見つけた日・1

 ***



『サマー・ハーベスト・パーティ』。その名の通り、夏の収穫祭だ。

 収穫祭と言えば、前世では秋のハロウィーンなどが代表的な例だが、このウィンガルドでは初夏に行われる。初代ウィンガルド王が夏野菜を好んでいた事に由来するのだとか。


 リンゼル魔法学園においては、言ってしまえば収穫祭の名を借りた学園祭である。

 二日間、昼夜を通して行われ、後夜祭では『女神』に祈りを捧げる儀式が執り行われる。こちらも初代ウィンガルド王が王妃を見初めたエピソードに由来するらしいが、細かい事は知らないし、興味もない。


 それに、この世界の女神って言ったら"アレ"だ。

 あまり触れてこなかったが、この世界にも宗教はあり、町村には教会もある。そこで偶像として崇め奉られているのも勿論"アレ"である。

 正直、"アレ"の実態を知っている身からしたら、祈りを捧げるなんて気も起きない。神様と言うより生命保険の勧誘のオバ……お姉さんだ、アレは。


 だがしかし、女神がアレであろうが、このような後夜祭イベントが執り行われ、とある伝説が周知されている事は確かだ。



『――そこで結ばれた恋人は永遠になるのさ』


『僕もその日――ふふっ、告白しようかな』



 以前、"嫌味が無い方のイケメン"ことヴィスコンティ先輩が、ボロ小屋を訪れた際に放った台詞だ。

 先輩はまるで物語の中の『王子様』そのものだ。眉目秀麗、成績優秀、性格よしと――周りからの評判を聞く限り、非の打ちどころがない。

 その先輩が後夜祭の日に『告白』すると仰るものだから俺としてはもう気が気ではない日々を送っていた。


「……負けてたまるか!」


 こちとら、幼少の頃からパティと一緒にいるんだ。ぽっと出のイケメンに掻っ攫われてたまるか。


「…………」


 しかし、パティの心はどうなのだろうか。

 ウォート村に居た頃は、毎日の様に愛を囁いて来ていたパティだが、俺はと言えばその悉くを塩対応。そしてこの学園都市に来てからは父親宣言する始末。

 そして突然現れたイケメンの存在に焦ると言う――俺はなんとも情けない男だ。愛想を尽かされていてもおかしくはない。


「……それでも!」

「うるさいです、早く寝てください。明日はパティ子と一緒に収穫祭を周るので早起きしないといけないのです」


 マナカーゴ内の寝床で意気込んでいると、ゼラが幌を捲って顔を出した。

 ボロ小屋と隣接して停車してある上に、小屋の壁が薄いので防音性が劣悪なのだ。俺の独り言で目覚めてしまったのだろう。


「ああ悪い、俺ももう寝るから……」

「……!」


 ゼラは俺の顔を見ると、口を開いたまま固まってしまった。

 ほんの少しだけ目を見開いている事から、驚いている様だ。


「どうした? 口を開けてたら虫が入るぞ」

「その時は私の栄養になってもらいます。仮面はどうしたのですか」


 どうやら俺の素顔を見て驚いた様だ。


「いままでお風呂の時も寝る時も外さなかったのに」

「いや、流石にその時は外してただろ。まあ、あれはもう必要ないんだ」

「ということは、これからは素顔で過ごすつもりですか」

「ああ、そのつもりだが……」

「そうですか。胸焼けします」


 そう言い、ゼラは引っ込んだ。一体なんだったんだ。



 ***



 翌日。

 学園を上げての祭とは言うものの、俺が用があるのは後夜祭のみである。

 人混みに揉まれるのも疲れてしまうと言う、何とも年寄りじみた理由で、俺は不参加を決め込んでいた。

 今日はウォートの畑仕事を見守りつつ、告白の台詞でも――。


「ケイスケイ様ーーーっ!」


 ――と考えていたところ、俺の寝床を何者かが訪ねてきた。


「ああ、こちらでしたか! 受付の方に『外れの小屋に住んでいる』と聞いて……あれ? ケイスケイ様ですよね?」


 来訪者は、冒険者ギルド『カルディ』で受付員をしているラウドさんだった。

 俺がギルドに赴いた際に、多少世間話をする間柄にはなったものの、それ以外の付き合いは無かったはずだ。そんな彼から訪ねて来るとは一体何事だろうか。


「あっはい俺です」

「いやはや驚きました、そのようなお顔をされていたとは」

「いやはは……それよりどうしました?」


 ラウドさんは全力疾走してきたように汗だくで、肩で息をしている。

 これほどまでに急いで、一体何を――。


「依頼を受諾されていた冒険者の方から連絡がありました! お姉さんを保護したと!」

「――――は?」

「朝一でギルド宛の郵便を仕分けしておりましたところ、この様な手紙が! どうぞ!」


 ラウドさんが差し出した封筒へ、震える手を伸ばす。

 手紙には、


『『グリンの町』にて対象の少女を発見、保護。しかしマナカーゴが故障してしまい、送り届けるのは難航している。周辺は強力な魔物が生息しており、護衛しながらの帰還は困難と判断する』


 と書かれていた。

 場所は東大陸の北方にある町だ。


「この手紙、確かに依頼を受諾した冒険者のものです。いやはや、居ても経っても居られず……。突然訪ねてしまい申し訳ありません」

「あ、い、いえ……ありがとう、ございます……!」

「しかし困りましたね、帰還が困難となると……」


 俺は震える膝を叩いて立ち上がる。


「なら――俺が迎えに行きます!」


 アンジェリカが見つかった。しかも文面からして、無事である事が窺える。そうなったらもう、いても経ってもいられなかった。

 東大陸の北方にある『グリンの町』、距離からすると、マナカーゴを使ったとして半日はかかる。

 つまり往復で一日。後夜祭には間に合う上、パティに最高のお土産が出来る――!


 仕事を抜け出してきたというラウドさんにお礼を言い、俺は久方ぶりにマナカーゴの操縦桿に手をかけた。



 ***



 マナカーゴを走らせ、商業地区に差し掛かった頃だった。


「そこの爆走マナカーゴ、止まりなさい!」


 前方にメイド服を着た女性が現れ、ブレーキをかける。


「ったく、事故が起こるわよ! ただでさえ収穫祭で人が多いんだから、気をつけなさい!」


 サンディさんだった。どうやらはやる気持ちを抑えきれず、知らず知らずのうちにスピードを上げすぎていた様だ。

 俺は御者台から降り、頭を下げる。


「すいません、急いでいたので⋯⋯。サンディさんは何を?」

「はあ? 誰よアンタ」

「シャーフです」

「シャーフ⋯⋯? うわっ、シャーフなの!?」


『うわっ』て。

 そういえば、サンディさんに素顔を見せるのは初めてだったか。


「なになに、どうしたの? あんなに頑なに仮面を外さなかったのに!」


 そして、サンディさんは異様な盛り上がりを見せた。


「別に外せとも言われてなかったので⋯⋯」

「言ったじゃない」

「言ってないですよ」

「そうだった? へぇー、でも、ふーん……」


 サンディさんはニマニマといやらしい笑みを浮かべ、品定めするように俺の顔を眺める。


「そんな顔してたなら、そりゃあ隠してたほうがいいわねえ?」

「……ええ、まあ」

「なによノリ悪いわね。それより、祭りの真っ最中なのに行かなくていいの? マ……ヴィスコンティがぷに子とよろしくやってるかもよ?」


 俺はサンディさんに、事の経緯を簡潔に話した。

 サンディさんは『姉』という単語に対して少しだけバツの悪そうな顔をしたが、すぐに優しい微笑みを浮かべた。


「……そ。それは良かったわね」

「後夜祭までには戻る予定です。いえ、絶対に戻ります」

「それは良いんだけど、そんな恰好で行くつもり?」

「……あ」


 言われて、自分が寝間着姿な事に気づく。

 旅用の、クリス氏の形見である外套はウォートに着せてしまった。学園の制服はボロ小屋の中に干しているので、まさに着の身着のままだ。


「おバカ。じゃあこれ、着なさい。寸法は合ってるはずだから」


 サンディさんは手に持った包みを開き、中から一着の服を取り出した。

 胸元にフリルをあしらったシャツに、艶のある黒のジャケット、細身のズボンだ。


「これは……?」

「ほら、『楽しい楽しい質問会』でアンタのプロフィールを色々聞いたでしょ、それを元に作ったのよ。前にぷに子が着てたサマードレスと、良く似合うと思わない?」


 そう言われ、これを着た自分がパティの横に並んでいる場面を想像する。黒と白のコントラストが映え、確かに見栄えは良いかもしれない。


「それ着ればヴィスコンティなんて目じゃないわよ! これでぷに子はアンタのものね!」

「いやでも、こんな仕立ての良いもの申し訳な……って」


 なんでこの人、”その事”を知っているんだ。


「……なんで知ってるんですか?」

「……あ、あら、やっぱりそうだったの。そうじゃないかと思ってたわ」


 サンディさんは一瞬目を泳がせた後、しれっと言い放った。

 ……どうやら鎌をかけられた様だ。


「ま、姉弟子のお節介として受け取っておきなさい! さっさとそれ着てお姉さん迎えに行って、後夜祭でビシっとキメちまいなさい! ほらあッ!」


 どの様な技か――俺の寝巻は一瞬にして剥ぎ取られ、瞬きするうちに服を着せられていた。


「キャー! 痴女!」

「女の子みたいな悲鳴上げてんじゃないわよ! ……あと、『グリンの町』って言った?」

「うう、汚された……え? あ、はい」

「あの辺、気を付けなさいよ。こないだアンタが倒したブラックドラゴン。アレの巣がある山が近いのよ。というか私もそれを調査しに来てたんだけど」


 以前、サンディさんが俺に稽古をつけてくれているのは、本業である王家直属の騎士クラウンガードの任務の"ついで"だと言っていた。その任務とはブラックドラゴンの調査だったらしい。


「……王様の近衛騎士が出向いて大丈夫なんですか?」

「色々事情があるのよ。それでこの前現地に行ってきたんだけど、どうも人の手で壊された形跡があるのよね」

「⋯⋯⋯⋯え?」

「しかも、近隣のギルドに確認しても討伐依頼は出ていなかった。これがどういう事かわかる?」

「⋯⋯誰かが、何かの目的でドラゴンを人里に向けた?」

「と、私はそう睨んでるんだけどね。しかも言っちゃ悪いけど、いくら幼竜とはいえ、アンタ一人で倒せるほど弱くないのよ、あのドラゴンは」


 なるほど、そう言われればブラックドラゴンの出現は不自然ではある。

 だが、それを知ったところで『グリンの町』に行くのは止められないし、サンディさんもあくまで忠告のつもりで教えてくれたのだろう。


「というか、任務内容を俺に喋って良いんですか?」

「別に構やしないわよ。仮に禁止されてたとしても、これからアンタが向かうのに教えないわけにはいかないでしょ」


 さも、それが当たり前のように言い切ったサンディさんの顔を見て、俺は『ああ、やはり血縁だな』としみじみとそう思った。


「あとあの辺は野盗も出るからね、気を付けなさい。さ、引き留めて悪かったわね。お姉さん、早く迎えに行ってあげなさい」


 背中を叩かれた俺は御者台に乗り込み、サンディさんに頭を下げた。


「はい! ⋯⋯あ、最後に一つ」

「なによ?」

「なんでリンゼルに滞在してるんですか? 調査なら、グリンの町にいた方が⋯⋯」

「あそこ、ご飯不味いのよ。あとアンタの修行を見れないでしょ」


 ごもっともだ。ああ、本当にこの姉弟子には感謝しかない。


「俺の姉さん、料理が上手いんです」

「そ。期待してるわ」

「はい!」


 もう一度頭を下げ、俺はマナカーゴを走らせた。

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