お風呂を作ろう・後

 ***



 ボリス先生が淹れてくれた美茶を啜りながら、経緯を説明した。

 寮が満員で、俺がボロ小屋に住んでいる事。

 ゼラは『兄妹一緒の方がいい』という学園長の計らいで、一緒に住んでいるという事。

 風呂が遠くて不便なので、広場に風呂を作りたい事――とまあ、いじめ問題の件はいらぬ諍いを生む可能性があるので、省いた。


「⋯⋯それで、ボリス先生が王城の建築にも携わったとお聞きしたので、訪ねた次第です」

「ふむ、その様な事が。確かに我輩は若輩の折、父の仕事に同行させて貰い、王城の浴室を手がけた実績がある⋯⋯フッフフ」


 ボリス先生は嬉しそうだった。全身の筋肉がピクピクと躍動している。


「というか、勝手に風呂を作って大丈夫なんですかね? ダメならキッパリと言ってもらえれば、俺もゼラも諦めます」

「勝手に諦めるとか言わないでくださいお兄ちゃん」

「それは問題なかろう! それに、風呂など簡単だ! 要は容れ物さえあれば、水と火の魔晶があれば済む話であろう!」


 その言葉に、俺はポンと手を叩いた。

 地面を掘り抜いて風呂桶を作ろうとしていたが、汗を流すだけであればドラム缶風呂の様な簡易なものでも良いのだ。

 水の魔晶があれば水を出せるし、それを火の魔晶で温めれば解決だ。


「盲点でした。⋯⋯と言うか、俺が考え足らずでした。ありがとうございます、先生!」

「しかし――それでは美しくない」

「はい?」

「そこなゼラ君はまだ少女! "美"を整える為の入浴を、斯様に簡易に済ませてしまって良いのか!? 否、断じて否である!!」

「アンタが提案したんだろ!?」


 ⋯⋯しかしまあ、ボリス先生の言うことも分かる。年頃の女の子がドラム缶風呂でしか入浴できないのは、あまりに憐れだ。俺はゼラを憐憫の目で見つめた。


「⋯⋯お前は憐れだな」

「なんなんですか。ぶちますよ」

「ぼ、僕も、それはあんまりだと思うな⋯⋯健全なおっぱいは健全な生活から、だよシャーフ君⋯⋯ふひっ」


 何故かトゥーリオにも糾弾され、俺は腕を組んで天井を見上げた。


「えー⋯⋯なら、どうすれば良いんですか。正直、もう面倒くさくなってきましたが⋯⋯」

「フッフフ! ならば、貴様にはこれを授けようぞ!」


 ボリス先生はブーメランパンツの尻部分に手を突っ込むと、黄色の魔晶を取り出し、俺に差し出した。


「…………いや?」

「どうした、受け取るがいい! なあに遠慮はするな、これも美の為である!」

「……ゼラ、受け取って差し上げろ」

「いやです。なぜ筋肉ダルマの尻から出てきた黄色の固形物を手にしなくてはいけないのですか」


 嫌な言い方をするな。俺だって受け取りたくはない。魔晶、湯気が立ってるし。


「せ、先生、これはなんですか?」

「良い質問だトゥーリオ君! これは吾輩と魔法師ギルドが共同で開発した魔晶! 『マグナウォール』と『クラッグ』を組み合わせ、その場に設定した建造物を生み出すという、前代未聞、空前絶後の発明品であるルァ!!」


 ボリス先生の巻き舌気味の説明を受け、俺は感心した。

 つまり即席の家なども作れるという事か。昔、というか前世で見たSF漫画に、カプセルを投げるだけで家が建つなんて物があったが、それを連想した。


「これを使えば、冒険者も夜は安全な家屋で眠れるという優れものである! ……まあ、まだ試作段階であるからして、常用に足るものでは無いが」


 つまり、俺たちは丁度いい実験台という事である。

 それでも、こんな魔法技術の最先端を提供してくれるのは、素直にありがたい。


「いや、それでもすごいですよ、これ。これは風呂を建てられるんですか?」

「然り! 我輩が建築に携わった王城の風呂! それをイメージしたものである! 当然、お湯は別途用意する必要があるが! さあ、受け取るがいい!」


 仮面を着けていて良かったと思った。でなければ、やけに温かい魔晶を受け取る時、思い切り引き攣った表情を晒していただろう。


「是非、使用した感想を聞かせて欲しい!!」

「とてもあたたかいです……」

「フハハ! まだ使っておらぬだろう! 気の早い子だ!」

「ソウデスネ……」

「使い方は普通の魔晶と同じである! 四方10メートルの広さを確保し、中心でマナを篭めるのだ!」


 ……と言うわけで、ボリス先生の温情と、それが籠った魔晶を入手し、俺とゼラはボロ小屋に戻った。



 ***



「……おお!」


 言われた通り、ボロ小屋がある広場の隅で、十分な広さを確保した上で魔晶を起動する。

 周囲の地面が隆起し形を変えていく。幾重の四角形の煉瓦が生み出され、それらが組み合わさり――。


「おお、お風呂です」


 あっという間に屋根つきの浴槽が出来あがった。壁まで付いており、プライバシー対策もバッチリだ。

 土煉瓦の浴槽の表面を撫でると、どんな仕組みかしっかりと固められており、これなら浸水する事もなさそうだ。


「あとは水魔法と、火の魔晶で……っと」


『スプラッシュ』で浴槽を満たし、湯沸し用の火の魔晶を投入すると、すぐに湯気が立ち始める。丁度いい温度で魔晶を取り出し、お風呂の完成である。

 正直こんな、周りに何もない広場には不釣り合いな、豪華な装飾の風呂であるが、とにかくこれで風呂問題は解決だろう。


「ふう……ボリス先生にはまた今度お礼を言おうな。……ゼラ?」

「きゃっほう」


 いつの間にか服を脱ぎ捨てたゼラが、止める間もなく浴槽に飛び込んだ。

 どぽん、と水音が鳴り響き、飛び散った湯が俺の全身を濡らす。


「……お前なあ」

「なかなかいいお湯です。お兄ちゃんも頑張ったので、一緒に入る事を許可しましょう」

「お前に羞恥心は無いのか。……じゃ、お言葉に甘えるとするか」


 俺は濡れた制服を脱ぎ、湯に入る。

 今まで寮の風呂では烏の行水だったが、こうしてゆっくりと湯に浸かれるのは、確かに良いものだ。自然に声が出てしまう。


「ああ゛ー……」

「オジサン臭いです。しかしこれはなかなか……」


 二人して湯を堪能していると、すう、と風が吹いた。

 風に晒された首筋から肩に掛けてが冷え、ぶる、と身震いする。


「……んん?」


 先程までは肩まで浸かっていたはずが、どうも水位が下がっている。

 トプトプ、と水音が響いているので、音の出どころを見ると、底の煉瓦の隙間から湯が漏れて行っていた。


「おおう……」

「欠陥品です。あの筋肉ダルマめ」

「いや、先生に文句は言えんだろ……まあ、報告はしておくよ」


 ……とりあえず、しばらくは詰め物をして湯の流出を防ぎ、対応する事にしたのであった。



 ***



「ところで」

「なんだよ」

「私の裸をみても眉ひとつ動かさないお兄ちゃんの不遜さに腹が立ちます」

「……例えば、壁を眺めても『ああ、壁だな』としか思わないだろ」

「…………」

てっ、叩くなバカ猫!」

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