答えを出すまで・中
地稽古は基本はカシムさんと行い、サンディさんは来れても週に二、三回という事だった。
三年後の『銀の旋風』大会に向けて、俺が打倒しなくてはならない相手だ。しっかりとその実力を吸収させてもらおう。
⋯⋯という甘い考えは、一瞬にして過ぎ去った。
長剣と短剣を構えたサンディさんの剣技は、カシムさんよりも鋭く、もはや俺程度では理解できない領域に達していた。
俺の攻撃は短剣のみで簡単に
かと言って後の先を取ろうなどとは甘い考えで、あちらからの攻撃は速すぎて見切る事が出来ず、あっという間に打ち倒されてしまう。
サンディさんはメイド服という非常に動き辛そうな服装なのに、何度打ち合っても、俺の剣はスカートの端を掠めることすら出来なかった。
「……そういえば、なんで騎士なのにメイド服を?」
「無骨な鎧なんてイヤだからよ。これも私が作ったの」
だそうで。ウィンガルド王城は服装に寛容な職場らしい。
閑話休題。
これはもしかして、ウェンディよりも強いのではないかと思う。ウェンディの本気を見たのは後にも先にも遺跡の一件しかないが、その彼女よりも更に鋭い。そう感じた。
カシムさんをして『ウェンディに比べて剣の才がない』と評していたが、ならば俺はどんな評価なんだろう。
地稽古がひと段落し、俺の評価を聞いてみると、サンディさんは笑った。
「最近剣を振り始めたにしては悪くないわよ。むしろ、おじーちゃんのスパルタに着いて行けているのに驚きだわ」
「やっぱりあれって厳しいですよね?」
「私もアンタくらいの頃は、毎日泣きながら走ってたわね……」
サンディさんはふっと息を吐き、虚ろな目で彼方を眺める。辛い修行時代を思い出しているのかもしれない。
「でもま、せっかくだし楽しく修行しましょうか。私に一撃でも食らわせることが出来たら、どんな質問にも答えてあげるわ。その代わり私の一撃を食らう度に、アンタの事を根掘り葉掘り聞くわよ」
「ええ……なんですかそれ。別にいいですよ、聞きたい事も特にないですし」
「はー? せっかく人が楽しく盛り上げてあげようとしてるのに、そういうこと言う? へえー?」
あまりの剣幕に押され、俺はしぶしぶその『楽しい修行』を承諾した。
サンディさんなりに、姉弟子として気を遣ってくれているのだと思う事にして、再度地稽古が再開される。
しかし――。
「ぐぼぉっ」
「はい私の勝ちー」
容赦なく鳩尾に木剣を捩じ込まれ、
「じゃあひとつ質問ね。なんでその変な仮面付けてるの?」
「……しゅ、趣味です」
「あっそう。じゃあ再開するわよ。ほら立って!」
……俺が一撃でも食らわせたら、恥ずかしい話題を聞き出してやる。
復讐心を燃え上がらせて再び挑むも――。
***
「あぐっ」
「はい勝ち。好きな女の子のタイプ!」
「ええ⋯⋯胸が大きい子です」
「最低ね! ほら次よ! 立ちなさい!」
***
「んげぇっ」
「よっわ⋯⋯身長体重! 足の長さ!」
「測ってないので正確には分かりません⋯⋯」
「次までに測っておきなさい! はい次!」
***
「ごぶるぁっ」
「やる気あんの!? 犬と猫どっち派!?」
「どっちも好きですが、強いて言えば犬です⋯⋯」
「良い答えね! じゃあ次⋯⋯」
「ほっほ、待ちなさい。シャーフ君が死んでしまいますよ」
何度かの打ち合いの後、傍観していたカシムさんからストップがかかった。
『楽しい修行』なんてとんでもない。今までの地獄に、新たに羞恥プレイが加わってしまった。
「えー、まだ聞く事あったのに」
「これは質問会では無いのですよ。それに、少しは加減なさい」
「おじーちゃん、私の時に手加減してくれた事あった?」
「⋯⋯⋯⋯ほっほっほ」
血は争えないと言うわけだ。
「どうでしたかな。サンディが剣を振り始めたのは十の頃。シャーフ君も
「私は剣の才能無かったからねー。将来的には私よりも強くなれるんじゃない? 修行に耐えられれば、だけど」
「前提条件が厳しすぎるんですよ!」
果たして、俺はこの学園を卒業するまでに生きているのだろうか。
「それよりサンディ、もうそろそろ時間ではありませんかな」
「あっ、そうね。じゃあ私はこれで! またね!」
サンディさんは木剣をカシムさんに預け、駆け足で修練場から去って行った。仕事で
気づけば他の生徒もいなくなり、修練場には俺とカシムさん、それからゼラだけとなっていた。
「どうでしたかな、シャーフ君」
「⋯⋯敵う気がしませんでした」
「でしょうな。しかし、今日は随分と余裕そうで何よりです」
そう言われて、あれだけ叩きのめされたにも関わらず、まだ体力が残っている事に気づく。数日前など立つ事すらままならなかったのに。
「サンディさん、手加減してたんですかね?」
カシムさんは背中で手を組み、ニッコリと笑った。
「いいえ。むしろ私との手合わせの時より、手酷くやられていましたな。あの子も酷いことをするものです、ほっほ」
「⋯⋯それは嘘ですよね?」
「ほっほ⋯⋯。本当ですよ。シャーフ君もまた、驚くべき速度で成長しているのです。今までの訓練に着いてこれたのは、基礎があったからでしょう」
基礎⋯⋯か。短い間だが、ウェンディに稽古をつけて貰っていた事が、多少なりとも功を奏したという事か。
「それだけでなく、旅の道中魔物との戦闘もあったでしょう? 実戦と言うものは、木剣を使った訓練などよりも大きな経験となるものですよ」
「まあそれは確かに⋯⋯。カシムさんが俺に剣を教えようとしたのも、そう言った理由ですか?」
「ほっほ、一人でブラックドラゴンを倒すほどの逸材を見逃す手は無い。この男の子はこの歳にしてレヴィンに必要な資質を持っている――と、あの時はそう思いましたとも」
「⋯⋯何故、過去形なんですか? 期待外れでしたか?」
「そうではありません。蛮勇な狼と思いきや、心優しい羊だったというだけですよ」
それは結局、期待外れだったのでは。
なんにせよ『蛮勇な狼』でなければ、必殺の剣を修められないのだろう。
果たして、俺にできる⋯⋯いや、なれるのだろうか。
「心配ですかな?」
「……はい」
「そこで以前出した宿題ですよ。シャーフ君自身が求める"欲"を見つけなさい。貪欲さは蛮勇を生み、あなたの剣を鋭く研ぐでしょう」
「⋯⋯要は、モチベーションの問題ですか?」
目の前に人参を吊るされた馬が爆走するような。欲しい物のために全力を出せと、そう言う事なのだろうか。
「ほっほ。近からず、しかして遠からずですな。ゆっくりと探すと良いでしょう」
「はあ⋯⋯」
そうは言うものの、俺はこの世界に特に何も望まずに転生した。望んだものは手を離れ、それを取り戻すのは"欲"ではないと言われる始末。
ならば他に何があるのか。
金、名声、女⋯⋯ううむ、どれもピンと来ない。
「さて、宿題も大事ですが、もうすぐ定期考査ですな。好成績を期待してますぞ」
「はい? 初耳ですが」
「おや? 伝えておくようにと、ゼラ君に言ってありましたが⋯⋯」
「⋯⋯ゼラ?」
どうやらカシムさんは、俺が毎日授業終了後に虫の息になっていたので、ゼラに言伝を頼んでいたらしい。
勿論ゼラからそんな話は聞いていない。俺の記憶違いという可能性もあるが――。
「今日言おうと思っていました。本当です」
「ああそう⋯⋯」
ゼラはしれっと、悪びれもせずに言い放つ。どうやらこいつも忘れていたらしい。
「ほっほ、定期考査は二週間後です。それにシャーフ君もゼラさんも毎日授業に出席しているので、ここで良い結果を残せずとも単位の心配は要らないでしょうな」
「ほっ⋯⋯」
「ただ――」
カシムさんは好々爺――否、悪魔のような笑みを浮かべる。
「毎日授業に出席しておきながら一番の成績で通過できないとなると、担当の教諭はさぞ悲しむ事でしょうなあ」
……つまり、
しかし、剣術の試験と言うと、何をさせられるのだろうか?
「私も今年度からの教諭ですので、試験方式は従来のものに則ります。剣術の試験を選択した生徒同士で、勝ち上がり式の試合を行う形になりますな」
「なるほど⋯⋯って、それ上級生も混同ですか?」
「そうなります。が、これまでの授業で学んだ動きを実践出来ているかを見る試験ですので、勝敗はおまけですな」
「なら、別に勝たなくても⋯⋯」
「ほっほっほ」
それはそれ、らしい。
「試験が終われば夏季休暇。その前には⋯⋯何でしたかな、パーティも開催される様です。辛い事ばかりではないので、是非頑張ってください」
「辛い事を課している張本人がいけしゃあしゃあと⋯⋯」
分かりました、頑張ります!
「本音と建前が逆になってますな」
「⋯⋯すいません」
「ほっほ、ですがパーティは毎年盛大な催しが行われるそうですよ。その日くらいは修行もお休みにするので、シャーフ君も羽を伸ばしてはいかがですかな?」
羽を伸ばす、ねえ⋯⋯。
『サマー・ハーベスト・パーティ』は学園祭の様なものと聞いているが、この歳になって若者の中に混じってはしゃぐのもどうなのだろう。
「さて、本日の授業はおしまいです。早く帰ってゆっくりとおやすみなさい」
「はい。ありがとうございました」
「行きますよお兄ちゃん。早くお風呂に入りたいです」
「へいへい……」
「私にだけおざなりな返事はやめなさい」
ゼラに尻を突かれながら修練場を後にする。すっかり陽が長くなったが、木々のトンネルはまだ暗いままだ。
「サマーなんちゃらはすごいらしいです。ごちそうがタダで食べられるそうですよ」
「へえ、耳が早いな。だったらその日はパティと一緒に回ったらどうだ?」
「お兄ちゃんは行かないのですか」
「俺は……まあ、気が向いたら」
「そんなことを言っても、ごちそうを持って帰ってきてあげませんよ……おや」
突如ゼラが立ち止まり、黒のヘアバンドを外すと、猫耳がぴょこ、と立ち上がる。
「おまっ……誰かいたらどうするんだ……!」
「しっ。何か物音が聞こえます。小屋の方から誰かが走り去ったようです」
「……え?」
もしや、ピエールかその手下が――?
ゼラの頭にヘアバンドを被せ、大急ぎでボロ小屋に向かう。今朝はきちんと戸締りしたはずの扉が開いており、警戒しながら中に入るも、狭い小屋内はもぬけの殻だった。
しかし、本棚の本は床に散らばり、戸棚のお菓子や茶葉は無造作にテーブルに置かれていた。
特に何が盗られたわけでもなさそうで、俺とゼラは首を傾げた。
「泥棒……にしては変だな」
「私のパンツは無事です」
「それはどうでもいいんだが……」
「なにを。この中で一番価値があるものですよ」
「本っ当にどうでもいいんだが……」
価値がある、という言葉にハッとして、小屋の隣に停めてあるマナカーゴ内にある俺の荷物袋も検めた。荷物袋が開けられた形跡はある。紐で口を縛る革袋なのだが、縛り方が今朝見た時と違っていた。
しかし、ブラックドラゴンの角や、細々としたマナ結晶など、金になる様なものには手が付けられていなかった。
「なんですか、私のパンツよりそんな角など心配して」
「これを売ったお金で、お前のパンツとやらが何百着買えると思ってんだ」
「よくぞ無事でした、角」
しかし、このボロ小屋に誰かが勝手に押し入ったのは確実だ。
何も盗られていなかったが、それが逆に侵入者の目的が読めなくて不気味だ。
「……これから貴重品は持ち歩く事にするか」
「その角は私が持っておいてあげましょう」
「これ、結構重いぞ?」
「やっぱりいいです」
「バカめ……ん?」
しかし、価値のあるものだけを検めていたので気付かなかったが、無くなったものがあった事に気づく。
紙束を紐でくくった、著者不明である『転移魔法』についてのレポートだ。荷物袋の中に放り込んでおいたはずが、それだけが姿を消していた。
「どうしましたお兄ちゃん。何事も無かったのならはやくお風呂に入りましょう」
「どうやら泥棒さんは、お前のパンツよりも紙束の方に価値を見出したらしいぞ」
「とんでもない性癖の変態もいたものです」
謎は尽きないが――ともかく、施錠と貴重品の管理はきちんとしなければ。
不気味さを覚えつつ、俺は風呂の準備を始めた。
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