サンディの休日・後
「ここがシャーフ君の住処ね……つーかここ、立ち入り禁止になっていた場所じゃない」
サンディ・クレイソン率いる一団は、シャーフが住まう小屋にやって来ていた。木陰に身を隠し、シャーフとゼラの生活を秘密裏に探る為に。
「しっ。先輩、声を出しては感づかれますよ」
「分かってるわよ……」
「い、いいのかなあ……こんな覗きみたいなこと……」
そうは言うものの、パティもしっかりと声を潜め、目を凝らしていた。
時刻は昼時。学食で食事を済ませた対象が、丁度帰宅する頃だと、サンディは目星を付けていた。
「ふふっ、イケない事をしている様でドキドキしてしまうね。さて、小屋と、マナカーゴと……あれは?」
「……風呂、かしら? 王城にあるものと似ているわ……」
「シャーフが作ったのかな……?」
三人の目線は、広場の隅に立てられた煉瓦造りの風呂場に向く。
王城に勤めるサンディはその形状、装飾に見覚えがあったが、ひとまずスルーした。
「むっ、帰って来たよ。先輩とパティ、ここからはもっと、木陰で静かに咲く野花のように、静かにね」
ヴィスコンティが家主の帰宅にいち早く気づき、二人の口に人指し指を当てる。サンディ『いちいち気障なのよアンタ』と文句を言いそうになったが、少年の声が聞こえた瞬間、口を噤んだ。
「あー……食った食った。じゃあゼラ、俺は寝るから、今日こそゆっくりさせてくれよ」
「なにを言うのです。まるで私が寝かせていないみたいに」
「その通りだろ。俺の貴重な休日が、お前のせいでまったく寝れなかったんだからな」
三人は顔を見合わせる。
サンディは眉間を指で抑え、ヴィスコンティは困惑と笑みを浮かべ、パティは蒼白な顔をしていた。
「い、いや、落ち着こうか先輩、パティ。まだあの子らは子供だよ。まさかそんな、男女の関係には早いし……」
まだ余裕を保っていたヴィスコンティ。しかし――。
「では少し早いですがお風呂にしましょう。また一緒に入る事を許可します」
ゼラの言葉に、サンディに倣って眉間を指で抑えた。
「進んでいるなあ……最近の子は。私など恋人すらいたことが無いのに……」
「えっ、ヴィスコンティ先輩、恋人いないんですか?」
「いないよ……私の様な
「アンタたち、ちょっと静かに! バレるわよ!」
サンディが一際大きな声で注意し、そしてそれが引き金となった。
「……なにやってんですか、こんな所で」
シャーフの仮面の奥の瞳が、困惑の色を浮かべながら、三人を見下ろしていた。
***
以前、ゼラが一緒にボロ小屋に住み始めた頃、『休日にでも遊びに来い』とパティに言った。
言った、が、何故かサンディさんと、ヴィスコンティ先輩と一緒だった。
三人が木陰で何をしていたのか分からないが、とにかく客人だ。もてなす為、ボロ小屋に招待した。
「美茶ですが」
「び……なんて?」
サンディさんが耳慣れていない単語に首を傾げる。
「間違えました。粗茶ですが」
ボリス先生から貰った正体不明の茶葉を淹れ、テーブルに置く。
客人三人は気まずそうな表情を浮かべながら、それを受け取った。
「……あっ、そうそう、クッキーがあるのよ。みんなで食べましょ」
「ああ、どうも。何もない場所ですが、ゆっくりして行ってください」
女子三人と男子二人、和やかな休日のお茶会が始まった――が、口数が少ない。
「あ、あー……美味しいね、このお茶。何と言うか、元気が出る味だ」
「……ど、どうも」
と言うか、なんでヴィスコンティ先輩までいるのだろうか。
別にこの人の事は嫌いじゃないが、パティとの関係を考えると、謎のもやもやが胸に去来する。
そしてパティも謎だ。制服ではなく、白いサマードレスを着ている。
大変可愛らしくて結構なのだが、どこで購入したのだろうか。お小遣いは渡しているが、結構良質な仕立てに見える。
もしや、デート中にヴィスコンティ先輩に買ってもらったとか、だろうか。
「あー……パティ、その、良く似合ってるな」
「う、うん! あ、ありがとう……」
「じ、自分で買ったのか?」
「ううん。貰ったの……その……」
貰った――贈って貰ったって事か。
やはりヴィスコンティ先輩からのプレゼント。二人の仲はそこまで進展していた。
「よ、良かったじゃないか! いやー、似合ってると思うぞ! その服も、二人も……」
祝福すべき事だ。
だと言うのに、なんなんだ、この気持ちは。
俺はパティを取られて、悔しいのか?
好意を向けてきていたパティを突き放しておいて、別の誰かに目が向いた途端に悪感情を抱くなんて。
なんて、矮小な男なんだ、俺は。
「……ふうん、なるほどね」
ヴィスコンティ先輩は、口元に笑みを浮かべると、パティの肩を抱き寄せた。
「シャーフ君。パティは
「なっ……!」
その突飛な行動に、思わず声が漏れる。
「えっあっ、先輩!?」
「良いから、パティ。……、……」
パティは困惑していたが、ヴィスコンティ先輩に何事か耳打ちされると、顔を赤くして俯いた。
それを見て、本当に"そう"なのだと確信した。
「あ、ああ……た、助かります。先輩みたいなしっかりした人が見ていてくれるなら、父親代わりの俺としても……」
「お茶がこぼれてます」
ゼラにそう言われ、自分の持つカップが震えている事に気づく。
俺はカップをソーサーに戻し、汚れたテーブルを拭く為、タオルを取ろうと背を向けた。
その背中に、追撃の如くヴィスコンティ先輩の声がかかる。
「ああ、そうだ! シャーフ君、『サマー・ハーベスト・パーティ』は知っているかい? 一か月後に、学園の大広間を貸し切って、学園全体での催事があるんだ。その日くらいは、キミも羽を伸ばすと良いよ!」
「ああ、あの風習、まだあるのね。なんだっけ、二日間くらい、飲んで騒いで……ってするのよね。私には縁が無かったけど」
ヴィスコンティ先輩とサンディさんの話を聞くに、ハーベスト――つまり収穫祭だ。学園祭も兼ねているらしい。
先生方が、各々の抱える生徒たちを動員して出し物を披露したり、農園で採れた収穫物を用いた料理の出店を出す。
学園外部からの客も招き、それはそれは盛大な祭りになるのだとか。
「それだけじゃないよ。後夜祭では愛の女神に祈りを捧げる儀式があるんだけど、そこで結ばれた恋人は永遠になるのさ」
これもまた、良くある話だ。
こちらは生徒たちが勝手に祭り上げた話らしいが、実際に後夜祭で、愛の告白をする男女が後を絶たないらしい。
「僕もその日――ふふっ、告白しようかな」
「な……なにを、ですか……?」
「ふふっ。内容は、内緒にしておこう。大丈夫、他ならぬキミにも、きちんと報告するよ」
それから先は、目の前に暗幕を被せられたような気分だった。
ゼラに袖を引かれてハッとすると、もう三人は帰った後だった。
「うわの空でした。だいぶ疲れているみたいですね」
「あ、ああ、そうだな……もう、寝るとするよ」
「こっちのベッドを使っていいですよ。感謝してください」
「……ああ」
その言葉に甘え、俺はベッドに倒れ込んだ。
肉体的には余裕があったが、精神面で多大なダメージを受けていた。
「……なあ、ゼラ」
自分で自分の事がよく分からない。何故こんなにショックを受けている。
俺はパティの何なんだ。ナニカだったとして、俺にその資格があるのか。
「なんですか」
「お前の、生きていく上での、"欲"って、なんだ?」
ぐちゃぐちゃになった頭で、突飛な問いをゼラに投げかける。
ゼラは即答した。
「自分の欲望に忠実でいることです」
「……ああ、納得だ。ちなみに、それはなんでだ?」
「それができないのは、とても怖いからです」
「怖いのか?」
「だって、人はみんな欲望を叶えるために生きているのです。それを放棄するのは、もう人ではありません。私は、人でなくなるのが怖いのです」
いつもなら、『はいはい。ああそうかい』と切って捨てるゼラ論だった。
だけど何故か、今日だけは、その言葉が胸に残り続けた。
「人では無い、か……」
***
「さて、どうだろう。私なりに、いけ好かない男の演技をしてみたけれど。シャーフ君に火は点けられたかな?」
シャーフの小屋から帰り、女子寮に向かう途中、ヴィスコンティは苦笑しながらサンディとパティの顔色を窺う。
「突然で驚いたわよ。ねえ、ぷに子?」
「……」
パティは俯き、しかし、その瞳には力強い炎が宿っていた。
「あたし、決めました」
「……ぷに子?」
「いいえ、決めてたんです。村の皆の代わりに、あたしがその分まで精いっぱい、後悔せずに生きるって。そして――」
パティは拳を握り締め、後ろを振り向いた。
その視線の先には、幼い頃から想いを寄せていた、少年がいる。
「――幸せになる、その権利がある! それはシャーフも一緒なんです!」
「お、おう……? どしたの、急に?」
「えっと⋯⋯だから⋯⋯!」
再び言語化に手間取るパティ。
しかし――先程の狼狽した様子のシャーフを思い浮かべ、決意の炎を瞳に宿し、叫んだ。
「あたし、シャーフを幸せにしたい! シャーフがあたしの幸せを願ってくれてるなら、あたしも同じ想いで答えたい! ⋯⋯んです」
「⋯⋯シャーフ君は、父親代わりになる事こそ、ぷに子の幸せって思ってるみたいよ」
「なら、そっちが間違いなんです! だってあたし、六歳の頃からずっと想ってたもん! ここ最近で思いついたシャーフの方が、間違いだもん!」
キッパリとそう言い切ったパティ。
その理屈にもなっていない理屈に、サンディとヴィスコンティは、キョトンとした顔になった。
「ぷっ⋯⋯」
「くくっ⋯⋯す、すまない⋯⋯!」
それから間をおいて、二人は腹を抱えて笑い出した。
パティは顔を真っ赤にし、狼狽する。
「えっ、ど、どうして笑うのぉ⋯⋯!?」
「いえ、ぷぷっ⋯⋯ごめん、ぷに子……」
「全く! ははっ、これは私も物見遊山で協力していちゃあ失礼だね! 本気で引き立て役、
かくして――『サマー・ハーベスト・パーティ』に向け、『どうやってシャーフ君を落とすか』会が正式に、本格始動した瞬間であった。
「やってやりなさい、パティ! あのスカしたガキの、父親ヅラした『仮面』を剥ぎ取ってやんなさい!」
「⋯⋯はい! やっちゃいます!!」
「それはそれとして、週一で私の作った服は着る様にね! それだけは忘れないようにね!」
「先輩、もはや着せたいだけだよね⋯⋯」
自分の感情が整理できず、"欲"を見つけられないシャーフ。
自分の感情を真っ直ぐに見据え、明るい未来を目指すパティ。
自分の感情に正直で、楽に生きたいゼラ。
それらが行き着く先は、果たして――。
「……そう言えば先輩、シャーフ君とゼラ君の関係の確認、出来たっけ?」
「……あ」
――とりあえず、前途多難である事は確かであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます