『失われし転移魔法とその考察』を読もう

 ***



『本当に、どこにもいなかったわ。周辺の町村も、王都にも、どこにも⋯⋯まるで、古の転移魔法を使ったかのように、消えてしまった』


『転移魔法? それはなんです?』


『ああ、ごめんなさい、忘れて。古いおとぎ話の様なものだから⋯⋯』



 ***



『転移魔法』。

 クインの町で、ウェンディが口走った言葉だ。

 この世界の魔法は火、水、土、風、闇、光の六属性で構成されており、そのいずれにも"物質を転移させる"様な魔法はない。


 もしかして、俺が知らないだけで、七つ目の魔法があるのだろうか。アンジェリカの行方を知る手掛かりになるような、魔法きせきの様な手段まほうが。


「なんの本ですか。読んでみてください。もしかしたらこの家にいた人の、恥ずかしい日記かもしれません」

「⋯⋯わ、分かった。そう急かすな」


 恐る恐る表紙をめくり、その内容に目を通し、読み上げる。


『失われし転移魔法とその考察』


 どうやら以前このボロ小屋を使っていた学生の書いた、レポートの様だ。続きを読む。



『・序論

 この世界には、確かに転移魔法が存在した。

 そうでなければ説明がつかない事象がいくつもある。

 AC1120年に発生した『堕天使事件』。

 AC1180年に発生した『狼症候群事件』。

 AC1210年に発生した『白描事件』。

 その他、不可解な事件を辿っていけば、枚挙に暇がない。

 直近ではAC1480年。西大陸グラスランド国にて、山村が山ごと消え去ると言う珍事が起きた。

 生き残りの話では『悪魔が現れて全てを焼き尽くした』と伝えられているが、真偽の程は定かではないので、この件は割愛する――』



 AC――アイネイアース歴、1480年。

 ええと、今が1510年だから、丁度30年前か。

 ⋯⋯結構最近だな。続きを読もう。



『これらは全て、私が実地調査にて調べ上げた事柄である。入学当初にはあったと記憶している、学園の図書館に蔵書されている年記においては、全てが"無かったこと"にされていた。恐らく、私が在学中に、四大大陸協議会による検閲が入ったのであろう。

 彼らは恐れているのだ。唯一神である女神が授ける、六属性の紋章――その秩序から外れた、第七の魔法の存在を』


 ⋯⋯なんだか陰謀論じみてきたぞ。

 しかし、あのウェンディが口走っていたくらいだし、実際に『転移魔法』と言う魔法の存在は人々の間で認知されているのだろう。

 それこそ、都市伝説程度の認識で。このレポートは、その真偽に迫ったものという事か。


「シャーフ後輩お兄ちゃん。この間イモンディが持ってきたクッキーがカビています。カビ部分を削ったらいけますかねこれは」

「食うな。捨てろ。続きを読むぞ⋯⋯」

「残念です」


 気を取り直し、続きを読む。


『・本論


 まず『堕天使事件』において――』



 ***



「⋯⋯⋯⋯うん? なんだ、こりゃ」


 しかし、そこからは拍子抜けだった。『堕天使事件』は空から女の子が落ちてくる、と言う何処かで聞いた話だった。北大陸の山村で口伝されていた伝承らしい。

 周りに高台もなにもない場所から、羽の生えた少女が舞い降り、姿をくらました。そんな、見間違えや勘違いで片付けられる内容だ。



 次の『狼症候群事件』。こちらも胡散臭い。

 狼の頭部を持った凶暴な男が、突如街中まちなかに現れ、それに噛まれた住人が狼の様な牙と爪、体毛を生やし暴れた。それらに噛まれた人も、次々に感染していったと言う話。三流のホラー映画にありそうだ。


 しかし、狼の頭部――聞き覚えがあるし、実際に見たが、あれは本当にそうだったのだろうか。極限状態の中で見た幻かもしれないと、今になって思う。

 確かめる方法は、あの時一緒に生き残ったアーリアに連絡を取る事だが、一国の王女様に手紙を書いて、そう易々と返事が貰えるものだろうか。


 ここまで読んでの感想が『世界の都市伝説に、無理やり転移魔法を当てはめているだけ』にしか見えなかった。

 残りページが少なくなってきた。ここまで来たら最後まで読んでしまおう。

 あまり期待せずに続きを読む――。


「⋯⋯⋯⋯!」


 しかし、次の『白猫事件』だけは、毛色が違った。


『白描事件――これは実際に、私も目撃した。

 事情により詳細な場所は伏すが、北大陸の某所にて、白猫の子孫と思しき人物との接触に成功した。

 取材には莫大な金貨と、場所と名前の秘匿を要求されたが、知的好奇心が勝った。

 その少女は新雪のような銀髪に、紅玉ルビーの様な真っ赤な瞳を持ち、更に――頭部に、猫の様な耳を生やしていた。

 実際に触らせて貰うと、確かに血が通っており、地肌とつながっていた。なお、これは別料金だった。

 奇形と一笑に付すには、この少女の"形"はあまりにも完成されすぎていた。まるで、そこに耳があって当たり前と言うかの如くだ。

 私が『あなたの祖先はどこから来たのか』と問うと、少女は『たぶん、北のずっと向こう側』と答えた。

 北。北壁ほくへき。この世総てのマナの発生源であるとされる『紺碧の地』と、我々アイネイアースの民を隔てる、巨大な壁。

 その先は、地図上では黒く塗り潰されている、秘境中の秘境。

 常人であれば、即座にマナ中毒を発症するであろう場所。その向こう側に、人の営みがあると、この少女はそう言ったのだ。


 あり得ない。

 北壁は古来よりイーリス国の監視下にあり、更に高いマナ濃度により、凶悪な魔物が跋扈する地であると伝えられている。

 そんな場所に人がいるなど、よしんばいたとして、この少女の祖先が身一つで渡り歩いたなど、あり得ないのだ。

 仮に少女の言うことが真実だとすれば、答えは一つしかない。北壁の"向こう側"から、空間を転移して来たとしか。

 その後、その場にしばらく滞在したが、白猫の少女に会う事は無かった。

 まるで夢の様に、全ての痕跡を消し去ってしまった。

 しかし、私は確かに覚えている。あの時触れた、獣の耳の手触りを――』



 レポートは最後に、これらの事件を統括し、転移魔法の存在を裏付けるものである、と締めくくられていた。

 無理やりな結論づけだ。このレポートが、こんなボロ小屋の戸棚に放棄されていたのも頷ける。


「しかし⋯⋯」


 白猫。

 新雪のような銀髪。

 紅玉ルビーの様な真っ赤な瞳。

 極め付けに、頭部に猫耳だって?


「――ゼラ⋯⋯」

「⋯⋯すぅ」


 ゼラはいつの間にか、テーブルに突っ伏して寝息を立てていた。以前贈ったヘアバンドが外れ、猫耳が重力に負けて、垂れ下がっている。

 夕暮れだった窓の外は、真っ暗になっている。思ったよりもレポートを読むのに時間がかかっていた様だ。


「⋯⋯⋯⋯」


 俺は立ち上がり、ゼラに手を伸ばす。


『まるで、古の転移魔法を使ったかのように、消えてしまった』


 もしゼラが『紺碧の地』の向こう側から来た"白猫"と同類なら、アンジェリカを探す手掛かりになるかもしれない。

 ゼラはあまり自分の故郷のことを詳しく話したがらなかったが、詰問すればあるいは――。


「⋯⋯⋯⋯はあ。そんなわけあるか」


 ポン、とゼラの頭に手を置いた。

 軽く頭を撫でると、銀色の猫耳がフニフニと動く。


「おいバカ猫、ベッドで寝ろよ。風邪引くぞ」


 だいたい、このレポート自体が眉唾物だ。こんなものに踊らされて、ゼラが嫌がるような事はしたくない。後でそれとなく聞いてみよう。答えてくれなかったらそこまでだ。


「⋯⋯おーい、起きろって」


 結局、いくら揺さぶっても起きなかったゼラをベッドに運び、俺はマナカーゴの中で眠った。

 一応、レポートは自分の道具袋の中に仕舞い込み、後日また見返す事にした。


「⋯⋯と言うか、俺の看病をするんじゃ無かったのかよ⋯⋯」


 そうぼやきながら、塗り薬の効果か段々と痛みが引き、次第に睡魔が襲ってくる。

 瞼を閉じ、夢現ゆめうつつの境が曖昧になった頃――。


「⋯⋯?」


 ――俺の頬を、柔らかいものが撫でて行った。

 それが何かを確かめる為に目を開ける事も億劫で、やがて深い眠りについた。

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