能性は高い。そして、この辺りに住んでいるのであれば、グリンの町への経路も知っているだろう。


「⋯⋯はい、お願いします」


 俺が頷くと、案内人は口元に笑みを浮かべ、マナカーゴの残骸から飛び降り、歩き始めた。


「ついておいで⋯⋯。今日は、よく人が迷う日だ⋯⋯」

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