空回りの日・中
***
誘いを断る理由も無かったので、真っピンクで埋め尽くされた学園長室に招待された。その前に、せっかくだからゼラもと思って修練場まで走り、探したが、姿は無かった。既にボロ小屋に戻ったのかもしれない。
「さてさてぇー、シャー君は困ってることがあるんじゃないかねぇー?」
「何ですかいきなり」
「こんなんでも学園長先生だからねぇー」
そう、この人は学園長なのだ。見た目はフリフリのピンク色のドレスを着た、眠たそうな目の少女であるが、この世界における成人年齢を既に超えているというのだから驚きである。
「困ったこと……ですか……」
「例えばぁー、その後生大事そうに抱えてる包みのこととかねぇー」
「……!」
そうだ、この人は六大魔法師が一、風のマルート。アリス・マルートなのだ。
別属性とは言え、同じ六大魔法師が造った『プライマルウェポン』について、なにか分かる事があるかも知れない。
「⋯⋯見ていただけますか」
俺は『ブラッディグレイル』の包みを解き、ピンク色のテーブルの上に乗せた。
アリス学園長の藍色の瞳に、
「学園長……これの使い方が分かりますか?」
「――。なるほどねぇー、ちょっと待ってねぇー」
アリス学園長は立ち上がり、ピンク色の戸棚から何かを取り出し、杯の中に入れた。ザラザラと音を立て、大量のクッキーが杯の中に盛られた。
「お菓子入れにちょうどよさそうかなぁー?」
「……んんっ?」
「あとは⋯⋯花瓶とかかなぁー?」
待て、また何かが空回りしている気がする。
「あの……ふざけてます?」
「ふざけてないよぉー。というかこれはなんなのぉー?」
「これが何か御存じでない、と」
「我が子のように大事そうに抱えてたから気になっただけだよぉー」
……やっぱり今日は空回りする日だ。
「えっとですね⋯⋯」
俺はアリス学園長に、これが『プライマルウェポン』である事と、『血を分けた者と繋がる事が出来る』物である事、それからこれを使って行方不明の肉親を捜したい、と話した。
「なるほどねぇー、ふむふむぅー」
「色々試してみました。底の魔晶にマナを注入してみたり、崇めてみたり、踏んでみたり、舐めてみたり……」
「真面目にやってるのぉー?」
後半はヤケクソになっていたが、とにかく魔道具の知識が無いなりに、試せる手段は試したと思う。
「でもねぇー、魔道具だったら魔晶にマナを注入すれば起動するはずだよぉー。それは『プライマルウェポン』も例外じゃないはずだよぉー?」
アリス学園長は杯の中のクッキーをテーブルにぶちまけ、底に嵌められた魔晶を突く。
「起動条件を満たしていないのかもねぇー」
「はい……? 起動条件は、魔晶って言ったばかりじゃ」
「そうじゃないよぉー、分かるでしょ?」
「……っ」
俺が俯くと、アリス学園長は寂しそうな顔をして立ち上がり、俺の頭を撫でた。
「……嫌な事言ってごめんねぇ」
つまり『血を分けた者と繋がる』のがこの杯の
考えた事が無いわけでは無い。いくらウェンディのお墨付きがあろうが、アンジェリカが既に死んでいるという、最悪な可能性がある事を。
「もしくはぁー、シャー君と、そのお姉ちゃんが本当の姉弟じゃないとかねぇー」
「何でもいいです。生きてさえいてくれれば、何でも……」
たとえ血が繋がっていなくても、アンジェリカと共に過ごした日々はまやかしではない。そこには確かな繋がりがあったと信じている。
「さてさてぇー、ちょっと無神経な事言っちゃったしぃー、お詫びに何かしてあげようかなぁー」
「そんな、お詫びなんて」
「なんでもいいよぉー。チューしとくぅー?」
「いらないです……」
唇を突き出してくる学園長を躱しながら、俺は『ブラッディグレイル』を包み直した。結局、これは無用の長物になりそうだ。
命を賭け、大事なものを失いながら手に入れたのに。なんともままならない世界である。
「じゃあー、この杯はボクが預かっておいてあげようかぁー? これでも魔法には詳しいからぁー、調べておいてあげるよぉー」
「そう……ですか? じゃあ、お願いします」
学園長の提案に、俺は頷いた。倉庫の肥やしになるよりかは、そっちの方がまだ可能性がある様に思えた。
という事で、『ブラッディグレイル』はアリス学園長預かりとなったのであった。
「んじゃぁー、気長に、それでいて期待しないで待っててねぇー」
お礼を言い、学園長室を出る。扉が閉まる直前、アリス学園長が独り言ちた。
「これを造ったプリトゥは、最期に何を思ったのかなぁ。ボクのマナリヤは、どんなものになるのかなぁ」
それを聞いて、俺は足を止めた。
彼女は知っているのだ。六大魔法師のマナリヤが、プライマルウェポンに変じる事を。
彼女は知っているのだろうか。残された肉体が、魔物と化すことを。
「学園長――」
俺が振り向くと、アリス学園長は眠たそうな目をこちらに向け、笑った。
「んー? やっぱりチューしとくぅー?」
――あなたもいつか魔物になるんですか。
――それを受け容れているんですか。
「……いえ。失礼します」
そんな事は、怖くて聞けなかった。
***
さて、時刻はまだ昼下がりだ。
このまま、何も進展がなかった日にしてしまうのは惜しい。ボロ小屋に戻って、剣の素振りでもしようか。
「あっ、シャーフ!」
そう思って学園内を歩いていると、誰よりも聴き慣れた声が掛かる。振り返るとパティがいた。
「よ、ようパティ。久しぶり」
どうやらパティは一人だけのようだった。
その事実に安心しつつ、此方に歩み寄って来るパティに対し、後退る。
「ね、ね、シャーフ。ゼラちゃんを見なかった?」
しかし、後退りしようとした俺の袖をパティが掴んだ。その顔には、不安そうな表情が浮かんでいた。
「⋯⋯ゼラ? 修練場に居るって言ってたけど」
「でも、お昼ご飯を持って行ったら居なかったんだよ」
「ゼラが⋯⋯?」
あの、食に関しては誰よりも貪欲なゼラが?
しかも、パティと約束していた待ち合わせをすっぽかした?
「⋯⋯ま、まあ、虫でも追いかけてフラフラしてるんじゃないか? あいつ虫好きだし。じゃあ俺はこれで!」
「あっ! シャーフ待って!」
パティが呼び止めて来るも、それを振り切って走った。と言うか逃げた。
***
「な――」
ボロ小屋に帰っても、ゼラはいなかった。
その代わり、扉に張り紙がしてあった。
『話がある。陽が落ちる頃、一人で魔法試験場に来い。
それまで、ゼラちゃんの身柄はこちらで預かっておくよ。
ピエール・ウッドルフ』
「――なんて?」
……これは、誘拐という事で良いのだろうか。
犯行声明には、わざわざ
昼間、パティがゼラに会えなかった事から、恐らく俺が修練場から離れた後、その少しの時間で攫われた、と考えるのが妥当か。
ゼラはすばしっこいとは言え、非力な少女である。複数人で手籠めにされては敵わないだろう。もしくは寝ている所を誘拐されたか。
「ああ、くそっ!」
なんであれ、行くしかあるまい。
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