答えを出すまで・前

 それから数日後。

 休日を挟んで授業再開となったが、その間ピエール軍団からの報復を受ける事は無かった。念のために商業地区の宿屋に避難しようとも思ったが、取り越し苦労に終わった。


 警戒しながら修練場へ向かったが、ピエールとその取り巻き連中は剣術の授業に現れなかった。

 いつもだったら朝一からゼラにちょっかいをかけていたが、流石に諦めた⋯⋯と、楽観視しても良いものだろうか。


「⋯⋯あれえ?」


 更に――カシムさんもいなかった。

 授業を受ける為に集まった生徒たちは、先生の不在を知ると他の授業を受ける為に去って行き、残されたのは俺とゼラだけになった。


「カシムさん、どうしたんだろうな?」

「さて。どうしましょう」

「仕方ない、素振りでもしていよう。ゼラも付き合えよ」

「なぜ単位ももらえないのにやらなくちゃならないのです」

「⋯⋯もっともだ」


 先生がいなければ単位帳に魔法印は貰えない。実にゼラらしい返答だ。


「私は寝ます。⋯⋯ぐう」


 ゼラは修練場の隅に座り込み、ガクリと項垂れた。すぐに肩が上下し始めたところを見るに、どうやら本当に寝ているらしい。


「早っ⋯⋯のび太くんか、お前は」


 ⋯⋯まあ、休日はピエール軍団の襲来に対して気を張っていたし、仕方ないか。

 俺は担いでいた木剣を握り、素振りを始めた。

 素振りをするにも、ただ無心で振っていては無駄だ。一振り一振り、全身の筋肉を意識して振る。

 そうする事で筋肉の活動量を増やす事ができる――カシムさんの受け売りだ。


「ふっ――――!」


 剣を振り上げる際に大きく吸い込み、振り下ろす際には歯を食いしばり、浅く吐く。これが剣術のみならず、戦闘の際に用いる基本の呼吸法で、素振りの際にも意識しろと言い含められていた。


「ふっ! ふっ!」

「ふっふふっふとうるさいです。もう少し静かにしてください」

「⋯⋯なら、もっと遠くで寝てろよ」

「なぜ私が譲らなくてはならないのですか」

「⋯⋯⋯⋯静かにすれば良いんだろ」


 気を取り直し、再開。

 いつしか、自分の体重と同じ重量の木剣は、随分と軽くなっていた。

 学園に来てから一か月も経っていないが、かなり筋力が付いた様に思う。村を出た時はもやし・・・だった俺が、よくもまあここまでやれたものだ。


「…………?」


 ふと、素振りに集中していた意識が、何者かの視線を感じて途切れる。

 もしやピエール軍団襲来かと、手を止めて辺りを見渡すと、修練場の入り口に腕を組み、眉間に皺を寄せたロナルド先生が立っていた。


「……ど、どうも」


 俺が頭を下げると、ロナルド先生は更に表情を険しくして近づいて来る。


「貴様に聞きたい事がある。先日、学園の倉庫から魔封石が何者かに持ち去られた。心当たりはないか?」

「まふう……? ああ」


 魔封石まふうせき。以前、クリス氏の書斎で読んだ本に記してあった事を思い出した。闇魔法を籠めた魔晶で、周辺の魔法師の魔法を封じる事が出来るのだとか。

 ただでさえ適性を持つ者が少ない闇魔法、その魔晶ともなると大変貴重なものらしい。


「"ああ"……だとォ!? 貴様、やはり何か知っているな!」

「ああ、いえ、違います。俺は何も知りません。いきなり大声出さないで下さいよ……」


 何故、真っ先に俺を疑うのか。好かれていないとは思っていたが、頭から容疑者にされるのも面白くない。


「なんせ貴様はあの男の弟子だからなァ……! あいつもよく、学園の備品室から勝手に色々と持ち出していた! その度に私はしなくてもいい尻拭いを……オアァーッ!!」


 ロナルド先生は頭を抱えて呻く。ああ、またヒステリーが始まってしまった。

 と言うか、俺を疑っているのはウイングのせいか。今の言葉から、相当破天荒な学園生活を送っていた事が伺える。


「……魔法薬に、精神安定剤とか無いんですか?」

「馬鹿にしているのか貴様ァ……!」

「だいたい、俺が魔封石をなにに使うって言うんですか。この学園に入学してから、剣しか振ってないんですよ?」

「……それは確かにそうだ。と言うか何故魔法の授業を受けんのだ!! 学年首席を取るには三科目以上で最優秀の成績を修めねばならんのだぞ!! 私との勝負から逃げるのか貴様ァーーッ!! アァーーーッ!!」


 最後の雄叫びはまるで怪鳥の様であった。

 朝から元気な先生だ。魔法的な向精神薬でもキメていると言わんばかりの躁鬱っぷりである。


「――ほっほ、シャーフ君には大きな目標がありますからなあ。他の授業に時間を割く余裕が無いのですよ」


 ロナルド先生の対応に困窮していると、壮年男性の低音が響く。

 いつの間にかロナルド先生の背後に、ニコニコの笑みを浮かべたカシムさんが立っていた。


「カシムさん!? どこに行ってたんですか?」

「ほっほ、王都ウィンガルディアに少々。経営している洋裁店の様子を見にと、シャーフ君の"先生"を連れて来ました」

「俺の……先生?」

「左様。私と地稽古をしていましたが、やはり私も全盛期からは程遠い。なれば、もっと若い者と稽古した方が実になると思いまして」


 おお、そんな事を考えてくれていたとは。


「その交渉に手間取りましてな。本来なら昨日の内に帰る筈だったのですが、遅れてしまい申し訳ない。……さてタリオン先生、これから授業を始めますので、魔封石探しでしたら他を当たって頂けますかな?」

「ええ……。失礼します。ケイスケイ、剣術が落ち着いたら他の授業も受けるのだぞ。でなければ貴様の食事に――――」


 ロナルド先生は修練場から立ち去りながら言い、最後の方は聞こえなかった。


「⋯⋯『俺の食事に』なんですか!? ちょっと!」


 しかし、ロナルド先生は既に校舎の方へと遠く歩き去ってしまった。これから食事をする際は、まずゼラに毒味させよう。

 台風一過への安堵と、不安のため息を吐き、俺はカシムさんへと向き直る。


「それで……新しい先生はどんな方ですか?」

「ほっほ、王都でも名うての剣術使いです。イルシオンを打ち破る訓練相手に、これ以上の人物はいないでしょう。到着は昼頃の予定ですので、それまではいつも通りに」

「……はい!」


 そして、剣術の授業が再開した。



 ***



 昼になった。

 カシムさんの帰還を聞きつけた生徒が何人か合流し、修練場はいつもの授業風景を取り戻しつつあったが、ピエール軍団の姿は無かった。


 昼休みに入り、生徒はみんな食堂に向かい、カシムさんも新たな先生を迎えに行くと言い、修練場は静かだ。

 修練場に残された俺とゼラはベンチに座り、俺は新しい先生を、ゼラは昼食パティを待っていた。


「どんな先生なんだろうな」

「きっと筋肉もりもりで、手刀で岩を切断するようなひとです」

「それはもはや、剣術いらないだろ……」


 優しい人だといいなあ。贅沢は言わないが、せめてカシムさんより手心を加えてくれる御仁ならありがたい。


「む。遠くからジジンディの話し声が聞こえます」

「相変わらず耳が良いな。戻ってきたか……あと、カシムさんの前で絶対にその呼び名を使うなよ」

「状況によります」


 カシムさんは笑って流すだろうが、失礼なものは失礼だ。

 それに『ほっほ、変なあだ名を付けられてしまいましたな。罰としてシャーフ君、腕立て伏せ百回です』とか言いかねない。

 あの鬼畜老紳士は、俺のトレーニングメニューを増やす口実を常に探している様に見える。


「お待たせいたしました」


 やがて現れたカシムさんと、その隣に立つ新しい先生は――。


「ハイ、久しぶりね」

「⋯⋯サンディさん!?」


 サンディさんだった。


「イモ⋯⋯サンディです」

「芋? お腹空いてるの?」

「ゼラ、頼むから黙っておけ。⋯⋯カシムさん、サンディさんが俺の稽古相手なんですか?」


 カシムさんは頷く。


「どうです、これ以上無い相手でしょう?」


 それはそうだ。なにせ、剣術大会で打倒すべき相手そのものなのだから。


「おじーちゃんから聞いたわよ、どうしても勝ちたい相手がいるんだってね。私も仕事があるからいつも来れるわけじゃないけど、できるだけ融通は効かせるわ」


 勝ちたい相手はあなたです――と言おうとするも、カシムさんから意味ありげなウインクを飛ばされ、頷くだけに留めた。

 どうやらサンディさん本人には、俺が剣術大会『銀の旋風シルバーウインド』に参加することは秘密らしい。


「でも大丈夫なんですか? クラウンガードの仕事は」

「ちょうど良かったのよ。任務の兼ね合いで、しばらくは学園都市こっちに滞在するから。シャーフ君の指導はついで・・・ね」

「滞在⋯⋯?」


 クラウンガード――王様の近衛騎士が、護衛対象の元を離れての任務。一体何なのだろう。


「ま、それはまだ秘密よ。いずれ分かるわ。それより――」


 サンディさんは俺の頭のてっぺんからつま先までを眺めてため息を吐き、憐憫の瞳を向けてくる。


「だいぶやられてる様ね⋯⋯。おじーちゃん、あんまり無理すると死ぬわよ、この子」

「ほっほ、シャーフ君はお前よりも丈夫ですから大丈夫ですよ」

「ああそう……。同情するわ」


 おお、もしやこれは、剣術修行が楽になるパターンでは。


「まあでも、そこまでして勝ちたい相手がいるってんなら、ビシバシ鍛えてあげるわ! 覚悟しておいてね!」

「ですよねー……」


 そう言えば、あの優しかったウェンディも修行となったら厳しかった。どうやらクレイソンさんはスパルタの家系らしい。

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