定期考査を受けよう・中

 ***




 さて、逃げながらも作戦を練ろう。

 俺が一位を取る――即ち最後まで生き残る為の作戦を。


 学園があるのは標高300メートルほどの小さな山の中腹。試験『隠れんぼ』のステージは校舎の裏山――つまりいつも俺がランニングしてる場所だ。


 この山は、申し訳程度の山道は整備されている。俺も現在そこを走行中だが、この山道はアウトだ。見晴らしがいいので簡単に見つかってしまう。そうなったらあのメイド鬼から逃げるのは困難だろう。


 高い木の上に身を隠すのはどうか? ダメだ。もし見つかれば自分で退路を塞ぐ事となる。あの鬼は間違いなく木を登って来るか、木剣でも大木を切断して引きずり落とされるかもしれない。


 と、なれば――。


「――――みぃつけた」

「!!」


 警戒の糸を張り巡らせていた事が功を奏した。

 背中の大剣を抜き、背後からの刺突を受け止める。手が痺れる程の衝撃に剣を取り落としそうになるも、ペンダントの魔晶は砕けない。『命』は無事だ。


「チッ、やるわね。ほらほら、一分あるから早く逃げなさい」


 サンディさんは楽しむような口調で、木剣を鞘に納めた。


「⋯⋯口調、戻ってますよ」

「うっさいわね、アンタ集中的に狙うわよ」


 この鬼め!

 俺は踵を返し、山道を逸れて林の中へと身を隠した。そう、ならば林の中に姿を隠すしかあるまい。

 見えなくなる前に、チラッとサンディさんを振り返る。俺はそこで再び恐ろしいものを見た。


「――――」


 サンディさんは空を仰ぎ、耳を澄ませている様だった。

 一分間の行動不能スタン? とんでもない。

 ああやって、獲物せいとたちの場所を探っているのだ。それに休憩にもなる。一分もあれば、また全力で走り出せるくらい回復するのは訳ないだろう。


「⋯⋯大人げないな!? ちょっとは手加減しろよ!」



 ***



 全速力で走って距離を稼ぐも、不思議な事に他の生徒たちには出くわさなかった。鬼が追って来ていない事を確認しつつ、速度を緩めながら辺りを見回す。皆どこかに隠れているのだろうか。


「⋯⋯い! おい!」


 ふと、誰かの声が耳に届く。

 警戒しながら出処を探ると、大木の陰から誰かが手招きをしていた。稽古着の裾だ、生徒のものだろう。


「⋯⋯よっ!」


 大剣を突き出しながらゆっくりと近づくと、笑顔の男の子の顔がひょいと出てきて、毒気を抜かれた。

 修練場にいた一人だ。栗のようなツンツンの黒髪に三白眼の、元気そうな男子――名前はなんと言ったか。


「さっきの見てたぜ! すげえな、クラウンガードの一撃を防ぐってさあ!」

「あ、ああ。そりゃどうも。それより大声は出さない方がいい」

「おっといけねっ、ごめんごめん。それより自己紹介がまだだったよな! オレ、アルバーノってんだ。アルって呼んでくれ!」


 そう名乗った少年――アルは、右手を差し出した。その手の甲には水色のマナリヤが嵌っている。水属性に適性がある子なのだろう。


「ああ、よろしく。俺はシャーフ」

「知ってる知ってる!」


 人懐こく笑う男の子だ。顔は全く似ていないが、どこかウイングに似ている⋯⋯気がする。


「それよりよ、オレ、この試験の必勝法を見つけちまったんだよ! 聞くか? なあ聞くか!?」

「わ、分かった、聞くからもう少し静かに⋯⋯」


 アルはなぜ俺に話しかけて来たのだろうか。そして必勝法とは。


「あのな――」

「ひいぃぃ!! 鬼ぃぃ!!」


 得意げな顔をして口を開こうとしたアルだったが、近くから響いた悲鳴に口を塞ぐ。


「ほらほらアンタ一回死んだわよ! 残りのタマも獲られたくなきゃさっさと逃げなさい!」


 どうやら、近くにいた他の生徒が鬼の凶刃に倒れたらしい。俺が一分間足止めしてから、まだ三分も経っていないと言うのに。

 それにしてもあの人も大人気ない。生徒にトラウマが残ったらどうするんだ。


「こ、怖ぇー⋯⋯。シャーフはよくあんなのと稽古してるよなぁ!」

「しっ。鬼に聞かれる。それより、必勝法ってなんだ?」

「あっそうだそうだ。カシム先生はさ、『剣を持って鬼から逃げろ』って言っただけだろ? だからさ――『ミラージュ』!」


 アルが魔法を唱えると霧が生成され、彼の身体を包み込む。すると一瞬にして透明になり、背後の木々と溶け込んでしまった。


「へへっ、魔法を使うなとは言われてねーじゃん? これで楽勝って寸法よ! オレ、水魔法は得意なんだ!」

「⋯⋯剣術の試験で魔法を使って良いのか?」

「バレなきゃ問題ねーって!」


 果たして本当にそうだろうか。まあ、ここが魔法学園である以上、ある意味真っ当な攻略法なのかもしれない。


「ほらシャーフもやれって! あ、もしかして『ミラージュ』使えねーか? オレがかけてやろうか?」

「いや、使えるが⋯⋯。あ」


 背中に殺気を感じて振り返ると、十メートル程の距離にメイド鬼が立っていた。


「みぃつけた。つーかまだこんな所にいたの。一人かしら?」

「そっ、そうですね。それよりもう少し手心というものをですね⋯⋯」

「ふぅん⋯⋯?」


 咄嗟にアルを庇ってしまったが、サンディさんの顔は俺ではなく、その隣の何もない空間を向いている⋯⋯様に見えた。


「⋯⋯ズルしてる子がいるわねぇ?」


 サンディさんは手に持った木剣を投擲する。一瞬で此方に到達した木剣は、宙に現れた土壁に防がれて地面に落ちた。

 俺の魔晶は無事だ。砕けたのはアルのものだろう。


「ギャー!」


 何も無い空間から悲鳴が上がると『ミラージュ』が解け、アルが姿を現した。


「この仮面、ただの賑やかしだと思った? 闇の魔法師のプライマルウェポンって言ったら分かるかしら?」


 あー⋯⋯。魔法で隠されたものを看破するとか、そういう類の代物って事か。


「言っとくけど、どんな魔法を使っても無駄よ。全てに対抗策は用意してあるから。分かったら自分の足で走れ! 逃げろオラァ!」


 まあ、ですよねー。

 そしてアルの『命』がひとつ失われた事により、鬼は一分間の行動不能だ。


「⋯⋯アル、逃げろ! 散れ!」

「ひえぇっ! い、生きてたらまた会おうぜ!」


 俺とアルは逆方向に走り出した。

 なぜ俺に話しかけてくれたのかは――まあ、試験が無事に終わったら聞いてみるとしよう。



 ***



 その後も方々から上がる悲鳴を聞きつつ、山の中を走り回った。

 途中何度か他の生徒を見かけたが、皆一様に『命』の残りが少なくなっていたのと、蒼白な顔をしていた。可哀想に。

 あの鬼、お構いなしに殺気の篭った剣を繰り出すのだ。命の獲り合いなどした事が無い子供にはかなり堪えるだろう。


「……まさか」


 試験開始から三十分程経った頃だろうか。全く悲鳴が聞こえなくなり、山中の静寂が不気味だ。

 ゼラもやられたのだろうか。あいつのすばしっこさからして、そう簡単に捕まるとは思えないが――。


「みぃーつけ……た!」


 ――殺気。

 側面から振り下ろされた木剣を、横に跳んで回避する。

 しまった、剣で受ければよかった。これでは鬼が行動不能にならない。


「ほほう、やっぱり中々にやるわね。まっ、アンタは他の子達よりも修行量が違うから、そうでなくっちゃ困るけど」


 サンディさんが木の陰から姿を現す。死角からの奇襲とは卑怯なり。


「全くやんなっちゃうわね、みーんな魔法に頼ろうとしてんのよ。体力を見る試験だっつってんでしょうに」

「じゃあ試験の説明時に明言しておくべきでは」

「それはおじーちゃんに言ってよ。それより、残りはアンタとゼラだけよ」


 サンディさんは鬼の仮面を外し、にやりと――悪鬼のような笑みを浮かべる。仮面を外しても鬼とはこれいかに。

 俺は魔法による小細工が無駄だと知っているし、ゼラは魔法が使えない。もうあの仮面は不要という事だろう。


「まあ、いい成績なんじゃない? 私の剣を、それも不意打ちを二度も止めるなんてさ。これならおじーちゃんも文句言わないわよ、きっと」

「その言葉には騙されませんよ!」


 にじり寄ってくるサンディさんに対し、俺は剣を構えた。


「いや本当だって……確かにおじーちゃんはふざけたトコあるけど。もしかして、そのペンダント無傷で欲しいの? 別に貴重なモンでもないわよ?」

「いや、そういうわけじゃ――ッ!!」


 話の途中にもかかわらず、サンディさんは一気に距離を詰め、刺突で『命』を獲らんとする。

 防御は間に合わない――瞬時に身を捻って体を地面に倒し、木剣を躱すと同時に、低くなった姿勢から脚払いを繰り出す。

 鬼への攻撃は禁止されていない。が、サンディさんは空振りをして隙だらけになった体勢から、即座に跳躍して俺の足を回避した。

 なんという身のこなしだ。あのメイド服の下に、どれだけの筋肉が隠されていると言うのか。


「なんか失礼な事考えてるわね? ちなみにそのペンダントだけど、授業で余った魔晶を再利用しただけだから、本っ当に価値なんてないわよ」

「だから別に、欲しいわけじゃ――――」


 ん? 魔晶を再利用した――って。

 なんか、聞いた事があるような。




『うちの学校のでんとーで、学年一位のブローチをおくられたら、愛の告白って事なんデスよ!』


『いや、俺が学年一位を取ったわけじゃないだろ。バカかお前ら』


『えー! じゃあ、シャーフ一位取ってきてよ!』




 ああ――昔、そんな事があったっけ。


「それよりそうねえ、アンタの『命』がひとつ無くなる度に、また楽しい楽しい質問会でもしましょうか。参考にしたい事があるの――よ!」


 再びサンディさんの剣が迫る。

 真剣ならば確実に命を奪うだろう、今まで防ぐ事が精一杯だった刺突が、なぜかその時は酷くゆっくりに見えた。


「――――!」


 大剣を振り上げて受ける――否、弾く。

 サンディさんの木剣は手を離れ、回転しながら空高く舞った。


「⋯⋯へぇ、今までで一番鋭かったわ。そんなに『命』が惜しいの?」


 俺は大剣を構え、切っ先をサンディさんに向け、言った。


「はい。俺の安っぽい命よりも、この三つの命が何よりも惜しい」


 遠い日の、約束にもなっていない戯言だ。

 だけどもし、パティがその事を覚えていたのなら。俺がこの『命』を守り通し、一位を取る事が出来たのなら。


 その時は、きっと――。


「良く分からないけど⋯⋯それじゃ、残り時間生き残って見せなさ――痛っ!」


 落ちてきた木剣が、小気味良い音を立ててサンディさんの頭部に命中した。

 決め台詞を遮られ、痛みと羞恥からか、サンディさんはプルプルと震え出す。


「⋯⋯⋯⋯大丈夫ですか?」

「⋯⋯⋯⋯ぶっ殺す!」

「そんな理不尽な!」


 その形相は、仮面をつけていた時よりも鬼の様相を呈していた。過去最大級の殺気を向けられ、俺は再び走り出した。

 俺も決め台詞を吐いた後なので、非常に情けない事ではあるが、これは戦略的撤退である。

 そう、愛のための――!


「⋯⋯何言ってんだろ、俺」

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