畑を作ろう・後

 辿り着いた先は、何も植わっていない、休耕状態の狭い畑だった。

 先ほどの農業革命はどこへやら、農具と呼べるものは錆びたくわすきが転がっているだけだ。

 人気ひとけもない、1ha《ヘクタール》程しかない畑を『農場』と呼ぶには、あまりにも粗末だった。


「⋯⋯ここが?」

「そうだよぉー。最近やっと使えるようになったんだぁー」

「訳有りと言うか、曰く付きに見えますが⋯⋯あれ?」


 畑のうねの中で、何かが動いた。

 ギョッとしていると、その何かが立ち上がった。人だ。


「生徒か? ここは立ち入り禁止だ⋯⋯ぞ⋯⋯」


 その人は俺の姿を認めると、途端に表情を険しくした。


「貴様ァ⋯⋯ここで何をしている⋯⋯!」

「やぁーロナ君ー。精が出るねぇー」


 ロナルド・タリオン先生だった。いつものローブ姿ではなく、学園長と同じく、農作業用と思しきオーバーオールのつなぎを着ている。こちらの色は黒だが。


「こんにちは先生。ロナルド先生こそ、ここで何を?」

「私はこの農場の管理者だ! 十年前、私の祖父とあの男・・・が汚染したこの土地を浄化していたのだよ!」

「お、汚染!?」


 ロナルド先生が言う『あの男』とは、間違いなくウイングの事だろう。しかし汚染とは穏やかでは無い。学生時代、一体何をしでかしたのか。


「我が祖父、ダン・バストロ・タリオンとあの男は、ここで作物の実験をしていたのだ⋯⋯! あの男が学園を去る前、盛大に『植物成長"超"増進薬』をぶちまけおって、お陰で数年前までは人も立ち入れぬ状態だったのだ! そして私が浄化した! そう、この私がな!」

「桃の木が森みたいになってたもんねぇー。土の栄養も枯れ果てちゃって、畑として使えなくなってたのを、ロナ君がなおしてくれたんだよぉー」


 なるほど。ロナルド先生は、ウイングの悪事の後始末をやらされていたと言うことか。そうなると俺がこの畑を使うのは絶望的だ。ただでさえロナルド先生からは目の敵にされていると言うのに、そんな因縁があれば尚更である。


「それでねぇー、シャー君が作物を植えたいんだってぇー。ここ使っていいかなぁー?」

「ふむ、良いでしょう。他に使用予定もありませんしな」

「あれっ? 良いんですか?」


 予想に反して快諾してくれた事に驚き、俺は麻袋を取り落としかけた。


「良いも何も、せっかく畑を使えるようにしたのだ。誰にも使われないとなれば、それこそ腹立たしい!」

「良かったねぇー、シャー君」

「あ、ありがとうございます⋯⋯?」


 話が順調に進み過ぎて、逆に気味が悪い。

 そして今度は予想通り、ロナルド先生は『では』と口を開いた。


「今日からこの農場の管理者は貴様だ! ここで起きた問題は全て! 貴様の管理責任になるからそのつもりでいろ! フハハ!」

「えぇ⋯⋯。十歳の子供に責任を押しつけるんですか⋯⋯?」

「ええい黙れ、私は忙しいのだ! いつまでもこんな土いじりなどしていられん! いいか、あの男の様に植物の魔物を大量発生させでもしたら、即座に貴様の"棒遊び"を辞めさせて、勉強漬けにしてやるからな!!」


 棒遊びって剣術の事か。ロナルド先生にそんな権限があるかはさておき、サンディさん辺りが聞いたら激怒しそうだ。

 ロナルド先生は、怒りながら高笑いすると言う、器用な芸当を披露しつつ、その場から去って行った。


「あ、ロナ君やぁー、魔封石の方はどうなったのぉー?」


 その背中にアリス学園長の声がかかる。ピタリと歩を止めたロナルド先生は、


「……鋭意捜索中です」


 とだけ言い、足早に立ち去った。

 魔封石とやら、まだ見つかっていないのか。


「まぁ一件落着だけどぉー、シャー君大丈夫ぅー? ひとりで麦育てるのなんて大変じゃなぁーい?」

「あー、まあ、そこは考えがあります」

「そうなのぉー? じゃあ頑張ってねぇー。ボクは腹ごしらえに行ってくるよぉー」


 アリス学園長は再び浮き上がり、まるで風船の様に農場の方へと流れて行った。ロリピンクデーモンの再誕だ。農場の生徒たちの健闘を祈る。


「さて⋯⋯」


 学園長の言った通り、一人で農作業なんて簡単な事ではない。ウォート村の大人たちが毎日汗水垂らしながら働いているのを見ていたので、それは身に染みて理解している。

 ただ、この世界には便利なものがある――魔法だ。それも六大魔法師が一、土のプリトゥの創造した特別な魔法が、俺のマナリヤには宿っている。


「⋯⋯カーミラさんごめんなさい。出来上がった麦は美味しくいただきます」


 土魔法『プリティヴィーマータ』。土から腕を生成し、自在に操る魔法だ。怪力、動作は精密、更に疲れ知らずと、これ以上なく農業に向いている魔法と言えよう。

 しかもこの腕たちは頭の中で動作を思い描けば、イメージ通りに動いてくれるのだ。


 しかし――。


「⋯⋯あっ」


 早速畑を耕そうとした所、問題が発生した。

 腕は地面に沿って移動するのだが、せっかく耕し、うねを作っても、腕が移動する度に畝が崩れてしまう。


「うーん⋯⋯行き当たりばったりすぎたか⋯⋯」


 畑の広さは1ha程。これを人力で、それも一人で管理するとなったらただ事ではない。

 そもそも剣術の修行で一日の体力の殆どを持っていかれているし、麦畑の管理ともなると体がいくつあっても足りない。流石に計画性が無さすぎたと自省する。


「せめて、この腕が人型だったらなあ……」


 そんな、ないものねだりで益体も無い事をぼやきつつ、なんとか手に届く範囲だけでも耕そうと、再び『プリティヴィーマータ』を発動する。

 すると、地面から生える腕の様子がおかしい事に気づく。腕から肩が現れ、更に頭、胴体、足まで――土は、あっという間に人の形を成した。


 それ・・は、樽の様にずんぐりむっくりな体型で、身長は1メートルほどだ。オンボスの檻に居た土人形ゴーレムを想起させる。


「オ……オオ……」


 土人形は、発声器官もないだろうに低いうなり声を上げ、俺の方を見た。いや、目も無いので見たかどうかは分からないが、とにかく顔をこちらに向けた。


「……え? 腕だけじゃないの?」

「ドウモ……」

「あ、うん。胴もあるな?」

「ソウデハ無くて、"どうも"とアイサツしたのです。マイマスター」


 土人形にツッコミを入れられてしまった。まるで地の底から響くような低い声で。


「マイマスターって、俺? えー……お前は、その、何? プリティヴィーマータなの?」

「ハイ。マスターの『人型がいい』という願いに呼応し、形を成しマシタ」

「成しマシタと言われましても。そんな簡単に人型になっちゃっていいの?」

「様々な要素と偶然が組み合わさったのデショウ。ここの土はマナに満ち満ちておりマシテ、"ワタシ"は微生物の集合体が知性を持ったものでアリ、マスターの魔法により形を成したモノデス。タブン」


 多分て。

 つまり――土中どちゅうの微生物がマナの影響で知性を持ち、『プリティヴィーマータ』で人型になって活動できるようになったと。

 これ俺、新種の魔物を産みだしちゃってない? ロナルド先生に殺されない?


「ゴ……ゴゴ……ご命令を、マスター」

「⋯⋯あれ、人を襲わないのか?」

「トンデモナイ。ワタシはマスターに身体を与えてイタダイテ感謝してオリマス。トテモ」

「お、おう……。じゃあ、畑を耕してみてくれ」

「アイサ―」


 半信半疑だったが、試しに命令して見る。

 土人形はのそのそとした動作で鍬を拾い上げ、畑を耕し始めた。その力強さと精密さは『プリティヴィーマータ』と同様で、あっという間に一列の畝を作り上げていく。


「コンナンで、どうデショウ」

「おお……すごいな、お前」

「光栄のイタリ」


 土人形は腕をたたみ、ぺこりとお辞儀する。ちょっとかわいい。

 どうやら敵意が無いのは間違いない様だ。不安ではあるが、ここの畑仕事はこいつに任せてみよう。


「じゃあ、今から麦の栽培について教えるぞ」

「アイサ―」



 ***



 数十分後。土人形にウォート村で学んだ麦栽培法を伝授し、実際に種まきまでやらせてみたところ、寸分の狂いもなく等間隔に種を植えるという丁寧な仕事をしてくれらあとは芽が出るのを待つだけとなった。


「アイサ―。鳥害、虫害への注意。水やり、麦踏み……。畑仕事とは奥が深いデスネ」

「ああ、俺もちょくちょく様子を見に来るから、不在の間だけ世話を頼む」

「了解シマシタ。お任せクダサイ」


 なんとも頼もしい助っ人が出来た。これからは剣術の授業終わりに、バストロ農場に寄って行く事にしよう。


「任せたぞ、えーっと……お前、名前は?」

「アリマセン。さっき産まれましたノデ」

「そっか。"お前"って呼ぶのもなんだかな……じゃあ、ウォートってのはどうだ?」

「オオ……ワタシはウォート。光栄のイタリ」


 土人形――ウォートは両手を上げて万歳をした。かわいい。

 もう無くなってしまった村の、ブランド麦を復活させてくれるの名前としてはピッタリだと思う。


 しかし問題は、ウォートの存在を知られたら騒ぎになる可能性がある事だ。特にロナルド先生に知られるのはまずい。


「うーん、そうだな……これを」


 俺は帽子と外套を脱ぎ、ウォートに装備させた。

 傍から見れば案山子に見えなくもない……か?


「オオ、一張羅デス。感謝シマス」

「人の気配を感じたら、案山子のフリをしておけ。バレたらウォートが壊されるかもしれないし、俺も毒殺されるかもしれない」

「ソレは一大事デスネ。了解です、マイマスター」


 ウォートは再びお辞儀し、その拍子に帽子が地面に落ちた。

 俺は苦笑しながら帽子を拾い上げ、ウォートの頭に被せて紐でくくった。


「それと、これも」


 最後に――俺は仮面を外して、ウォートの頭に取り付けた。


「ワタシの顔デス。カッコイイデスカ」

「ああ、良く似合ってるよ⋯⋯多分」

「タブン、デスカ」


 側から見ると、俺は今日までこんな妙ちきりんな格好をしていたのかと苦笑いが出る。

 ウイングが買い与えてくれた仮面は便利だった。相手に視線を悟られないし、考えを読まれない。俺がどんなに情けない、泣きそうな顔をしていても、それを見られる事は無い。


 だが、もういい。

 これからしようとしている事は、仮面を被ったままでなんて、相手に失礼だ。


 明日から『サマー・ハーベスト・パーティ』が開催される。その後夜祭で、パティに対して正直になると決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る